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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅲ.アルカナを冠する者達
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3-7 木漏れ日の射し込む場所 中編

 銃を構えたまま男が倒れた。

 足元には荷物でぱんぱんのポーチが転がっている。彼の頭に直撃して鈍い音をたてたのはこれだった。

 そうして――さらに後ろに、ポーチを投げたポーズのままらしきルチアがいる。


 ジョエレは倒れた男とルチアを呆然と見つめた。目が合うと彼女は数度まばたきし、


「えーと。ジョエレ、無事?」


 何事もなさそうに歩いてきて、ポーチを拾い肩からさげる。

 自らのふるった暴力に一般女子がそこまで無関心でいいのかと思わないでもないけれど、ルチアなので仕方ない。それに、この暴力に助けられたのは確かだ。


 それよりも、と、ジョエレは首を傾げた。

 いつもテオフィロのいる位置に橙髪の青年がいる。自然に喋っている感じ、ルチアと面識がありそうなのだが、ジョエレは知らない。


「そいつ誰――」

「ジョエレ」


 いつの間にやら隣にきていたディアーナがジョエレの腕を掴んだ。そのまま耳元に顔を寄せ、囁いてくる。


「ルチアの横にいるのが教皇聖下よ」

「マジかよ?」


 ジョエレも小声で返した。

 ディアーナが頷く。


「聖下の存在まで表沙汰になると面倒だから誤魔化すわ。彼はメディアへの露出が少ないから、おそらくだけど、言わなければ正体はばれないと思うの。協力してちょうだい」

「構わねーけど」


 ジョエレは頷いた。

 あの青年が教皇だというのなら、ディアーナの判断は正しい。

 彼女を狙った犯人があれで全てだという保証がない以上、再度襲撃される可能性がある。その時、教皇が人質にされたら厄介だ。

 何より、騒ぎが大きくなるのが目に見えている。せっかくのバカンスなのに、そんなのに巻き込まれたくない。

 ジョエレの平穏のためにも、青年の身分は伏せておくに限る。


「どうやって誤魔化す気だ?」

「彼は私の親戚という事にしましょう。それで、休暇について来たってあたりかしらね。家族で休暇をとる人は多いし、不自然ではないわ」

「坊主との打ち合わせは……してねぇよなぁ」

「今から言いに行くわ。じゃ、頼んだわね」


 言うだけ言って彼女は青年の隣に移った。そうして、ルチアと喋っている青年の肩を叩き、耳元で何かを囁く。

 青年は最初驚いた顔をしたけれど、頷いていた。

 話はわかったということだろう。


 一方で、青年を間に挟んで、ルチアがディアーナに何か言いたいけれど言えないといった様子を見せている。


 ――とりなすのは簡単だけれど。


 ジョエレの経験上、女同士の話に関わると面倒臭いことにしかならない。気付いていて関わらないと、それはそれで怒られるのだが、結局は不利益を被るのだ。

 どうせなら手間のかからない方を選ぶことにする。無視した。


 ジョエレはもう1度だけ周囲を確認し、ディアーナに銃を出した。


「とりあえずは片付いたようだから返す」

「あなたがいてくれて助かったわ」

「にしても。お前、警護も付けずに1人で出歩いてたのか?」


 周囲に彼女の警護らしき人物は見受けられない。喫茶店で待つディアーナを見つけた時も1人だった。あまりの無防備さに、少しばかり心配になる。

 ディアーナは返された銃をしまいながら、くすりと笑った。


「1人連れてたんだけど、あなたが来た時にちょっと離れたみたいね。あなたがいれば安心と思ったのか、気を利かせてくれたのかは分からないけど。ああ、言っていれば帰ってきたみたいよ」


 彼女がジョエレの後方を指す。同時に、聞き慣れた特徴的な声も聞こえてきた。


「あらやだ。ちょっと離れてた間にこの惨事って、もしかして叱られる?」


 振り返って見なくても分かる。これは仲介人のダンテだ。


「どうにかなったから気にしなくていいわ。それで、周囲の様子は?」

「特に怪しい人はいなかったわよ。この人達以外」

「そう。それじゃぁ、この、1人眠っている彼に色々事情を聞かなくてはね」


 倒れている男にディアーナが冷たい視線を落とした。

 これから地獄の事情聴取を受ける男に、心の中でジョエレは十字を切る。それでそいつの事は忘れ、ルチア達の方に目を向けた。


「んで、そちらはどちらさん?」


 青年の正体は聞いているが、全く触れないと不自然なので、知らないふりをして尋ねる。


「彼? メルクっていうの。休暇に来てるらしいわよ」

「ルチア、彼は?」

「ジョエレっていうの。一緒に旅行に来てる1人」

「そうなんだ。メルキオッレと言います。ディアーナを助けてくれたようで、どうも」


 メルキオッレが手を差しだしてきた。それをジョエレは握り返す。


「ジョエレだ。かしこまってくれなくていいぜ。そいでさ、お前らどういう知り合いなわけ? ナンパでもしたとか?」

「なんなのよそれ!」


 顔を赤くしながらルチアが怒った。

 その横で、メルキオッレは口に手を当てて小さく笑っている。


「そうですね。半分はそう言ってもいいかも。でも、初日に話しかけてきたのは彼女だったんですよ。今日も会いたいって言ったのは僕ですけど」

「ほぉ〜」


 ジョエレがにやにやとルチアを見ると、


「テオもいるのにナンパなんてするわけないでしょ!? ジョエレじゃないんだから!」


 叫びながら靴を踏まれた。


「って、あ」


 それで何かを思い出したのか、彼女はぽかんとした顔になる。そうして、横のメルキオッレに顔を向けた。


「ねぇ、喫茶店がこの状態ってことは、ここで集合って無理よね?」

「あ。そうだね」

「どうしよう。集合場所変えるにしても、テオに連絡する方法が無いし……」


 2人して悩むような仕草を見せる。テオフィロがいないのには、どうやら理由があるらしい。


「テオのやつどこにいるんだ? お前ら一緒に出掛けて行ったよな?」

「あー。うん。ちょっとね……」


 歯切れ悪くルチアが言い淀む。

 彼女から話を聞きだすのが面倒そうだったので、ジョエレはメルキオッレに視線を向けた。

 青年も気まずそうにしていたけれど、ジョエレが目で促すと、諦めたように口を開く。


「実は、僕、護衛達の目を盗んで抜け出してきてて。だったんですけど、見つかっちゃったんですよね。ですけど、もうちょっと遊ぶために逃げたいって言ったら、テオが足止めに残ってくれて」

「おい待て。テオが誰の足止めをしてるだって?」

「ジョエレ」


 ディアーナがジョエレの袖を摘んだ。そのまま顔を近付け小声で言ってくる。


「聖下についているのは異端審問官よ。それも《十三使徒ナンバーズ》の2人」

「冗談だろ?」


 予想の斜め上の名前が出てきて、ジョエレは逆に笑ってしまった。


 治安維持業務を受け持つ教理省の中でも、主に裏方仕事を担当する異端審問局。そこに属する職員を異端審問官という。

 中でも、卓越した能力を持つ者は《十三使徒ナンバーズ》と呼ばれ、使徒名コードネームが与えられており、相当な危険人物でもある。


「一般人が足止めできるような相手だとは思えないけど、まだ追いついてこないのだから上手いことやっているのかもしれない。どちらにせよ、様子を見に行くつもりなら早い方がいいわ」


 警察が来てしまっては動けなくなるでしょうから。と、彼女は付け足す。


「俺がいなくなってもいいのか?」

「護衛ならダンテが戻ってきたし、警察の事情聴取は言いくるめるわ。行くなら彼らがくる前にお行きなさい」


 ディアーナが身体を離した。


「悪いな」


 ジョエレはそれだけ言ってルチアの方を見る。


「ルチア、テオを迎えに行くぞ。おまえ居場所知ってんだろ? 案内してくれ」

「え? ちょっと待ってよ。メルクと相談してからじゃなきゃ」


 ごねられたが、今はそれどころではない。


「拒否権は無しだ。メルキオッレ、お前はここでディアーナと留守番だ。連れの女が危ない目にあっている中、自分だけぷらぷらしようなんざしないよな?」


 遠回しに大人しくしとけとの意味を込めて言った。

 どうやらメルキオッレに真意は伝わったようで、彼が眉尻を下げる。


「さすがに無理みたいです。テオをよろしくお願いします。それで、できれば、礼と謝罪を伝えておいてもらえれば」


 しおらしくメルキオッレが頭を下げかける。


「んなもん、今度会った時に自分で言えよ。これっきりってつもりじゃねぇだろ?」


 彼らとはまた会いそうな気がして、ジョエレはメルキオッレの肩を軽く叩き、そのまま横を通りすぎた。

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