1-3 消される繋がり
しばらくぶらついてジョエレは帰路につく。中流街にある2階建ての家の玄関をくぐった。
煉瓦で作られた飾り気も何もない無骨な建物だが、愛しの我が家だ。
中に入るといい匂いが漂っている。
「あ、ジョエレおかえり。ピッタリご飯時だね」
オーブンからピザを出しつつルチアが言ってきた。
ダイニングの机に焼きたてのピザが置かれる。まだ仕事が残っているようで、ルチアは流しに戻っていった。
「もう腹減ってよ〜」
いそいそとジョエレはマルゲリータに手を伸ばす。しかし、目的のピザに届く前に、手の横をフォークが鋭くかすめていった。
フォークの飛んできた方向に顔を向けると、ルチアが据わった目で睨んでいる。
「フライング禁止」
「ちょっとくらいいいじゃねーか。おじさんには優しくしてやれよ」
めげずにピザに手を伸ばす。そこに2本目のフォークが飛んできて机に刺さった。
「テオまだじゃない。それ以上わがまま言うと刺すわよ」
次の狙いは頭だろうか。これ以上粘ると本当にフォークを刺されそうな気がして、ジョエレは泣く泣く手を引っ込める。
「テオ〜。テオフィロ。テオフィロちゃーん。早く帰ってきてくれよ〜。おじさん餓死しちゃう」
わざとらしく嘆きながらジョエレはリビングのソファに転がった。
この家にはもう1人同居人がいる。そいつが帰ってくるまで夕食はお預けと言われれば、従うしかない。台所を牛耳る奴に逆らうとロクな目に合わないのは、人生経験できっちり学習済みだ。
時間潰しにテレビをつける。
「ただいま」
そうしたら待ち人が帰ってきた。
「おかえりテオ」
「っしゃー! 戻ってきたな」
ジョエレは勢いよくソファから立ち上がった。
ダイニングで鉢合わせた帰ってきたての青年は、何やら元気がない。
「なんかヘコんでね?」
「猫探しの依頼受けてたんだけど、探してる途中でキャンセルになってさ」
ぼやきながら、茶髪の青年は流しにいるルチアの横に並んだ。手伝いをするつもりらしい。
「あのね。あたし達も昼間に猫関係のイベントあったの」
そうしたらさっそくルチアの話し相手にされて、昼間に迷い猫に懐かれて、偶然出会った飼い主から礼をしてもらうことになった事を聞かされていた。
青年――テオフィロの反応はなんとも微妙だが。
テオフィロ・バンキエーリ19歳。ルチア・マラテスタ21歳。若者同士仲が良くて素晴らしいことである。
(にしても、テオのやつ微妙な反応してやがんな。キャンセルになった猫探しの依頼って……。まさかな)
チラッと脳裏に浮かんだ考えがあったものの、我関せずでジョエレは冷蔵庫からビールとコーラを出す。
「あ」
ある物を持っているのを思い出して、飲み物と一緒に、夕方受け取ってきたばかりの茶封筒も机に置いた。
「ルチアー。今月の生活費な〜」
「もう、ご飯の時にお金出さないでよ。預かっておくけど」
給仕の手を休めルチアがやってくる。汚す前に封筒を回収して棚に収納していた。
家事は全てルチアに任せている。
こうして金さえ渡しておけば食事の用意もしてもらえて楽チンだ。
スープを運んで終わりだったようで、ルチアとテオフィロも座った。ようやく食事が始まる。
食べながら適当に喋っている傍で、テレビが今日のニュースを流していく。
「ちょっとジョエレ、あの店って」
ルチアがジョエレの腕を叩いた。
彼女がテレビに釘付けになっていたのでジョエレも見てみると、火事の現場が映し出されている。派手に燃え盛っていて今にも崩れ落ちてしまいそうだが、その外観は、夕方仕事をこなした酒場だ。
自然と眉間に皺が寄る。
「あの店だな」
「何、2人とも知ってんの? 燃えてる店」
「ターゲットがあそこの主人だったのよ」
「ふーん」
テオフィロが気の無い返事をした。
自分と関わりのない火事への反応などそんなものだろう。どんな大事であろうとも、自らに関係のないテレビの向こうは違う世界での話だ。
「まぁ、古くて汚え店だったからな。煙草の火の不始末とか、調理中に引火とかしたんじゃね?」
多少気にはなったが、ジョエレも素っ気なく突き放した。
ルチアは自分達の仕事と関連しているのではないかと危惧しているようだが、殺しの依頼がくるような奴が主人の店など、何が起こっても不思議ではない。
カメラは崩れゆく建物を映し続ける。
突然画面の中で爆発が起こった。様々なものが吹き飛ばされ、白い包みがカメラに叩きつけられる。
「!?」
それが何だか確認できた時、ジョエレは拳を握りこんだ。
粗末な紙で包まれただけの白百合の束が解け落ちる。カメラのレンズに花粉が付いたようで、布が何度か画面を往復した。
一瞬見えた花がジョエレの心拍数を上げる。
動揺を2人に悟られぬよう、握った拳に込める力を強めた。痛いほどに爪が皮膚に食い込んでいた指を開くと汗が滲んでいる。じっとりと粘度の高い、嫌な汗だ。
(繋がりの痕跡を消すために組織が動いたか)
目を閉じ、小さく嘆息した。
組織が動いた後には高確率で白百合が残されている。どこにでもあるものだし、さりげなく置かれているので、知らなければ気付かない。けれど、存在を知る者には力を誇示するように映るのだ。
それがまた周到で、嫌らしい。
「ガスにでも引火したのかしら?」
「かもね」
「犠牲者増えそうよね」
「大丈夫なんじゃない? さっき周辺住民は避難済みって言ってたし」
「そうなの? テオがニュースをきちんと聞いてたなんて意外」
「あのな……」
火事の裏を知らない若者2人は誰もが思い付きそうな感想を言いあっている。
その様がなんとも平和で、1人イラつくのも馬鹿らしい。ジョエレは机に頬杖をつき、疲れた眼差しで流れ行く画面を眺めた。
なんとなくといった感じでルチアがジョエレの方を向き、珍しそうな顔をする。
「こんなニュースで神妙な顔するなんて珍しいね。ジョエレでも人並みに悼んだりするんだ?」
「悼む? 俺が?」
それこそ心外な彼女の言葉にジョエレは顔をしかめる。
「そんなことしねえよ。教皇庁の連中だって、貧民街のゴミが減っただけとしか思ってねえだろうし」
そして、組織の連中にとってもな、と、心の中で付け加えた。




