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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅲ.アルカナを冠する者達
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3-4 夜半の攻防

 ◆


 夜の帳の降りた湖畔を3つの人影が走る。

 影の1つ、赤い髪の女が係留された船に飛び移った。

 それを追う銀髪の男も手にした太刀を振りかぶりながら船に飛び移る。そのまま横へ一線薙いだけれど、女の姿はすでにない。


使徒シスターアンドレイナ、行ったぞ!」


 桟橋に待機している相方へ男は叫んだ。


「だから、大声を出すのはお止めなさいと言っているのに。あなたの脳は、それすら記憶できないほど筋肉になってしまったのですか? 使徒ブラザーバルトロメオ」


 パーマをかけた長い黒髪の女が手にした鞭をしならせる。彼女の鞭は一直線に赤毛の女へ向かったけれど、その先端は、どこからともなく現れた木切に絡まり止められる。


「ざぁんねん」


 赤毛の女は甘ったるい声で言うと、手にしていた木切を捨てた。そうして町の方へ走る。足運びに合わせて、ブラウスを上に押し上げている胸がゆさゆさと揺れた。

 彼女はたわわな胸を両の腕で抱き上げ、強調するようにバルトロメオに向けてくる。


「アタシが何をしたっていうのかしら? 歩いていただけで突然追いかけ回されるだなんて、そんなに物騒な世の中になってしまったの?」

「戯言を! 貴様らが治安の悪化に拍車をかけとるのだろうが!」

「なんのこと? アタシは静かにこの町で暮らしているだけなんだけど」


 女が手を頭に持っていき、指で髪を梳いた。

 その後ろをバルトロメオとアンドレイナで追う。赤髪の女の走り方は速そうに見えない。どちらかというと戯れているように見えるのに、距離が縮まらないのだから不思議だ。


 アンドレイナが走る速度を上げた。前を行く女との距離を詰め鞭を振るう。

 後ろに目など付いていないだろうに、女は見もせずそれをかわした。

 けれど走る速度が落ちた。そこへバルトロメオは裂帛の1撃を放つ。しかし簡単にかわされてしまった。


「もう、なんなの? さっきから危ない上にしつこいんだけど」


 女が立ち止まった。そうして、先ほどから髪に絡ませたままの指を引き抜く。指の間には赤く細長い針が挟まれていた。


「この町では教皇庁と騒動を起こすなって言われてたんだけど、もういいわよね? 先に手を出してきたのはあなた達だし。昨日殺してくれた部下達の無念分くらいはね?」


 言いながら彼女は針を投げつけてくる。

 バルトロメオは飛んできたそれのほとんどを刀身で弾き、弾けなかった分は左腕で受けて急所を守った。

 横ではアンドレイナも同じような動きをしている。

 2人を相手に、多くの針を急所目掛けて投げられる投擲力には舌をまく。


「しかし!」


 バルトロメオは腕に刺さった針を引き抜き、太刀を握る手に力を込めた。そのまま腰を落とし重心を下げる。


「それだけではそれがしには届かん! 教理省異端審問局が一、使徒ブラザーバルトロメオ。お主の首、貰い受ける」


 地を蹴り、女との間合いを一気に詰めた。

 そのまま剣の錆にしてやるつもりだったのだが、対象者は脇目も振らず逃げの姿勢になっている。


「待て! 貴様、やる気を見せておきながら敵前逃亡など、恥ずかしくないのか!?」


 逃げる女をバルトロメオとアンドレイナも追う。


「悪名高い異端審問官2人を同時に相手するだなんて、アタシみたいな乙女には無理ですもの。来るなら1人ずつにしてくれない?」

「某1人だけが相手をすると言えば、お主は逃げぬというのか?」

「まさか。逃げやすくなって嬉しいだけよ」


 小憎たらしい笑顔で振り向いた女が再び針を投げた。

 走りながらのせいか先程より狙いが甘いので、バルトロメオは難なく太刀で弾き飛ばす。


「このような玩具で何をするつもりだ!?」


 威嚇も込めて吠えた。

 けれど、女は笑顔を崩さぬまま、半分後ろを向いたまま走り続ける。そうして腕を上げた。


「どんな玩具や遊びにだって意味はあるものよ。だって、ほら」


 彼女がどこかを指す。

 バルトロメオは自然とその先を追い、並走しているはずのアンドレイナがいない事に気付いた。首を巡らすと、少し後方にうずくまる相方が見える。


「アンドレイナ?」

「アタシを追いかけていていいの? 周囲にはアタシの仲間が潜んでいて、隙をうかがってるかもしれないわよ?」

「お主を斬るのが優先だ。彼女なら、多少疲れていようとも、雑魚がいくら群がったところで相手にもならん」

「そうかしら?」


 不敵に笑う女が足を止め、今までより大量の針を投げつけてきた。

 数は多くとも3度目なので、バルトロメオは落ち着いて対処する。


「お仲間の彼女には、毎回これと同じ本数を投げておいたの。ねぇ、知ってる? 体重が少ない人の方が、少量で薬の効果が出てくるって」

「何?」


 女が1本の針を目の前に掲げる。


「この針には痺れ薬が塗ってあるんだけど。彼女、動けるのかしらね?」


 バルトロメオは弾かれるように振り返った。

 アンドレイナは先程から動いていない。

 優秀な彼女に限って、体力が切れて走れなくなったなどありえない。目の前の赤毛の言葉が本当なら、腕で受けた針数本から痺れ薬を盛られたということになる。

 走ったせいで、それが急速に身体中に回ったのだとすれば。


 木の影から幾つかの影が姿を現した。

 一般市民のように見えて手に握られているのは鈍器。そんな人物達がアンドレイナの側へと近付いて行く。


「ほら、どうするの?」

「くっ」


 女の嗤い声が神経を逆なでする中、バルトロメオは無視してきびすを返した。うずくまるアンドレイナの傍で太刀を構え、迫り来る者達を牽制する。


「ブラ、ザー。あなただけ、でも、逃げ」


 切れ切れにアンドレイナが言葉を発してくるが、声がとても小さい。話すのさえ厳しいのだろう。この状態で戦闘など、とてもではないが無理だ。


「案ずるな。お主1人くらい某が守る。共に帰るぞ」


 宣言した。けれど、柄を握る指の感覚が微妙に鈍い。


(某にも薬が回り始めているな。だが、これくらいならまだ動ける)


 太刀だけは落とさぬよう意識を集中させる。

 間合いに踏み込んできた者には容赦なく刀を振るった。動きが鈍ったせいで1撃で止めとまではいかなかったが、手傷は負わせた。

 牽制には充分なってくれている。


「あなた薬の効きが悪いわね。よっぽど鍛えてるのか、鈍いのか」


 雑魚達を下がらせながら赤毛の女が近付いてきた。歩く彼女の手には、いつの間にやら短剣が握られている。


 バルトロメオがそれを認識した瞬間、女が消えた。

 気が付けば、彼女の顔がバルトロメオのすぐ目の前にある。互いの唇すら付いてしまいそうな距離で彼女が口を開いた。


「アタシは近接戦闘が出来ないとでも思ってた?」


 バルトロメオの脇腹に鈍い痛みと熱が生まれる。


「お休み坊や。良い夢を」


 意識の途切れる間際に聞こえた声は、無駄に優しく艶めかしかった。

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