3-3 日陰の青年
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もうじき夕方になろうという時刻。
釣竿を背負ったジョエレと旦那さんは家路に着いていた。
「結局、坊主でしたねぇ」
しみじみとジョエレは呟いた。
何も入っていないクーラーボックスの軽さが胸に痛い。
「昨日は釣れたんですけどねぇ。まぁ、うちのが買い物に行くのは夕方なので、急いで戻って釣れなかったと言えば、夜の献立はどうにかしてくれるでしょう」
旦那さんが髪の薄くなった頭を撫でた。飄々と言ってはいるが、実に残念そうな表情を浮かべている。
釣果が振るわなかったものだから会話は弾まない。下手な話題を振っても虚しさが増すだけだ。
会話を諦めたジョエレは黙々と歩く。途中、身体に何かが当たった。
(何だ?)
道に、当たったであろう小石が転がっていた。
当たり方から投げつけられた方向を予想して目を凝らす。そうすると、見知った中性的な青年が木の影から顔を覗かせていた。その上、こっちにこいとばかりに指を動かしている。
「すみません。ちょっと野暮用ができたので、先に帰っておいてもらえませんか?」
ジョエレは足を止めた。
旦那さんも立ち止まり振り返る。
「どうかしましたか?」
「いやー。ちょっと、なんと言うか……」
どう誤魔化すべきかとジョエレが迷っていると、目の前をジョエレ好みのおっぱいが歩いて行った。彼女を、つい、目で追ってしまっていると、旦那さんが小さく笑う。
「確かに野暮用ですね。いや、私は何も分かりませんがね。まぁ頑張ってください。では」
それだけ言って彼は去って行った。あの様子だとナンパだと思われたようだが、本来の目的を隠すには都合がいい。
旦那さんの姿が完全に見えなくなってからジョエレは木の影に行く。
「おいダンテ。なんでお前がここにいるんだ?」
「やぁねぇ。ストーキングしてたからに決まってるじゃない」
低い声で青年が笑い返してきた。
彼の名はダンテ。いつもはヴァチカンの喫茶店横のアパートで"熊"との繋ぎをしている青年だ。
「冗談は置いといて、本題なんだけど」
自分からふざけておいて、彼はしれっと流す。
「"熊"も今ロールに来ているの。それで、会う時間を取れないか? って」
「時間と場所は?」
「喫茶【木洩れ日】に明日11時」
「わかったと伝えといてくれ」
もはやダンテの方を見もせずジョエレは家路に戻った。