2-12 貧民街での遭遇 中編
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発砲音が聞こえた気がするけれど、無視してルチアは駆ける。
だいたいが、ここは暴力の巣窟貧民街だ。銃による殺傷事件だってしょっちゅう起きている。銃声がしても特に不思議ではない。
建物と建物の隙間に入り込むといい感じに狭い小路に出た。足元にはゴミが散乱していて、走りにくさも抜群だ。何より、光が届いていなくて視界が悪いのが素晴らしい。
走りながらルチアは手を振った。そうして、たまに壁に手を付きつつ進む。
それを続けていると後方から叫び声が聞こえてきた。数分声は響いていたけれど、やがて聞こえなくなる。
静かになった路を彼女は引き返した。
しばらく戻ると路地を塞ぐように司祭達が立っている。ただし、何かに吊られているような歪な格好で、だが。
先頭の神父が顔だけを動かしルチアを睨んだ。
「貴様、何を……」
「口調変わってるわよ。親切な神父の仮面はどうしたの?」
ルチアは彼に近付き司祭服の裾をめくる。先程はちらっとしか見えなかったが、裏地はやはり青だ。わざわざ確認せずとも他の3人も同じだろう。
「あんた達、誰に言われてあたしを追ってきたの?」
返答は期待できなかっものの、とりあえず聞いてみた。けれど、案の定、誰1人として答えてくれない。
仕方なしにルチアは女司祭の1人を指さした。すると、指された彼女は眉間から血を吹き下を向く。
「な!? ちょっと、どうしたの!? ねぇっ!」
隣にいる女司祭が叫びながら変な動きをした。俯いている彼女に近寄ろうとしているのだろうが、距離は縮まらない。それどころか、糸を巻かれた肉のような見た目になってきている。
自らを締め付けるそれに、血が流れ滴っていることに気付いていないのだろうか。
「あんまり動くと糸が絡まるだけよ?」
なんとなく忠告してやる。けれど、女司祭から睨まれた。
「あなたがこれをやっているというのなら、今すぐ我らを解放しなさい!」
高圧的に言われようとも聞いてやる義理はない。無視してルチアは先頭の神父に顔を向ける。
「で、誰の命令で動いてるの? さっさと答えないと、お仲間がどんどん減っていくわよ」
「……」
彼は答えない。周囲も同様だ。
ルチアは腕を動かす。今度指さしたのは2人目の神父。
彼も女司祭と同じく眉間から血を吹いて項垂れた。
「答えは?」
残った神父は歯を食いしばり、その後ろで女司祭が発狂したように騒いでいる。あまりのうるささにルチアは彼女も指さした。途端に周囲が静かになる。
「もうあんたしかいないけど、どうする?」
1人残された神父に視線を向けた。
彼は動かせもしない身体をひねろうとしたようだけれど、ハムの状態に近付くだけだ。
他の3人の前例でそのことは学んでいたのか、神父はすぐに無駄な足掻きを止めた。そして、達観した表情で口を動かす。
次の瞬間には何も言わずに俯いた。
ルチアはしゃがんでそんな彼を見上げる。
「毒を飲んじゃったか。成果無しね」
すでに事切れているように見えるが、一応のために彼の眉間にも"糸"を刺した。
追手達を翻弄していたものの正体は糸。それも、ルチアの体内で合成した特別製だ。使うアミノ酸の種類を組み換えれば様々なタンパク質を合成でき、強度や粘度も自由自在。
そんな物を指先の小さな穴から出せる。
もっとも、そんなことが出来るというのはルチアだけの秘密だ。両親を始め、ジョエレ達にだって教えていない。
こんなわけの分からない特異体質がばれて、白い目で見られるのは御免だから。
ルチアが見ている前で司祭服の4人が地面に崩れ落ちた。
すぐに分解してなくなる糸を使ったので、拘束が解けたのだろう。
(あーあ。スパイスさっき投げ付けちゃったから、また買いに行かなきゃ)
物言わぬ亡骸を跨ぎ、彼女は店への道を戻った。




