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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅰ.老婆と7匹の猫達
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1-2 臭いものは処分一択

 事務所の外は酒場だ。

 そこを素通りして外に出て、建物の陰になっている場所で連れの彼女は待っていた。見覚えのない青灰色の猫と一緒に。

 ジョエレはその横に行く。


「待たせたな。つか、その猫なによ?」

「そこら辺にいた子。暇つぶしに付き合ってくれてたんだよねー」


 話しかけながら、ルチアは優しく猫の喉元を撫でた。

 対称的に、ジョエレに向けられてくる空気には不機嫌さの含有量が多い。エロ本探しのせいで待たされたと彼女は思っているだろうから、当たり前な反応なのだが。


「で、探し物はあったの?」


 ジョエレが持つケースに彼女は目を向けてくる。


「おお。引き出しのファイルの間から見つけ出してきてやったぜ。中でも至極の一品、お前も見ちゃう?」


 ジョエレは丸めていたエロ本をルチアの前に掲げた。

 途端に彼女の表情が厳しくなる。


「趣味最っっっ低。ひょっとして、それの中身もこんなのばっかりなの?」

「なぁに? お前見たいの?」

「見たいわけないでしょ!」


 ルチアがジョエレの足を踏んできた。「仕事は終わったんだから、さっさと帰りましょ」と、そのまま建物の陰から出ていった。

 さらに機嫌を損ねてしまったようだが、上手いこと彼女の意識はジュラルミンケースからそれてくれた気がする。


(やっぱルチアを遠ざけるには下ネタだよな〜)


 本を再び丸め、ジョエレも続いた。

 なぜか猫もついてくる。ルチアの足元にまとわり付いてニャーニャー鳴いている。


「なぁに? あんたここの子じゃないの?」


 足を止めた彼女が猫を抱き上げた。そうしたら猫は静かになって、ご機嫌そうに尻尾を揺らす。


「これってさ、あたしに飼って欲しいって言ってるのかな?」

「んなの俺にわかるかよ」

「なんでわかんないの?」

「お前、無茶振りにもほどがあるって知ってる?」


 ぎゃーぎゃー言い合いながら、教皇庁の座する地の街路を2人は歩く。

 旧イタリア領ヴァチカン。

 ヨーロッパでは20世紀に景観・文化財保護法が導入され、28世紀現在でも景観は当時からあまり変わっていない。3千年あまりの歴史を誇るヴァチカンは、特に古い建造物が多いのが特徴だ。


「ねぇ。この子飼ってもいい?」


 郊外の貧民街スラムを抜け、中流階級の人々が暮らす地域に入ってすぐにルチアが言ってきた。

 黒い瞳でジョエレを上目遣いで見てくる態度は珍しく謙虚だ。


 ジョエレとルチアは共に暮らしている。

 ついでに言うと、普段の彼女は家でわがまま放題だ。それでも、ペットを増やす場合は同居人に了解を得る程度の常識はあるらしい。


「自分で面倒みるならな。俺は知らんぞ」

「やった! ジョエレやっさし〜」


 ルチアが嬉しそうに猫を頭の上に持ち上げる。そうしたら、


「あら、その猫」


 すれ違った老婆が振り返った。なぜか猫がニャーと鳴く。老婆はルチアに話しかけてきた。


「ごめんなさいね。その子、あなたの猫?」

「さっき拾ったばっかりですけど」

「そうなのね。実は私、その子と同じ見た目の飼い猫が迷子になってしまっていて。たぶんうちの子だと思うのだけど、抱かせてもらっても?」


 老婆が腕を伸ばす。

 ルチアはジョエレを見上げてきた。


「どう思う?」

「言ってるとおりなんじゃねーの? その猫、さっきからそのご婦人の方ばっか見てるし。行きたそうにしてるし」


 見えるままをジョエレは指摘してやる。

 飼い主を主張してきた老婆は品が良くて、身だしなみも整っている。たかだか猫のために嘘をついてくるタイプには思えない。


「そっか。良かったね、飼い主さんの所に戻れて」


 少しだけ寂しそうにルチアが老婆に猫を渡す。

 老婆の腕の中に収まったとたんに猫は安心したように丸くなった。老婆が飼い主というのは確実そうだ。

 横にいる中年女性に老婆は笑顔を向ける。


「この子の捜索依頼、取り下げてよさそうね」

「良かったですね奥様」

「ええ。あ、代わりのお礼をあなた達に差し上げなくてはね」


 老婆がジョエレ達の方を向いた。


「そういうわけでお礼をしたいのだけど、あいにくと今は持ち合わせと時間がなくて。今度、あなた達の都合のいい日にうちに訪ねていらして」


 中年女性がメモ帳に何かを書き付け、ページを破いてルチアに渡す。こちらが返事をする前に老婆達は去って行った。


「一緒にいた女の人、お手伝いさんかな?」

「じゃね? お前も雇いたいならもっと働けよー」


 適当に話をしつつジョエレはメモ紙を覗き見る。名前と住所が書かれていた。

 何もしていないのに礼が転がりこんでくるとは、実にラッキーだ。

 ともあれ、猫騒動がひと段落したようなので、ジョエレは帰路からそれた。


「あれ? ジョエレどこ行くの?」

「エロ本処分しにな〜。持ってるとお前機嫌悪いじゃん? 家に帰ってまでギャーギャー言われたくねーし」


 適当に言って手を振る。そのまま雑踏に紛れた。


 正直なところ、ルチアに小言を言われるのは日常茶飯事なので、痛くもかゆくもない。けれど、別行動をとる理由にするにはもってこいだ。




 喫茶店横にあるアパートの階段を登る。目的の部屋に着くと、


「おーい。俺だぞ、開けろ」


 インターフォンを押しながら呼びかけた。途中から悪乗りして連打していると、


「聞こえてる! 聞こえてるから!」


 中性的な容貌の青年が耳を押さえながら飛び出てくる。彼を横目にジョエレは中に入った。

 狭い部屋のくせにベッドやテレビは大きい。そんな空間に詰め込まれている机の、いつも自分が座っている椅子に座る。


「寝てんのかと思ってよ」

「ワタシにも色々都合があるわけよ」


 青年はジョエレの対面に座った。


「で、何。何かおごりにでも来てくれた?」

「激安でこき使っときながら俺にたかんのか?」


 むしろお前がおごれと愚痴りながら、ジョエレは持ってきたジュラルミンケースを机に置いた。それを前に滑らせる。


「"熊"からの頼まれ物。貧民街スラムの酒場に持ち込まれてた分だ」

「さすがに仕事が早いわね。確認するわよ」


 青年がケースを開け中に目を走らせた。視線が一巡するとケースを閉じ、笑顔を浮かべる。


「確かに受け取ったわ。先方に渡しておくわね。代金は明日にでも振込んでおくわ」

「わかった」

「で、次の仕事なんだけど」


 老婆が写った写真と書類が1枚差し出されてきた。そこに写る彼女に見覚えがあり、ジョエレの眉がわずかに動く。

 白髪混じりの灰色の髪をした品の良い彼女は、先ほど会ったばかりの老婆だ。

 それだけ確認したジョエレは書類に視線を移す。


「組織が彼女に接触したらしき雰囲気があるから、それをはっきりさせてって」

「繋がってたら?」


 内容を覚えた書類と写真を青年に返した。青年は戻されたそれに火を付け灰皿に捨てる。


「状況とアナタの判断に任せるらしいわよ」

「了解」

「あ、そうそう。あとね、これ。今月分って」


 青年が膨らんだ茶封筒を差し出してきた。

 ジョエレはそれを受け取り、中身をざっと確認して懐にしまう。


「それで終わりか?」


 立ち上がりながら尋ねた。青年が無言で頷く。用の済んだジョエレは玄関に向かった。


「ちょっとジョエレ忘れ物!」


 背後から青年の声が聞こえる。不要になったエロ本(ゴミ)を意図的に椅子に忘れておいたのがバレたようだ。


「堪能するなりそのまま捨てるなりしていいぞ!」


 突き返される前に逃げだした。

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