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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅱ.ヴァチカンの笛吹き男
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2-9 黒死病の影 後編

 青空の下、肉や色とりどりの野菜の並ぶ市場でルチアが品物を選んでいく。


「たまには魚介パスタ(ペスカトーレ)食いてえなぁ」


 目の前のトマトの山を見ながらジョエレは呟いた。


「うーん。ガイドの仕事が終わって、旅券が貰えるようなら考えるわ。どっちみち、ここじゃ魚介類売ってないし」


 トマトを2つ手に取りながらルチアが言う。

 彼女の言うとおり、一般的な店に魚介類は売っていない。

 第五次世界大戦の際に欧州以外の大地は放射線で汚染し尽くされ、海洋も例外ではなかった。それに伴い海の幸が食用に適さなくなる。川魚は無事だが、需要と供給のバランスでかなり高価な品となっている。

 富裕層は大地に養殖場を作り海産物も食べているのだが、一般人には縁のない話だ。


「ってことで、ジョエレ頑張ってね?」


 肉と野菜が詰め込まれた紙袋をルチアが寄越してきた。それをジョエレは受け取る。


「へいへい。全力で努力させて頂きますよっと」

「じゃ、さっさと帰りましょ」


 買い物は終了なのか、ルチアがすたすた歩き始めた。ジョエレも続く。

 天気はいいし、出掛けるにもいい時間だけあって、買い物客が多い。常連客や知り合い同士が立ち話をしている姿をよく見かける。


「朝のニュース見た?」

「あれでしょ? 貧民街で黒死病ペストに罹って死んだ人が出たっていう」

「そうそう、それ。いやね、怖いわ」


 そんな話題が聞こえてきた。

 ジョエレが半分以上そちらに意識を取られていると、いつの間にやら足を止めていたルチアにぶつかりかける。


「おいルチア。車と俺は急には止まれないんだぞ」


 文句を言ってやったが彼女は全く怒らない。それどころか、ジョエレの服をきゅっと掴んでくる。


「ねぇ、黒死病ペストってどんな症状出たっけ?」

「どうした急に?」

「いいから!」


 ルチアが頬を膨らませた。ジョエレはそれをなだめるよう、まぁまぁ、と手を動かす。


「確か高熱が出て、リンパが腫れたり皮膚が黒くなったり、肺炎起こすこともあったか?」


 思い出しながら指を折る。名前だけは有名な病であるけれど、いかんせん縁が薄いので記憶が怪しい。

 ジョエレが記憶と格闘している間にもルチアの表情は曇っていき、ジョエレから手を離した。そうして1人で走り出す。


「ちょっとルチアさん!?」

「ごめんジョエレ、あたし先に帰る! 荷物よろしくね!」


 好き勝手言った彼女は振り返りもしない。


(あいつ、テオが黒死病ペストだとでも思ったか?)


 タイミング的にそうとしか思えずジョエレはため息をつく。そうして、託された荷物を手に歩みを再開した。




 家に帰り着いてみてもリビングにルチアはいなかった。とりあえず、買ってきたものを冷蔵庫や棚に放り込む。


(テオん所かね)


 あたりをつけ彼の部屋に行ってみると、眠るテオのベッド脇に椅子を置いてルチアが座っていた。


「そんなとこで何してんの、お前」


 彼女の背に声をかける。


「付いてるだけ」


 ルチアは振り向かず短く返事した。

 ジョエレもベッド脇に行き、彼女の肩に手を置く。


「そんなとこにお前がずっといると、テオが寝辛いだろ」

「だって!」


 勢いよくルチアが振り向いた。


「知ってるのよ、黒死病ペストって鼠が媒介して拡めるって。最近鼠多いし、テオが黒死病ペストじゃないってどうして言えるの!? 熱だって高いのに!」

「おいおい、こんな所で騒ぐなよ。テオが起きるだろ?」


 はっとしたようにルチアが口をつぐむ。テオフィロを心配そうに見たけれど、彼は眠ったままだ。彼女は胸をなでおろし、膝の上で拳を握り込んだ。


「まぁ、心配なのは分かるけど、こいつは黒死病ペストじゃねぇよ。見てみろ」


 ジョエレは顎をしゃくる。


黒死病ペストってのは初期でリンパが腫れることが多いんだが、それは無いし、急性症状の肌の黒化も無い。他の原因で熱出してるだけだ」

「本当に?」


 まだ信じられないのか、ルチアの眉が寄っている。ジョエレは1度だけ頷いて部屋の出口へ向かった。


「嘘言ってどうすんだよ。テオに早く良くなって欲しいなら、お前もさっさと降りてこいよ」


 言うだけ言って自分はリビングに移る。

 すぐにルチアも降りてきた。けれど、とても落ち込んでいて見ていられない。


 ジョエレはおもむろに冷蔵庫から牛乳を取り出し火にかけた。温まったら蜂蜜を入れ軽く混ぜる。マグカップに移し、ルチアに差し出した。

 彼女は受け取りながらも不思議そうにしている。


「何?」

「それでも飲んで落ち着け。今日は暑いけど文句無しな」


 ルチアはしばらくカップを持った姿勢で固まっていたけれど、やがて息を吹きかけひと口飲んだ。顔には穏やかな笑みが浮かぶ。


「……美味しい。最近ご無沙汰してたけど、一緒に暮らし始めた頃、たまに作ってくれてたよね」

「さぁて、どうだったかね」


 適当にはぐらかしジョエレはテレビを付けた。

 画面には毅然と立つディアーナが映し出されている。


「なんだ? この時間に聖府系の番組なんてあったか?」

「緊急会見ってロゴ出てるわよ」

「お、ほんとだな。しっかし、このタイミングで会見って嫌な予感しかしねーな。よりにもよって、保健福祉局局長様だぜ?」


 国務省保健福祉局はその名の通り医療行政を担当している部署である。

 そこの局長の会見となれば、内容は一種類しかない。


『今朝黒死病(ペスト)による死者が出たことを局長はご存知でしょうか!?』


 記者が早口で質問した。それに対し、ディアーナは落ち着いた様子で答える。


『ええ。存じております』

『最近体調不良を訴える人が多いですよね? 街では鼠が大発生しており、彼らが菌を拡散させることで、中世の悪夢の再来かという噂も流れておりますが、どのようにお考えで?』


 カメラのシャッターを切る音だけが響く。それが落ち着いて、ようやくディアーナは口を開いた。


『そのことについてお話しするために会見を開きました。皆さんへの報道、よろしくお願いしますよ』

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