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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅱ.ヴァチカンの笛吹き男
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2-6 ヴァチカンの笛吹き男

 ◆


 食事が終わると一行はサン・ピエトロ広場へ向かった。

 ヴァチカンのメインストリートを歩きながらジョエレが言う。


「これから行く大聖堂ですが、服装に規制があります。あそこは、肩や太ももの出ている格好では入れません」


 観光名所と勘違いされやすいが、サン・ピエトロ大聖堂は聖人ピエトロを祀る墓所だ。そんな場所なので、もちろん相応しい装いというものがある。

 教皇庁職員が入り口で荷物検査と服装検査をしていて、弾かれれば泣き喚いても入れない。


 集団の後ろを歩きながらルチアが婦人達を見てみると、肩が出ている人が数人いた。太ももが出ている人はさすがにいない。


「スカーフなどで隠すだけでもいいんですが、肩の出ている方々はお持ちですかね?」


 婦人達の方を向きながらジョエレが尋ねた。

 案の定、彼女達は首を横に振る。


「持ってきていないわ。どうしたらいいかしら?」

「そういう方々のために広場の売店で売っています。そちらで買い求めてください。テオ、俺達広場で待ってるから、おまえ案内してやれ」

「りょーかい。売店に行く人は俺の近くに集まっておいてください」


 テオフィロが声をかけると、3人の婦人が彼の近くに移動した。広間入り口で彼らは別れていく。


「それじゃ、4人が帰ってくるまで自由行動ってことで。この石柱オベリスクを集合場所にするんで、俺が呼んだら集合してくださいね〜」


 ジョエレが自由行動を言い渡した。

 気を利かせたわけではないと思う。たんに、ずっと婦人達の相手をするのが面倒だったからという空気がぷんぷんする。

 現に、しばしの休憩時間を得たとたん、彼は、石柱の周囲に配されている椅子の1つに腰掛けボケーっとしているし。

 ジョエレの横に立ったままルチアは広場を眺めた。


 この広場はサン・ピエトロ大聖堂に続く楕円形の空間だ。ドーリア式円柱が4列に並んで列柱廊を形成し、その上に乗った100体を超える聖人像に囲まれている。その中央に立つのが、ルチア達のすぐ後ろにある石柱だ。

 信心深いとかそんなの関係なしに、この空間にいると見事さに圧倒される。


(宗教なんて今じゃ形骸化してる気がするけど、全盛だった時代は衛生環境も悪くて、神頼みなことも多かったんでしょうね)


 だから、こんな荘厳な施設を建てられるだけの力を持てた。今では別の意味でも強大な権力を持っているけれど。

 ぼんやりとそんなことを思い、視線を動かす。


 景色が流れるに任せていると陽気な笛の音が聞こえてきた。

 奏でているのは派手な衣装を着込んだピエロで、軽い足取りで広場を進んでいる。足元には2匹の小動物が付き従っており、その動きは笛に合わせているかのようだ。


 気になったルチアは彼の方へ向かった。

 ピエロに近付くと足元にしゃがみ込む。そうして、小動物を見ながら目を細めた。


「小犬くらいの大きさだし、見た目が酷いけど、これ鼠?」

「はぁ〜い。そうですよ、可愛いお嬢さん。鼠だと初見で気付いてくれたのはあなたが初めてです」


 喜びを表現するようにピエロが笛を吹く。音に合わせてブサイクな鼠が動いた。それを見てルチアは手を叩く。


「凄い凄い。これ、ぬいぐるみよね? どうやって動かしてるの?」

「おーっと、それは企業秘密なので、お嬢さんの質問でも答えられません。商売あがったりになると、僕が干上がってミイラになっちゃいますからね」


 ぬいぐるみが両前脚を頬に当て、ムンクの叫びのようなポーズをとる。その横を本物の鼠が走って行った。


「ねぇねぇピエロさん。その笛で鼠を操れるなら、街を最近走り回ってる鼠どうにかしてくれない? ハーメルンの笛吹き男みたいに」


 半分笑いながらルチアは言ってみた。

 ハーメルンの笛吹き男とは、古くからヨーロッパに伝わる民間伝承の1つだ。作中で、大量発生した鼠を、派手な格好の男が笛を吹いて追い払ったというくだりがある。


 なんとも無理やりなこじつけだと分かってはいたけれど、それをお願いしてみたのだ。

 さすがに無理なようで、ピエロが大仰に天を仰ぐ。


「種も仕掛けもありまくりな僕に、それ、言っちゃいます? ああ、でも、さっきからお願いをお断りばかりしているので、お詫びにこれを」


 怪しい動きをする彼の手の中に花束が出現した。その中から1輪とるとルチアに差し出してくる。


「可憐なあなたにはこの花ですかね?」

「え? くれるの? ありがとう」


 ルチアはそれを受け取る。

 ピエロは白塗りの顔を笑顔に戻して周辺の婦人達にも花を配りだした。お詫びとは言ったけれど、最初から仕込んでいた行動なのだろう。


 なんとなく興が削がれ、ルチアはジョエレのもとへ戻った。

 暇潰しがてら貰った白百合を顔に近付けてみるといい香りがする。気分が良くなって、彼にも匂いをおすそ分けしてあげたくなった。


「ねぇジョエレ。見てよこれ」


 名を呼ぶと、彼がのそりと顔を上げる。しかし、緩慢なのはそこまでだった。ジョエレが突然立ち上がり、花を持つルチアの手首を掴む。


「おい! お前、その花どうした!?」

「は!? 何なの急に! そこでピエロが配ってるじゃない!」


 ルチアは後方を指した。けれど、いない。

 色とりどりの花を手にした婦人達はいるけれど、肝心のピエロがいない。


「あれ? 他の場所にでも移ったのかな?」


 芸人なのだから、観客を求めて他の場所へ移った可能性は大いにあり得る。なので、ルチアは気にも留めなかった。

 しかし、ジョエレの表情はいつになく厳しい。


「なに? ジョエレとルチア、また喧嘩してんの?」


 聞こえてきたテオフィロの声に、ジョエレがはっとしたように手を放した。

 2人して声のした方に顔を向けると、肩にスカーフを巻いた婦人達を連れたテオフィロが呆れ顔で歩いてきている。


「お帰りテオ」

「早かったな。んじゃ、他のご婦人方も集まってもらうか」


 すっかりいつもの調子に戻ったジョエレが口元に両手を持っていく。


「ヴォーから観光に来ているご婦人方、大聖堂に行きますよ。集まってくださいね〜!」


 大声で叫んだ。

 途端に婦人達が続々と集まってくる。効果は抜群だったようだが、関係無い人達の視線まで集まって、ルチアとしては地味に恥ずかしい。


「ちょっと! もう少しスマートな方法もあったでしょう!?」


 不満をぶつけるためにルチアはジョエレを睨んだ。けれど、彼はどこ吹く風で、


「ま、俺達はここから動かずにご婦人方に集まってきてもらえてるわけだし。これからのために、体力温存しないとな」


 などと言って、軽く流してしまう。


「温存って何?」


 怪訝そうにテオフィロが尋ねた。


「すぐに分かるって」


 ジョエレは胡散臭い笑いを浮かべるだけで答えない。


「はい、皆さん集まりましたね。では行きましょう」


 そうして、さっさとガイドの仕事に戻ってしまった。


「ジョエレがあの顔する時、大抵ろくなことないよな」

「そうね。油断しないでおきましょう」


 集団の最後尾に続きつつ、ルチアとテオフィロは頷いた。

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