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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

六本木心中

作者: ロビンⓂ︎


ひょんな事から男は刺青の女と暮らすことになった。


男は「これから3ヶ月ばかり世話んなるからよろしくな」と手をさし出したが、刺青女はそれを見て鼻で笑った。


刺青女の部屋はとてつもなくパンクだった。とてつもなくシドヴィシャスで、とてつもなくナンシースパンゲンだった。


部屋に入ってすぐにカーテンとベッドのドット柄に目を奪われた男は、床に転がっていたベースに気付かず転んでしまった。


「あいつらから俺の事いろいろと聞いてるんだろ?」


男が尋ねると、刺青女は銀色のパイプに入った葉っぱに火をつけて「そんな事よりあんたも吸うかい?」と質問を質問で返してきた。


男は「俺は身体に合わないからやめとくよ」と言った。



刺青女は顔に似合わず規則正しい生活をしていた。朝5時に起きて洗濯をし、近所のうどん屋で3時間働いて、夜の9時には眠った。


男は刺青女が眠ると、決まって近所のロックバーにウイスキーを飲みにいった。


口髭のマスターは無口だったが、通いつめる内に色々と話すようになった。


マスターは男の話し方でこの辺の人間ではない事に気付いていた。


男は酒に酔うとここだけの話をしたがった。マスターはそんな男から話を引き出すのがうまかった。


「マスター、ここだけの話だぜ」


男は自分が窃盗犯だという事にしておいたが、実は指名手配中の殺人犯だった。


いまから一週間前、浮気した女を絞め殺しアパートに火を放って逃げたのだ。


マスターは男が関西から逃げて来た事を知ると「実は俺も関西出身なんだよね」と言って、初めて笑った。


刺青女は抱かれるたびに、長いまつ毛の男の事を少しづつ好きになっていた。


「ねえあんたさあ、毎日毎日ゴロゴロして酒飲んで、気が向いたらわたしを抱いてさ。


そうやってるとまるで売れないジゴロみたいね。いいさ、もうずっとここにいなよ」


今度は男が鼻で笑う番だった。


「俺と一緒にいちゃ、おまえもいづれ捕まっちまうぜ?そんな事よりおまえはなぜ顔にまで刺青を彫ってるんだい?」


男は前々から気になっていた事を聞いた。


刺青女の顔には36個のピアスと、頬全面に蜘蛛の巣があしらわれていた。


「それ、消した方がいいぜみっともねぇ。おまえ一生結婚できねーぞ」


「あんたには関係ないじゃないか」


その日から刺青女は男とあまり口をきかなくなった。


ある日、男がうたた寝していると、ガタイのいいスキンヘッドの男が部屋に入ってきた。


見るからに堅気に見えないその男は「女はどこいった!」と唸りながら部屋を荒らすだけ荒らして出ていった。


刺青女が部屋に戻ってきたのはそれから3日後の夜だった。


女は瓢箪のように腫れ上がった自分の顔を、恥ずかしそうにタオルで隠していた。


「殺されなかっただけ良かったじゃないか」


男がフォローすると、刺青女は「明日になったらまた陽はのぼる。女だもの、泣きはしないよ」とだけ言い、ピストルズの名盤を朝まで爆音で流し、男は黙ってそれに付き合った。


刺青女はうどん屋をやめて、当たり屋に転職したらしい。


夕方になると原付きで出かけ、見通しの悪い路地や、信号機のかげに隠れて鈍そうな車を探していた。


それが果たしてスキンヘッドの指図なのか、それとも自分から進んでやっているのかは知らなかったが、男には興味がなかったので聞かなかった。


「真面目に働いたら?」


ある日、絆創膏が増えていく刺青女を哀れに思った男がそう諭すと「テメエにだけには言われたくねーんだよ!ボケ!」と、刺青女が珍しく感情を剥き出しにした。


「年下のくせにさ」


その夜、刺青女は葉っぱとウイスキーで頭がイカレてしまい、手首を切って自殺した。それはたまたま男が風呂に入っている時だった。


刺青女が残した走り書きには「遊び相手ならお手玉もできるけど、いつか本気になるのが恐いの」と書いてあった。


「馬鹿やろうが!」


男は刺青女の携帯の履歴から、スキンヘッドの情報を得た。刺青女はスキンヘッドに借金があるようだった。


警察が部屋へ踏み込んだ時には、もうすでに殺人犯の姿はなかった。


その頃、殺人犯はロックバーのマスターに刺青女が残したレコードを買い取って貰っていた。


はたして、両手に抱えきれないぐらいのレコードの束は、刺青女が残した借金の10分の1にも満たなかった。


だが殺人犯はこの店の金庫に大金が入っている事を知っていた。1人殺すのも2人殺すのも同じだと思った殺人犯は、ロックバーのマスターを刺し殺して金を奪った。


「この街は広すぎる、独りぼっちじゃ街の灯りが俺の気を狂わせるな」


殺人犯はスキンヘッドに刺青女の借金を返すと連絡し、今は使われていない駐車場に呼び出した。


しかし、いざ金を支払う段階になって殺人犯は金が惜しくなった。殺人犯は2人殺すのも3人殺すのも同じだと考えた。


血だるまになったスキンヘッドをトランクに詰め込むと、殺人犯はスキンヘッドが乗ってきたベンツを北へ向かって走らせた。


行くあてもなかったが、殺人犯は防犯カメラの存在を恐れて高速道路に乗る事はなかった。


朝になり、櫻吹雪がハラハラと行く手の道路を桃色に染めていた。


「俺の命はおまえにやるよ」


殺人犯はミラー越しに、後部座席に座る刺青女に言った。


「ああ、気づいてたんだ」


殺人犯は「当たり前だ」と唇の端をあげた。


「今時、命あげますなんてさあ、場末のシネマみたいな事いわないでよね」


すると突然、殺人犯は急ハンドルを切り今来た道を引き返し始めた。


「ちょっとあんた、どこ行く気?」


「東京さ」


男はフルアクセルで前の車を次々と追い抜いていく。


「決めたんだ。六本木にいる仲間たちにこの金でおまえの墓を建ててくれるように頼んでやる!


気分は、バックシティザロンリプレイスさ!!」


刺青女はぶっ飛んでしまった殺人犯を見てぷっと吹き出した。


「あんたさあ、どうでもいいけどそんな運転してたら捕まっちゃうよー」


「大丈夫だよ俺に任せとけ、もし捕まりそうになったら、その場でおまえと心中してやるさ!!」


「心中ってさあ、わたしもう死んでるんだよ?」


「ああ、そうだったな」


二人を乗せたフルスモークの黒いセダンは、黒煙をモウモウと巻き上げながら行きすぎていった。


それでもなお、春の空は暖かく、天高く澄み渡っていた。


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