カレル港
カストル砦の戦力を得る事に成功したレスティ達。
一方その頃、帝国では動きが起こっていた。
クレリア王女たち平和派が、次なる手を打ち始めたのだ。
「姫、平和派は押されております。次は、どうするのです?」兵士たちが王女に訊く。
「有利になる拠点を、作らねばなりません。占領すれば一番有利なのは、
ちょうど帝国に中央に位置する、カンタール砦。
この砦は守りに強い。ここを占領すれば、今後の反撃の拠点となるかもしれません。
しかし」クレリアが暗い顔をする。クレリアは短い紫色の髪をしている。
「この砦は守りに強い分、攻め落とすには総力戦になるでしょう。
兵達の損害は避けられない。それに、強硬派もこの砦を狙っていることくらい、
わかっているはず。そこで、狙いを変えます。
カンタール砦より南のカレル港。あそこも強硬派が占領していますが、
あそこの兵力は少ない。
加えて、あそこには船があります。
いざとなれば、南のクアトル砦まで撤退出来ない時でも、
船でヘインセル領まで兵達を逃がすことも可能です。
私は最後まで戦いますが、兵達に無駄死にしてほしくはない」クレリアが作戦を考える。
「逃げるなどと。私たちは姫と最後まで戦います」兵士たちが口にする。
「命を無駄にしてはいけません。時には、逃げることが必要なこともあるのです。
帝国の将軍を前にして、私たちの勝ち目は薄い。
せめて、レスティかフランなら、私たちの味方をしてくれるかもしれないと思ったのですが」
クレリアは悲し気な顔で語る。
「考えが甘かったようです。
レスティもフランも、私たちの味方をしてはくれない。
しかしもし、この二人の将軍が味方をしてくれるのなら、
その時はこの二人の将軍を信頼してください。信頼出来る方々です。
次なる目標は、カレル港です。いいですね」クレリアが兵達に告げた。
帝国のグラリア将軍、ガルム将軍、フラン将軍が女王の間に集まっていた。
「グラリア、平和派の動きはどうなっている」女王エリシアが訊く。長い紫色の髪。
「我々の兵力に押されているようです。しかし、南のクアトル砦を中心に、
無駄な抵抗を続けております。だが、次の動きは読めております」
グラリアが自信を持った表情で言う。
「動きが読めていると申すか。面白い、言ってみよ」エリシアがグラリアを促した。
グラリアが地図を出す。
「戦いにおいて有利なのは」グラリアが中央のカンタール砦を指差す。
「ここ。守りに強く、中央に位置するカンタール砦です。
ここを一度落とせば、大きな守りの拠点となる」グラリアが語る。
「しかし、ここは守りに強い砦。攻め落とすには、総力戦になる。
平和派も大きな犠牲を払うでしょう。あの甘い王女がそれを選択するとは思えない。
そこで、ここです」グラリアがそれより南のカレル港を指差した。
「カレル港。ここにいる強硬派の兵力は少ない。
港を占領すれば、クアトル砦まで戻れないいざとなった時に、
船でヘインセル領まで逃げることが出来ます。
あの甘い王女は部下を殺すまいとしているはず。
必ず、この港を狙ってきます。間違いありません。
そこで、帝国三将軍でカレル港にて待ち伏せすることを提案いたします」
グラリアが提案した。
「ここで、一気に王女を捕らえるのです。帝国三将軍をもってすれば、たやすい事のはず」
グラリアはニヤリと笑う。
フランは黙って聞いていた。長い黒髪をいじっている。
「面白い。一気に決めると申すか。しかし、もしお前の読みが外れていた場合、
その時はどうなるかわかっているのだろうな?」女王が冷酷な目でグラリアを見る。
「承知しております。いかなる処罰も受けましょう」グラリアが答えた。
グラリアには確証があった。平和派に送り込んだスパイから、情報を得ていたのだ。
「その言葉、覚えておくぞ。お前たちに命ずる。カレル港にて待ち伏せし、
王女を捕らえよ。殺してはならぬ。見せしめとして、処刑せねばならぬからな」
女王が命令を発する。
フランは心を痛めていた。見せしめとして、処刑。
「戦いか。腕がなる。せめてまともな抵抗をしてもらいたいものだな」ガルム将軍が笑う。
「三将軍の指揮はグラリアに任せる。迅速に行動せよ。行け」エリシアが命令を下した。
「お任せください」グラリアが自信を持った表情で答えた。
その時、女王の元へ女王の部下がやってきた。
女王に耳打ちする。
「クラトスの部下が?連れて来い。話を聞く」女王が言った。
やがて、クラトス将軍の部下達がやってきた。
「女王様、レスティ将軍が裏切りました。クラトス将軍が殺され、撤退してきた次第です」
部下たちが状況を告げる。
三将軍が反応する。一番大きく反応したのはフランだった。
レスティが、裏切った。
複雑な心境だった。女王には忠誠を誓っている。
しかし、姫を助けてやれるのは今、レスティだけだ。
私は裏切るわけにはいかない。
女王の為に。
「レスティが裏切ったか。帝国最強の武将が、情けない。
所詮はその程度の男だったか。エリシア様、これでますます早く動く必要が出てきました。
レスティと合流される前に、姫を捕らえましょう」グラリアが提案した。
「レスティと戦えるなら、俺としては満足だがな。面白くなってきた」
ガルム将軍が不敵な笑みを浮かべている。
「お前たちには迅速に動いてもらう必要が出てきたな。だが、その前に」
女王がクラトスの部下達を見た。
「この者たちを牢に放り込め。そのうち、処刑する」
クラトスの部下達が大きく動揺した。
「女王、それは」フランがわずかに抗議する。
「敵前逃亡してきたわけですからね。当然の処罰でしょう。
おい、お前たち。この者たちを牢に連れていけ。クラトスの部下達よ。もし抵抗するのならば、
この場で死ぬぞ」グラリアが部下達に命じた。
クラトスの部下達は怯えた表情で牢に連れていかれた。
「では、我々はカレル港へ向かいます。ガルム将軍、フラン将軍、
急いで準備を。時間がない」何事もなかったかのようにグラリアが言った。
「承知した」ガルムが答える。
フランは黙っている。
「フラン将軍、聞いているのか」グラリアが問いただす。
「あ、ああ。承知した。急いで準備をする」フランがようやく答えた。
姫、どうか、港に来ないでくれ。
フランは祈るような気持ちだった。
クレリアは部下達と作戦を練っていた。
目指すは、速攻。
短期決戦で港を落とす。
しかし、拠点である南のクアトル砦だけは落とされるわけにはいかない。
南のクアトル砦に戦力を多く残し、少数精鋭で攻める。
カレル港は砦ではない。守りやすい作りにもなっていない。
砦での大きな戦いではないため、作戦は成功するだろうという見込みだった。
小規模な村での戦いのようなものだ。
「では、カレル港へ向かいましょう。部下達に号令を出します。
砦に残る者たちは、砦の死守をお願いします。将軍が攻めて来る可能性もある」
クレリアが指示を出した。
「姫、どうかお気をつけて」兵達がクレリアが気遣う。
「大丈夫です。私はこの国の王女。必ず平和を取り戻します。
あなた達も、どうか無事で」クレリアがわずかに笑顔を見せる。
クレリアの部隊は砦を出て、カレル港へ向かった。
敵の姿は見えない。もうすぐ、カレル港へたどり着く。
「そろそろ、敵に発見される距離です。一気に攻めます。
皆、準備はいいですか?」クレリアが部隊に問いかける。
皆、大丈夫ですと答えた。
「わかりました。行きましょう。イシュカルとヘインセルの平和のため!」
クレリアの合図で、部隊がカレル港へと進みだした。
港の入り口の敵兵は少ない。
敵兵を蹴散らし、港に侵入した。
だが、何かひっかかる。
敵兵が少なすぎる。いくら重要な拠点ではないとはいえ、この程度の守りでいいものなのか。
その時、死角から新たな部隊が二つ現れた。
クレリアは驚愕した。
あれは、グラリアの部隊だ。フランの部隊もいる。
読まれていた?何故?
即座に判断を下した。絶対に勝てない。撤退するしかない。
「帝国の二将軍がいます!今の我々では敵いません!撤退を!」クレリアが号令を出す。
しかし、後ろを見るとそこにはガルム将軍の部隊がいた。
挟み撃ちだ。
クレリアは焦った。この少人数の部隊に対して、帝国三将軍が相手。
しかも、逃げ道はない。
クレリアは急いで考えた。強硬派の狙いは自分のはずだ。
自分が出て行けば、部下達は生き残れるかもしれない。
グラリアの部隊から、グラリアが出てくる。
「予想通りでしたね。相変わらず甘い姫だ」グラリアが笑う。
「グラリア、私は投降します。しかし、その代わりに部下達は見逃してあげてください」
クレリアが提案した。
「姫!我々も一緒に戦います!姫が捕まってしまう必要はありません!」
兵士たちが申し出る。
「無理です。帝国三将軍を相手に、この部隊では勝ち目はない。
生き残って、この状況を砦に伝えてください。命を無駄にしてはいけません」
クレリアが諭す。
「部下が生き残る前提で話をしているようだが、そんな甘い提案を受けると思うか?
帝国三将軍が揃っているのだ。こんな部隊など、皆殺しだ」
グラリアが告げた。
フランは必死に考えていた。
「待て、グラリア将軍」フランが口を挟む。
「我々へ下された命令は、姫を捕らえろという事だけだ。
戦っている暇があるなら、その時間で一刻も早く姫を捕らえ、
城に連れ帰った方がお前の知略が評価されるのではないか?
戦いになれば、この部隊は必死に抵抗してくるだろう。
そうなれば多少なれども被害は出る。
それに、戦いになればガルム将軍に手柄を取られるぞ。
このスピードで、しかも無傷で姫を連れ帰った方が、お前は評価されるのではないか」
フランが提案した。
「ふむ」グラリアが考える。
「たしかに、無傷の方が聞こえはいいな。ガルム将軍に手柄を取られるのも面白くない。
姫を連れ帰るスピードによる功績か。面白い、フラン将軍の言う通りだ。
どうせ、姫を失った平和派など取るに足らぬ。わかった、すぐに姫だけを捕らえて帰還しよう」
グラリアが決定した。
フランは心の中で安堵した。これで平和派に余計な犠牲を出させずに済む。
「姫、ご同行願おうか」グラリアがクレリアを連れていく。
クレリアは心の中で感謝していた。ありがとう、フラン。
そしてごめんなさい、みんな。どうか生き延びて。
クレリアは連れていかれた。
帝国三将軍が撤退していく。
クレリアの部隊は急いで砦へと戻っていった。
「カストル砦の戦力はいなくなる。レスティ殿がイシュカルに赴いてる間に、
国王に会い、戦力をまた蓄えておく。何かあればまた来てくれ」
ローウィンが言った。
「ローウィン様、本当に感謝いたします」レスティが礼を言った。
「レスティ殿の部下も、帰りを心待ちにしているだろう。
我々の部隊を連れ、出発なさるといい。
部隊長、武器を返してやれ」ローウィンが部隊長を促した。
部隊長がレスティの剣をレスティに返す。
「必ず強硬派を打ち破り、ヘインセルへの侵攻を止めて見せます。
では、行って参ります。本当に、お世話になりました。行こう、セフィラ」レスティが別れを告げる。
「ヘインセルを、頼んだ。また会おう」ローウィンも別れの挨拶をした。
「ありがとうございました、ローウィン。またお会いしましょう」セフィラが礼を言った。
部隊を連れ、レスティとセフィラが砦を出ていく。
歩きながら、部隊の者と話した。
「これからよろしく頼む。正直、心強い」レスティが本音を語った。
「ローウィン様とセフィラ様が信頼なさっているのです。我々も将軍を信じます」
部隊の者たちが言った。
「ありがとう。必ず、平和を取り戻そう」レスティが決意を口にする。
そのまま歩いていくと、エイル達の姿が見えてきた。
「お、戻ってきやがった。部隊もついてる。交渉は成功したようだな」
エイルが明るい表情で言う。
レスティの部隊もレスティの無事を喜んでいる。
「皆、今戻った。カストル砦の戦力を貸してもらえることになった。
これからはこの部隊が共に戦ってくれる」レスティが説明した。
レスティの部隊が、カストル砦の部隊に敬礼する。
カストル砦の部隊もそれに対して、敬礼した。
「よかったです」セフィラが微笑する。
「本当にな。これから、南へ向かうのか?」エイルが今後の方針を訊いた。
「ああ、南のクアトル砦へ向かう。早くクレリア王女と合流しなければならない。
砦へ入る時は、セフィラに先行してもらう。俺が最初に行って、
強硬派の敵襲だと思われたら困るからな。セフィラに事情を説明してもらってから、
俺たちも砦へ進む」レスティが方針を説明した。
「今すぐ出発する。行こう、みんな」
レスティ達は歩き始めた。
クアトル砦に、カレル港へ向かっていた部隊が到着した。
帰りがあまりに早かったので、砦にいた兵達は疑問に思った。
カレル港へ向かっていた部隊が状況を説明する。
「帝国の三将軍の挟み撃ちを受け、姫が私たちを逃がすために捕まってしまいました」
皆に動揺が走る。姫が捕まった。
これから、どうすればいいのか。
指揮官であり、希望であった姫が、捕まった。
こんな事態は想定していなかった。
皆、どうしていいかわからない。
「私たちは姫を失い、このまま殲滅されてしまうのでしょうか?姫は無事でいられるのでしょうか?」
兵が不安を口にする。砦に暗い雰囲気が漂う。
その時、ヘインセル側の門にいた兵士が何かを発見し、
目を凝らした。何かの部隊が接近してきている。大部隊だ。
大部隊は砦の近くで止まり、その中から一人の女性が歩いてきた。
兵士は警戒しつつも、接近してくるのが一人であることから、
何かの話があるのではないかと思った。
女性が砦まで辿り着く。
「ヘインセルの者です。お話があって、参りました。
この砦はイシュカルの平和派が制圧しているそうですね?」セフィラが言った。
「その通りですが、ヘインセルの大部隊がいったい何の用事でしょうか」
兵士は困惑している。
「レスティ将軍が、我が国の村を守るために強硬派に反旗を翻しました。
今、あそこの大部隊を率いています。王女との合流を望んでいます」セフィラが説明する。
兵士は驚いた。本当か?しかし、ヘインセルの者が言うのだから、
おそらく間違いではない。
「少し、お待ちください。砦の者と話をしてきます」兵士は砦の内部へと向かっていった。
砦の中へと兵士が進む。砦の中は暗い雰囲気が漂っていた。
「みんな!」兵士が叫ぶ。
暗い顔をした兵士たちが何事かと、叫んだ兵士の方を向く。
「レスティ将軍が強硬派に反旗を翻したそうだ!
今、大部隊を率いてヘインセルの者と共に砦の近くまで来ている!どうする?」
希望はまだ消えてはいなかった。