逃亡
フランはラドの街まで来ていた。一人である。
街に入る。懐かしい。穏やかな風景もそのままだ。
長の家まで歩いていく。途中、幾人かがフランに気がつき、挨拶してきた。
申し訳なさそうな表情でフランが挨拶を返す。
これから、この街を焼き払おうとしているのだ。
決して、許されることではない。
長の家まで辿り着いた。
躊躇したが、中に入っていく。
中では長が書き物をしていた。
長がこちらに気がついた。嬉しそうな表情で話しかけてくる。
「これは、フラン将軍。お久しぶりです。どうかいたしましたか?
今は忙しい時期だと思いますが」
「話があって、来ました」フランの表情は暗い。
「話とは?」
「女王、エリシア様から、この街の者を皆殺しにするように命令が出ました。
私に対して、です」
フランが正直に語った。
長が息を飲む。
「しかし、私には出来ません。だが、グラリアが様子を見に来る。
何もしなければグラリアが手を打ってくるでしょう。
そこで、お願いがあるのです」フランが話を持ちかける。
「皆を連れて、北の砦からヘインセル領まで逃げてくれませんか。
砦の者に話は通してあります。今なら北の砦から逃げられる。
私はこの街を焼き払うつもりです。皆、私を憎むでしょう。それは承知しています。
自分勝手な私は到底、許されないでしょう。しかし、時間が無い。
今すぐにでも、皆に呼び掛けて、物資を持って逃げてください。
お世話になったこの街に、恩を仇で返すような真似をして、本当にすまないと思っています」
フランが弱々しい声で言った。
「しかし、私たちを逃がせば将軍の身が危ないのでは。
そんな横暴な命令をする女王に逆らえば、どうなるか。
もちろん、皆殺しにされるつもりはありませんが」長は困惑している。
「私の事は大丈夫です。しかし、皆の身が危ない。
逃げてくれませんか。グラリアが様子を見に来る前に、早く」フランは長を説得しようとする。
「どうして、あなたほどの方が今の女王に尽くすのですか。
私には、わかりません」長が言った。
「それは、誓ったからです。あの人は可哀想な人です。私には裏切れない」
フランが悲し気な表情で言った。
「何か事情があるようですね。わかりました。皆を集めて、逃げる準備をしましょう。
ヘインセルの者に事情を話して、匿ってもらいます。
よく、命令に従わず話してくれました。私はあなたを恨んだりはしません」
長が言った。
「どうして恨まない?こんな、勝手な真似をする将軍を!」フランが叫んだ。
「勝手な真似をするなら、あなたは命令に従って私たちを皆殺しにすればよい。
しかし、裏で手を回してまで私たちを助けようとしてくれている。
あなたは立派な方です。今までもそうでした。
今すぐ、準備に取り掛かります。将軍は私たちが逃げた後、街を焼き払ってください」
長が覚悟を持った表情で答えた。
「すみません。本当に、すみません」フランが謝った。
ラドの街の者は北の砦から逃げ出すことになった。
長が皆を集めて事情を説明するらしい。
長の家を出た時、一人女の子が話しかけてきた。
「フラン将軍だ!こんにちは」
「こんにちは」フランが挨拶を返す。
「私、大きくなったらフラン将軍みたいな立派な人になります!
将軍は私の憧れです」女の子が目を輝かせて語る。
フランはなにも返せなかった。
どうか、私みたいにはならないでくれ。
そう願うしかなかった。
何も、女の子に言い返せなかった。




