ヘインセル侵攻
新しい連載となります。読んでいただけると嬉しいです。
大陸には二つの王国があった。
豊かな鉱物資源に恵まれた剣のイシュカル帝国と、
緑豊かな魔法のヘインセル王国。
二つの王国は良好な関係を築き、平和を過ごしてきた。
しかしある時イシュカルの女王、エリシアが豹変し、
ヘインセル王国への侵攻を開始した。
突然の侵攻の命令に、兵たちも戸惑った。
エリシアの命令に対し、ヘインセルへの侵攻を狙う強硬派と、
エリシアに対抗する平和派の二派に勢力は分裂した。
元々、イシュカルには野心家の者達が多くおり、それが強硬派を支えていた。
対する平和派はエリシアの唯一の子、王女クレリアをリーダーとして、
強硬派に対して反抗を続けた。
しかし強硬派の兵力は強く、平和派は次第に弾圧されていった。
若い銀髪の男、レスティが考え事をしていた。
レスティはイシュカル帝国の将軍だった。
女王からの命令が出た。ヘインセルへ侵攻せよと。
帝国には五大将軍がおり、レスティもその一人だった。
同じく将軍のクラトスと共に、ヘインセルへ侵攻しろという命令だ。
残りの三将軍は平和派との戦いに赴くらしい。
レスティは迷っていた。今の帝国のやり方は、明らかにおかしい。
女王に説得を試みたが、まったく聞く耳を持たなかった。
このまま、女王の元で戦っていていいのか。
しかし、自分は帝国の将軍なのだ。
部下のためにも、自分勝手に動くことは許されない。自分一人の命ではないのだ。
レスティはため息をついた。
そろそろ出発しなければならない。
「浮かない顔だな」中年の男が話しかけてきた。自分の部下、副隊長のエイルだ。
「ああ」レスティが軽く答える。
「正直、俺もあまり乗り気じゃない。女王はどうかしている」エイルが遠慮せずに言った。
「周りに聞かれるぞ」
「そうだな。しかし、正直な気持ちだ」
「気持ちはわかる。もうすぐ、出発する。クラトスが来たらな」
レスティ達の部隊の準備は整っていた。
後はクラトスの部隊が来るのを待つだけだ。
しばらく待つと、クラトスがやってきた。
「レスティ、待たせたな。準備は出来た、いつでも行ける」
クラトスはやる気に満ちた声で言った。
「出発か。行こう、みんな」レスティが部隊に合図を出した。
レスティの部隊とクラトスの部隊がイシュカルの城下町を歩いていく。
「平和の砦から侵入する予定だったな」クラトスが確認する。
平和の砦。平和の象徴として、イシュカルとヘインセル両国の兵士が守っていた砦。
今はイシュカルの兵士たちが占領している。
これの、何が平和なのか。レスティは思った。
「レスティ、聞いているのか?」クラトスが訊ねる。
「ああ、すまない。その通りだ、平和の砦から進む」レスティが答えた。
城下町を出て、平和の砦を目指す。
しばらく進み、平和の砦に辿り着くと、兵士たちが挨拶してきた。
「将軍、お疲れ様です。どうぞお通り下さい。ご武運を」
レスティも兵士たちに挨拶を返し、進んでいく。
クラトスは兵士に見向きもしない。
平和の砦を出る。ここからはヘインセル領内だ。
「ここから、カストル砦に向かい、砦を落とす。第一の任務だな」クラトスが言った。
「ああ」レスティが答える。憂鬱だ。
「我々二将軍が揃っていればどうということはあるまい。行こう」クラトスが先に進みだした。
街道を歩いていく。緑豊かな国だ。
平和に、暮らしてきたのだろう。その平和が、今崩れ去ろうとしている。
街道を歩いていくと、一つの村が目に入った。
レスティはその村を避け、先に進もうとするがクラトスがそれを制する。
「待て」クラトスは部隊にも指示を出す。「あの村に寄る」
「あの村に何の用事があるんだ?」レスティが疑問に思い、訊ねる。
「行けばわかる」クラトスが答えた。
クラトスを先頭に村へと乗り込んだ。
村の民は、突然のイシュカル帝国の出現に驚いている。
子供たちを隠す。
村の長がクラトスの前へと現れた。
「これは、横暴なイシュカル帝国。何の用事ですかな」長は怯まない。
「お前たちを皆殺しにせよとの女王からの命令だ。お前たちはここで死ぬ」
クラトスが何事もないかのように言った。
「馬鹿な!何を言っている、クラトス!相手は兵士でもない、ただの村人だぞ!」
レスティが声を荒げた。
「甘いお前には伝達させられていないようだな。
ヘインセルの者は誰であろうと、皆殺しにせよとの女王からの命令だ。
お前はここで見ていろ」クラトスが淡々と告げる。
レスティは、胸の内に怒りが広がるのを感じた。
「ふざけるな!そんなやり方は許さない!」レスティが怒りをクラトスにぶつける。
「なんだ?女王様の命令に逆らうつもりか?
そんなことをすれば、どうなるか。わからないお前ではあるまい。
ここで私と一戦交えるつもりか?」クラトスが笑う。
レスティは覚悟を決めた。しかし、気になるのは部下のこと。
自分の独断に、部下を巻き込んでしまう。
「皆、俺はここでクラトス将軍と戦う!女王に逆らいたくない者は、クラトスの側についていい!
家族がいるものもいるはずだ!命を無駄にするなよ!」レスティが叫んだ。
「その言葉を待ってたぜ」エイルが大剣を構える。
レスティの号令は部下達に聞こえていた。
しかし、クラトスの側に味方する部下はいなかった。一人として。
「我々も、レスティ将軍と同じ覚悟です!」兵士たちが叫ぶ。
レスティは部下に心から感謝した。そして、謝った。すまない。
「おいおい、本当に私と戦うのか?貴様が相手なら油断は出来んな。
だが、お前の首を持ち帰り、女王様にお前が裏切ったことを伝えるとしよう。
こうなる予感はわずかだがあった。お前は甘いからな。
兵士たちよ!レスティ将軍達を皆殺しにせよ!」
クラトスが号令をかける。
クラトスの部隊を先頭に村に入ったが、何故か後ろにもクラトスの部隊がいる。
レスティの部隊が挟み撃ちにされる形になった。
レスティが裏切ることを読んでいたかのように。
「エイル、背後が危ない。俺は背後の奇襲部隊と戦う。前線を頼む。
クラトス将軍に気を付けてくれ」レスティが命令した。
「任せとけ、遅れはとらん」エイルが承諾した。
「前線部隊は村人を守りながら戦ってくれ!背後の奇襲部隊に対しては俺が直接指示を出す!
いくぞ、みんな!」レスティが号令をかける。
戦いが村の中で始まった。
村人達は状況がわからない様子だったが、皆退避し始めた。
レスティが背後の部隊に接近し、クラトスの部隊を切り刻んでいく。
兵士たちはレスティにまったく敵わない。
奇襲部隊の指揮官をレスティが発見する。兵装が違う。おそらく、副指揮官。
素早く指揮官に接近し、切り伏せた。これで統制は乱れる。
「奇襲部隊の指揮官は倒した!俺は前線に戻る!みんな、死ぬなよ!」
レスティが奇襲部隊を切り倒しながら前線へ戻っていく。
前線ではエイルがクラトスとぶつかり合っていた。
「俺たちの部隊は戦力でなら負けてない!村人に被害が出ないよう、
慎重に戦うんだ!背後はレスティがなんとかしてくれる!」エイルが号令をかける。
エイルの大剣はクラトスと戦えていた。
しかし、クラトスも帝国五将軍の一人。
鋭い剣捌きで、エイルが押されていく。
レスティが前線部隊に追いついた。
クラトスの姿を探す。
前方に、クラトスを発見した。エイルが戦っている。
すぐにそちらへ走り出す。
しかし、走り出した瞬間、エイルの大剣がクラトスに弾かれてしまう。
大剣が地面に落ちる。
「ちっ、しくじったか!」エイルは無防備だ。
「エイル!」レスティが二人に向かって走る。
「帝国五将軍を甘く見てもらっては困るな。死ね」クラトスが口にする。
その間にレスティが割って入った。
レスティがエイルの代わりに剣撃を受け、倒れこんでしまう。致命傷を受けた。
「レスティ!なにしてやがる!」エイルが焦る。
「部下の代わりに命を落とすとはな。やはり、お前は甘い」クラトスが笑う。
レスティが、死ぬ。エイルは動揺していた。
次の瞬間、レスティが光に包まれた。レスティの姿が、消えた。
レスティはぼんやりとした意識で目を開けた。
どうなった?エイルは守れたのか。俺は、どうなったのか。
立ち上がり、周りを見る。謎の青色に輝く空間が広がっていた。
ここは、どこだ。みんなは?
自分の体を見る。先ほど受けたはずの傷が消えている。
状況がわからない。これは夢か。俺は死んだのか。
困惑していると、目の前に一人の少年が姿を現した。
「レスティ」少年が声をかけてくる。
「お前は、誰だ?ここはどこだ?何故、俺の名前を知っている」レスティが訊ねた。
「僕はストラ。この大陸を見守る者。君は、部下を庇い命を落としたんだ。
ここは異界。君は命を落としたが、僕が君をここに呼んだんだ」ストラという少年が語る。
「君は、この大陸を救うのに必要な存在。だから、君をここで失うわけにはいかない。
君は死から蘇り、元の世界に戻ることが出来る。しかし、僕が君を復活させられるのは、
これ一度きりだ。これはよく覚えておいてほしい。
もちろん、元の世界に戻らない選択肢もある。
このまま、死を迎えるという選択肢だ。
君は蘇り元の世界に戻っても、最期には悲惨な死を遂げる。
僕には未来を見通す力があるんだ。この未来は、変えられない」ストラが語り続ける。
「これが夢なのかわからないが、俺を復活させられるのなら、すぐに元の世界に戻してくれ。
俺は部下達を救わなければならない。悲惨な未来だかなんだか知らないが、
出来るならすぐに復活させてくれ」レスティが状況を完全に飲み込めないまま言った。
「わかった。君を元の世界に戻そう。その前に、これを持っていってほしい」
ストラが一本の剣を取り出した。
「これは、聖剣エスティリス。この剣なら、もしかしたら、君の死の運命を変えられるかもしれない」
ストラが剣を手渡してきた。
「聖剣?ぼろぼろの剣じゃないか。刃もこぼれている。こんな物で、一体何が出来るんだ」
レスティが訊ねる。剣は確かにぼろぼろだ。
「その剣は、強い意思を持った真の仲間と共に力を合わせることで、
真の力を発揮する。その剣を常に持っていてくれ。これが約束出来ないなら、
僕は君を元の世界には戻さない」ストラが真剣な表情で語った。
強い意思を持った、真の仲間?
レスティはわからなかった。
しかし、これを持って行かないとストラは俺を元の世界には戻してはくれないらしい。
「わかった」レスティが誓った。「約束しよう」
レスティがぼろぼろの剣を腰に身に着けた。
「約束だよ。それでは、これから君を元の世界に戻す。
どうか、運命に負けないで。この扉を通れば、元の世界に戻れる」
ストラは一つの扉を指差した。
「ありがとう、ストラ。行ってくる」レスティが別れを告げた。
扉に向かって、レスティが走り出す。
ストラはその背中を見送った。
彼は運命に勝てるだろうか。
クラトスとエイルは動揺していた。
レスティが光に包まれ、消えた。何が起きた?
次の瞬間、クラトスの真後ろで光が起こる。
レスティがその中から飛び出してきて、クラトスを切り倒した。
「レスティ!?なんだ、何が起きてやがる」エイルが声を上げた。
「話は後だ。兵士たちよ!クラトス将軍は倒れた!まだ戦うつもりか!」
レスティがクラトスの部隊に向けて声を放つ。
兵士たちは動揺している。将軍が倒された。
「て、撤退だ!女王様に報告だ!」兵士が声を上げる。
クラトスの部隊が撤退していく。
「追撃はしなくていい!みんな、無事か!」レスティが叫ぶ。
レスティの部隊がレスティの元に集まってきた。
「みんな、すまない。これで俺たちは裏切り者になってしまった。
クラトスの部隊が、俺たちの裏切りを伝えるだろう。
勝手な真似をして、本当にすまない」レスティが頭を下げる。
「いいのです、将軍。将軍は間違っていない。
将軍のような方と共に戦えて、誇りに思います」兵士が口にする。
他の兵士も同じようにレスティに言葉をかけた。
「お前は間違っちゃいない。その通りだ。さっき、何が起きたんだ?」
エイルが質問する。
「それについて説明したいが、まずは」レスティは村人の方を見る。
村人達は大勢が避難しており、一部が驚きながら一部始終を見ていた。
村の長がレスティに近づいてくる。
「あなたは、帝国の将軍のようですね。何故、私たちを助けたのです?」長が訊いた。
「無抵抗の、兵士ではない者を殺すなど、許せなかったからです。
それに、元々ヘインセルへの侵攻へも疑問を抱いていました。
勝手な帝国を、恥に思います」レスティが答える。
「しかし、こんなことをすればあなた達は裏切り者として、帝国に追われるのでは」
長は困惑している。
「構いません。武人として恥ずべき事をするよりは、その茨の道を選びます。
こんな事になってしまい、申し訳ありません」レスティが謝った。
「謝る必要はありません。あなた達は勇敢だ。命をかけて我々を守ってくれた。
帝国にもあなた達のような方がいるのですね。私たちは、感謝します」
長がお礼を言う。
「これから、どうなされるのです?」長が訊いた。
「それについては、考えなければなりません。いずれにしても、帝国とは戦うことになりますが」
レスティが答える。
「イシュカルの南のクアトル砦は、平和派の勢力が制圧しています。
南のクアトル砦を通れば、平和派の勢力と合流出来ます。
ヘインセルの南を通り、南のクアトル砦を目指すのが、一番の策でしょう。
しかし、これだけの戦力では、平和派と合流しても帝国に勝てるかどうか。
平和派は今も防戦を強いられています」レスティが考えながら言った。
「戦力が必要だと?」突然、女性が話しかけてきた。
「あなたは?」レスティが突然話しかけてきた女性に訊いた。
「私は、セフィラと申します。村を救ってくださったこと、感謝します」セフィラという女性が答えた。
長い青髪をしている。
「私は戦が始まってから、自分に出来ることは何か考え続けてきました。
そして、思ったのです。見ているだけでは何も出来ないと。
戦わなければならない、そう思っていました。
この村の近くのカストル砦、そこにはある程度の兵力が集まっています」セフィラが語る。
カストル砦。レスティ達が目指していた砦だ。
「カストル砦の主と私は古い仲です。あなた達が反旗を翻した今、
戦う瞬間が来ているのかもしれません。
カストル砦まで共にいきましょう。
兵力を貸してもらえるように、私が説得してみます。
もちろん、私も魔法で戦うことができます。
私を、皆さんの仲間に加えてください。
見ているだけでは、この国は救えない」セフィラの提案だった。
レスティは考えた。ヘインセルの戦力が加わってくれるなら、大きな力になる。
敵の将軍の言う事など聞いてくれるか怪しい所だが、
この部隊の戦力だけでは、平和派と合流しても帝国には到底敵わない。
「ありがたい提案です。カストル砦まで、共に行っていただけますか。
あなたも仲間になってくれると言うのなら、共に戦いましょう」
レスティは決断して、言った。