いちごちゃんを求めて
空には排気ガス色の雲が垂れこんでおり、時折雨のしずくを感じたりととても冒険日和とは言い難く、不幸の前触れではと彼―――ひとりは恐怖に震え体温は低体温症寸前まで下がった。
秋葉原に集まったのはひとりを入れて五人、それぞれがそれぞれ様々な理由で近寄りがたい者たちである。それにしてもひとりと言う名前はややこしいなあ。
“ひとり”とは彼の友人たちが呼んでいるニックネームである。その由来はあえて言わないでおこう。
「みなさま集まりましたのでそろそろ行きましょうか」
その中でニヤニヤとはしているが一際イイ男が言った。彼は外見は気持ち悪い微笑みに溢れたイイ男であるが内心はいつも悪道か卑猥なことしか考えていない。そんな彼に敬意を表し、みなは“夜叉”と呼んでいる。外見に惑わされた哀れな女性は彼に接触を試みて青春を棒に振る、そんな場面はもう数え切れぬほど見てきた。やはり私のような誠実な男が一番なのである。なのに何故私はモテないのだろうか、こんなにも紳士な男なぞこの宇宙にいるわけないのに。ひとりは憤りと自分の魅力に気付かぬ憐れみを覚えていた。
皆はだらだらと歩き出す。陰鬱な雲と混沌とした灰色のビルとが我々を高くから嘲笑っていた。
「†鐵の堕天使†氏、右手のレジ袋はいったい?」
ひとりが自分の斜め後ろを歩く男へ言った。彼が持つレジ袋はパンパンである。
「フッ、戦いにはそれなりの準備ってもんが必要だろう」
彼は髪を銀に染め、アクロバティックな髪型で片目は隠れている。煙草を吹かしていて、首には十字架のネックレス、服は靴まで黒一色、左手にはボロボロの包帯を巻き、腰には日本刀らしきものを携えておりと、お察しのように大変痛い子である。皆はそんな彼に敬意を表し“†鐵の堕天使†”と呼んでいる。因みに“鐵”の由来は彼が帯刀する刀であり、彼は何振りも刀剣類を所持している。今日持っているのは“神殺し”と“白雪”だろう。ひとりたちはすべての刀剣の名を記憶済みだ。また当然ながらすべて模造刀であることも付記しておきたい。
「それはつまり、食べ物や飲み物と言うことか?」
ひとりはよく理解できなかったので尋ねる。
「そういうことだ」
彼は困っている人が絶対に見逃せない心優しき男だ。なんて“†鐵の堕天使†”の名に恥じない男だろうか。
それぞれの顔には緊張感と決意が見られる。あの夜叉さえ飄々とはしているものの決意は確かに見て取れた。しかしひとりの横を歩く小太りの小男の表情には憂鬱そうである。
「俺たち帰れますかね」
小男が言った。大変冴えない男で年齢も一つ下である彼は、何故かひとりに懐いていた。後輩ショートカットロリ巨乳少女、もしくは後輩ツインテールクーデレ少女であればひとりは喜んで懐かれるが、彼は例えて言うならナマコである。だれもナマコになぞ懐かれたくはないだろう。 「こんなんで帰れない体になったらイヤですよ」 彼は子供のように可愛らしく言った。だがこれは彼にしては可愛いという意味だということを忘れてはならない。
「馬鹿なことを言うな!」 これから彼らは趣味を賭けた大勝負に打って出るのだ。野望潰えるのは御免である。
「すみません」
駅から5分ほど歩くと目的地である雑居ビルに到着した。パチンコ屋が隣接しているこの建物は、“ビル”と呼ぶには少し低く、頭上に走るJRから時々騒音が聞こえた。一階は金具のパーツショップになっているようである。店先には防犯カメラ、店の中はひとりに用途の分からない金具がたくさん並んでいた。
奥へ行くとアイドルのブロマイドショップがありその横ではモデルガンやゾンビのマスクを売る店、その向かいにはホビー店、さらに横には木彫りの怪しげな像や謎めいたキャビネットなどが並ぶ怪しい店があったりとますます混沌さが増していた。
二階へ行くため、階段やエレベータを探すのだが見当たらない。
ブロマイド店の店主―――筋肉ムキムキで迫力満点のおっさんだった―――に聞くと。
「この中だ」
と相手に威圧を与える低い声で言い、店の奥を指さした。
一行はアイドルのブロマイドをくぐりぬけていく。それにしても“生写真”とはどんな写真を指すのだろうか。
ずいぶん広く、入り組んだ店内だったがなんとか階段にたどり着く。
階段を前に彼らの表情は一様に硬い。
「皆さん」 夜叉が重い口を開いた。 「皆さん、われわれの心には常にいちごちゃんがいるのです! 彼女の笑みを思い浮かべ、彼女を他者に穢される前に手に入れるのです。確かに彼女を探しに行き帰ってきたものはいません。しかしそれはいちごちゃんへの信仰、二次元への信仰が薄かった故他ならない! 要するに、巨大な信仰さえあれば手に入れることが可能! 我々にはそれができると思うのです!」
拍手が起こる。
我々が目指すもの・・・それはいちごちゃんとの恋愛シミュレーションゲームだった。