決意と失意
サイレンが鳴り響く。
目の前には十数台のパトカー、そして20名弱程だろうか?拳銃を構えた警官隊が見える。
「手を上げて投降しなさい!」
1人の警官が叫んでいる。
夜にも関わらず、蝉は鳴きやまない。
蒸し暑さだけが浮き出たように身を包んでいる。
あいつはまだ気絶しているだろうか。
先ほど殴った相手の心配をしている自分自身の身の安全が保障できない今、どうにもならないわけだが。
「さて、どーしたんもか」
俺がここで捕まればまぁ間違いなく潜伏していた後ろの廃マンションは調べられあいつは見つかってしまう。
「まぁ、殴っちまったからにはちょっちサービスしてやるか。」
町外れにある神社のさらに東に位置しているこの廃マンションの周りは森に囲まれている。
地形的に利用できるのは、まぁ周りの森だけなわけだ。
ダッ
考える前に体が森の方へと足を運んでいた。
「逃げるぞ!追え!」
狙いどうり警官達は俺の後を追う。
ドン!
という音と同時に近くの小石が弾けた。
打ってきやがった。奴らは能力者に対しての躊躇がまるでない。
ドン!
その音を境に次々に発砲する。
冗談じゃないっ
ヒュン!
そのうちの一発が顔の横スレスレを飛んでいく。
俺はなんとか茂みまでたどり着くと、迷いなく暗い森の中に飛び込んだ。
ーーーーーーーーーーーー
「う…うぅん」
起き上がった瞬間顎を激痛が走る。
「いってー!」
何分寝てた?いや何十分か?
寮で拝借しておいた和也の腕時計を見ると25時37分を指している。
だいたいこの廃マンションを目指して寮を出たのが19時頃の事だったので、結構時間が経っていた。
最後の記憶を辿ると、この廃マンションの外には大量のパトカーと警官が構えているということになる。
出雲はどうなっただろう?
捕まってしまったのだろうか?胸をよぎる不安をよそに足音と声聞こえてきた。
「注意しろよ?相手は能力者だ」
中年くらいの男の声だろう。
だんだんと近づいてくる。
まずいな、警官が入り込んできたらしい。
僕の能力は戦闘向きじゃないってのに。
「って何考えてんだか…」
さっき出雲と戦闘まがいの状況になって
まだ興奮しているのか、判断力が低下している。警官と闘ったところで、こちらには何のメリットもない。
いや、損しか無いほどだ。
公務執行妨害なんて罪に問われればそれこそ僕の人生は終わる。
とにかく、この状況を打開しない限りはどのみち人生もヘチマもない。
僕の能力である「瞬間移動」は文字どうり
「2.5mという短い範囲内を一瞬で移動する」
という、どうにもパッとしない能力だ。
しかも1日に4、5回が限度で調子が良くて7回程だろうかそれ以上使用すればとてつもない睡魔と疲労感に襲われる。
僕以外の物体は動かせないし、なによりどんな事に応用できるかも僕自身ほとんど分からない。
「諸刃の剣ってやつか。」
なに冷静に分析してるんだか、足音と声はその間もどんどん近づいてくる。
昨日午後13時から20時の間に2回能力を使っている。最後に使ってから約5時間…
使えても、3回が限度だな。
ガチャ!
「!?っ」
どうやら隣の部屋のドアが開いたらしい。
節約が大事だって初めて思ったかも。
隣の部屋から若い男の声が聞こえる。
「巡査長!この部屋にはいないようです!」
…本当に能力者ってだけで何でこんなことになるんだ…
昨日まで、僕の人生に滞りは一切なかった。
親が小さい頃に死んだことも、親の借金が払えずに家を出る事になったことも、和也や渡島に会えたことで全てが自分の大事な事になったんだ。
もう、人間には戻ることができないのだろうか…僕の中で何か黒いものが渦巻くのを感じた。
「絶対に手に入れる。僕達の自由を…」