能力者
「急げ和也!」
まだ、寝ぼけているルームメイトを何度も呼ぶ。
僕達が住んでいるこのオンボロ寮から毎日通っている学校までは約10分程なのだが、朝のHRが始まるまであと5分をきっている。
絶対に間に合わないのは分かっているが、それでも急げと僕の中の良心が叫ぶ。
そういえば自己紹介がまだだった。
僕の名前は瑞牆 巧弥
体重50kg 身長159cm 血液型はB型の何処にでもいそうな中学3年生だ。
岡山県備前の小さな町に住んでいる。
部活には入っておらず、成績は中の上
できる科目といえば、社会系の科目だけだ。
あと、甘いものが好きだ。←これ重要
…そんなこんなしているうちに、HRが開始される時間となってしまった。
僕は寮1階の駐輪場で自転車を支えて和也を待つ。
「わりーわりー!」
そう言って和也が玄関から出てきた。
和也は、小学校からの友達であり僕にとっても数少ない頼れる人間だ。
共に寮生活を送る以上切っても切れない腐れ縁で繋がれている。
和也は身長が高く、体もゴツいため野球部で活躍しているのだが朝に弱いらしくほぼ毎日遅刻ギリギリの生活を送っていた。
だが、今日ばかりはガチの遅刻であるため僕と和也は全速力で自転車をこいだ。
…学校に着いてから、遅刻届けを出し3年3組の教室に恐るおそる入る。
なんとか、HR終了の1分前に着いたが僕達の担任は元ボクシング選手で怖くて有名な森村先生だ。
森村先生は僕と和也にニコリと笑いかけると静かに「次はねーぞ。」と言った。
何が無いのか、まさか命!?
ともかく自らの席に着いた僕は1限目の用意を始めた。その時
「ねぇ、今日のニュース見た?」
とある女子グループの会話が聞こえてきた。
「また1人死んだってな。」
いや、よく聞くとクラス中が今朝の能力者の話でもちきりだった。
「怖いよねー。」
…皆んなが怖いと言っているのは多分能力者の心と思考の欠如による凶暴化の事を言っているんだろう。
だが、僕は怖くもなんともない。
なぜなら…僕は能力者の心と思考の欠如なんてものは、絶対に無いと確信しているからである。
なぜ、そんなことが言えるからって?
それはぼ…
「おーい、なにボーっとしてんの?」
聞きなれた声がすぐ近くで聞こえる。
半分面倒くさそうな顔をしながら、上を向くと目の前に1人の女子生徒が立っている。
彼女の名前は渡島 香
和也と同じ小学校からの友達である。
髪の色は綺麗な黒。
身長は僕より少し高いぐらいだろう。
それでも、小学生の頃よりも女子として育つべき所は育っている。
僕としてはあまり「近づいてほしくない…」
「え?なんて?」
思ったことが口から出ていた。
渡島は聞こえないぞとばかりに身を乗り出して僕を見る。
「えっと、勉強してるからあっち行ってくれよ。」
僕は慌てて話をそらす。
すると彼女はほんの少しムカッとした表情を見せながら、なにその態度っ!と言って自分の席に戻る。
席といっても僕の前だけど…
こんな感じのやり取りを小学3年生ぐらいの時からほぼ毎日している。
これが僕たちなりの挨拶なのだ。
キーンコーンカーンコーン♪
1限目のチャイムが鳴る。
僕は礼の号令と共に椅子に座り、そのまま机に覆い被さるように突っ伏した。
「二次関数というのは…」
先生の声と蝉の声、あと板書をノートに書き写す音それだけが教室に響いている。
今日は7月17日…あと一週間で夏休みだ。
「先生!今朝のニュース見ましたか?」
すると、どのクラスにも1人はいるお調子者が今朝のニュースの話題を先生にふった。
今朝のニュースとは、もちろん能力者死亡のニュースだということはクラス全員が理解した。
わざわざ数学の授業で聞くことかよ。
そう思いながらも僕は先生の反応を伺った。
「見たとも。
君は能力者に興味があるのかい?」
先生が質問を返した。
「はい、能力者っていうのは実際に心と思考の欠如を起こすのですか?」
やっぱりそれか…僕は眠くて今にも失いそうな意識をギリギリ保っている。
「もちろんだ。それは政府の研究により明白な事実として発表されている。彼らは我々の思っている以上に危険なんだよ。
だからこそ人権を剥奪し殺処分しているんだからね。」
所詮公務員か…政府の言ったことは全部真実になって、僕たちを洗脳しようとする。
先ほども断言したが僕は能力者の心と思考の欠如を絶対に無いと確信している。
なぜなら、僕自身が「能力者」だからだ。
まぁ、僕自身が能力に気付いたのはつい最近で僕の能力については和也と渡島どころかこのクラスの誰にも知られていない。
まぁ、知られたら最後僕も殺されてしまう。
それは嫌だもんなぁ〜。
「さて、ここでひとつ皆んなに能力者というものがどんな存在なのかを今一度教えておこうか。」
そう言って先生は話を続ける。
「そもそも能力者の「能力」とは何なのか」
先生は黒板の数式を無造作に消すと能力という字を書いた。
「能力者が発現する能力と言われるものには様々な種類が存在しており、テレパシーやサイコキネシス、一番有名なものでは炎を生み出すというのがあるがこれらは彼らが自らの身を守るためのものだとされている。」
まぁ、その辺は僕でも想像はつく。
何も人生に不満のない人間が努力するなんて話は聞かない。それと同じだ。
「彼らの能力を使用できる範囲というのが
2.5mというのも有名だね。
これはアメリカのコロラド州の学者の研究で明らかにされたもので能力者は自らの半径2.5メートルでしか能力を使用できないというものだ。」
2.5m…直径にして5m。
そんな狭い範囲でどう身を守るのか僕も不思議でならない。
「しかし、その2.5mという範囲内で彼らに勝てるものはいない。そう、彼らは2.5m内では無敵に近い戦闘力を発揮するんだ。」
クラスがざわつく、そりゃそうだ世界80億人のうち700名の能力者が見つかっている。
日本の5人という数字はあまりにも少なすぎる。
もっといる。
少なくともまだまだ増えるであろう能力者人口と非能力者人口が逆転せずとも、4分の1程度の数がいれば非能力者は太刀打ちできないだろう。
それでも、僕はそんなことは起きないと思っている。
そう、日本政府の制定した「対能力者法」のためだ。
この法律に基づき、日本で発見された能力者のうち4名が殺された。
公式発表された人数は5人なのであと1人しか残っていない。
とてもじゃないが他の能力者が自分達の為に立ち上がるなんてことは怖くてできない。
僕も絶対に嫌だ。
「ところで、皆さんはどのような人間が能力者になると思いますか?」
先生が皆んなに質問する。
そんなことを聞かれても分からない、クラスは静まり返り、聞こえるのは蝉の声だけだ。
すると先生が
「能力者というのはね、世間的弱者がなるものなんだ。」
なんだそれ。
「ミズーリ州の男の場合、彼はホームレスだった。また、中国で発見された目から宝石の涙を流す男は借金を踏み倒した挙句家族を捨てて夜逃げしたという。」
まるで、能力者全員がそうであるかのように先生は話を進める。
「世界700人の能力者ほぼ全員が過去に辛い経験をして、人生に絶望を感じていたと日本政府は発表したんだ。」
そんなの…
「勝手に決めつけるな。」
しまった!思ったことが口に出ていた。
クラス中の目が僕のほうを見ている。
先生がなにかね?といったふうにこちらを見る。
先生が話を続ける。
ふと気がつくともう1限目が終わりかけていた。
7月の暑さと蝉の声がとても気だるいが全授業まともに聞いてない僕にとってはちょうど良い感じだ。