表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

楽園物語

暁の屋敷

作者: 如月瑠宮

「楽園物語」エリシオンの四つの春・第一章読了後の閲覧を勧めます。

 エリシオンの智将と称えられるカエルスを父に誕生した。その子供は夜明けと共に産声を上げ、アトラスと名付けられる。

 カエルスの一人息子として、彼は厳しくも大切に育まれた。

 そんな彼が愛したのは奴隷の少女だった。




 アトラスは探している。

「何処行ったかな?」

 まだ幼い彼は屋敷中を歩き回る。探しているのは、幼馴染。奴隷である少女・クリソテミス。

 アトラスは幼いながらにも、彼女を想っていた。大人達はそんな彼を微笑ましげに見守ったのだ。

 幼い今は。

 アトラスは少女の後ろ姿を見つけ、走り出す。

 幼いからこそ、無邪気に相手を思っていられたのだ。淡い物で終わっていたなら、その後の悲劇は起きなかったかもしれない。

 しかし、アトラスの想いは強く・・・真っ直ぐに悲劇へと向かう。


 穏やかに見ていた大人達も、二人が年頃になると眉を顰める様になった。

 カエルスは二人の仲を許さない。それは絶対だった。クリソテミスは奴隷なのだ。

 息子に望むのは、有益な婚姻。奴隷との婚姻は無益だった。カエルスはアトラスの想いを抑えつける。

 それでも、認められなくても、アトラスがクリソテミスと穏やかに過ごせたのは、カエルスが居たからだった。

 しかし、それは崩れる。

 カエルスがこの世を去ったのだ。カエルスが居ない今、アトラスを守る者は消えた。後ろ盾の無い彼に、何かを守るのはもっと無理な事である。

 そんな中、アトラスの許に一つの話が舞い込んだ。それは、ある移動部族からの婚姻。長の娘と結婚し、男子が生まれたならばアトラスの後継者にと。

 エリシオンの智将の息子として、エリシオンの将軍になる事を望まれたアトラスには望ましい話。

 その部族の長は富を持っている為、娘婿になれれば、それを得る事が出来るだろう。

 アトラスは悩んだ。クリソテミスとの絆か、周囲の期待に応えるか。悩んだアトラスの背中を押したのはクリソテミスだった。

 アトラスは、長のニュクスと結婚した。

 ニュクスはアトラスの愛する女性とは反対の存在だ。彼女は冷酷な人間である。アトラスは苦手だった。

 確かにニュクスは美しい。だが、他者に冷たい彼女をアトラスは愛せなかった。

 そんな中、再びアトラスの元に結婚の話が舞い込む。相手は、クレウテの名将であるアソポスの娘。更に断りにくい相手にアトラスは苦しさを覚えた。

 それでも、アトラスは期待に応える事を選んだ。背中を押してくれた愛しい女性の為にも。

 二度目の婚礼で出会ったアイギーナは勝気な意志の強い瞳を夫となる男に向けていた。

 アトラスは生涯忘れる事が出来ない言葉をアイギーナから貰う。必ず、エリシオンの将軍になるのだと、名将の娘は言ったのだ。彼女はアトラスに予言の様な言葉を与え続ける。

 そして、後継者を生むのは自分だと、アイギーナは言った。

 それは現実になる。


 ニュクスは悔しげに言う。

「何故、男じゃない・・・」

 アトラスは娘を抱く腕の力を無意識に強める。恐らく、母親ニュクスエリテュイアを愛さないだろう。呪いの様な彼女の言葉と声がそれを証明する。

 エリテュイアは従者や奴隷の手で育てられた。

 そして、アイギーナが生んだのは彼女自身が言った通り、息子だった。アイアコスの誕生を素直に喜んだのは、母親のアイギーナと彼女の友となったクリソテミスだけだったろう。

「ほら、言った通りでしょう」

 楽しげに告げたアイギーナの笑顔がアトラスの胸に刺さる。彼女は気付いていたのだ。夫が息子の誕生を望まぬ事。それでも、アイギーナは故国の為、アトラスの未来の為に息子を生んでみせた。

「私の可愛い子。そして、貴方の跡を継がねばならない・・・哀れな子」

 歌う様に言う妻をアトラスは守ろうと思った。守らねばならなかった。

 しかし、アイアコスを生んでからアイギーナは病がちになっていく。エリテュイアとアイアコスを育てたのはクリソテミスだった。尤も、子供達が同じ場所に居る事は殆んど無かったが。

 忙しなく動くクリソテミスを忌々しげにニュクスが見ていた。我が子を可愛がる事もせずに、母親代わりとなった彼女を憎むのは筋違いなのだが、気付く事は無いだろう。

 アトラスとニュクスの関係は既に破綻している。娘を可愛がる事も無く、誰かを敬う事も無い。そんな彼女とアトラスがうまくいかないのは当たり前に思えた。

 アイギーナは床に臥せる事が多くても、アイアコスと一緒の時間を出来る限り作った。そんな彼女とは、良好な関係を築けたのだ。

 ニュクスが慈悲深い人間だったなら・・・未来は違っていた筈である。

 アトラスはクリソテミスの腕の中で眠るエリテュイアを見ながら考える。娘は母に良く似ていた。外見のみは。

 どうか、育ての親に似てくれる事を願う。

 アトラスは心から願った。


 アイギーナが死んだ。その知らせはアトラスに衝撃を与えた。

 彼は支えである最高の理解者の妻を失ったのだ。

「・・・アイギーナ」

 彼女は戻りたがっていた。このエリシオンに。それがどれ程の喜びをアトラスにもたらしただろう。

「すまない・・・今の私では・・・」

 彼女の亡骸は故郷にある。一部だけでも、こちらに持ってこようとしたのだが、それさえ出来なかった。

 クリソテミスがアイアコスを抱き締めている。

「・・・・・・」

 アイアコスの目に涙は無い。まだ、理解出来ないのだろう。それで良いのだ。

 アトラスは母を失った息子を哀れに思った。アイギーナが生んだという娘にはまだ会ってもいない。

 強くならなければ。アトラスの瞳に、鋭利な光が宿る。

 エリテュイアにアイアコス。そして、クリソテミス。今、傍にある大切な者達は守らなければならない。

 アトラスは一刻も早く将軍としての地位を確実なものにしなければならなかった。




 そして、アトラスの最後の子供が生まれた。ヘスペリエの母はクリソテミス。最愛の女性との子供だった。

 尤も、ヘスペリエが誕生した為に、アイグレーはクレウテで成長する事になったのだが。

 奴隷との間に子供を作ったアトラスをニュクスは蔑んだ。夫を夫と思わない様になっていった。

 既に破綻した夫婦関係。更に、壊れていくのは止められない。

 アトラスはエリテュイアの涙でニュクスが消えた事を知る。静かに涙を流す娘にアトラスは何もしてやれなかった。彼女を抱き締めたのはクリソテミスとヘスペリエである。

 アトラスは再び、妻を失った。破綻した関係であっても、その事は彼の心身を損なった。

 病がちとなった彼に良くない知らせが舞い込む。このような時に戦になるとは・・・アトラスは溜息を吐いた。

 戦は息子アイアコスの活躍もあり、何とかなったのだが忘れていたのだ。初めて戦場に立つ息子の事を。アトラスは気付かない。無意識の中に子供達に優先順位を付けてしまっている事を気付けなかった。

 後にそれが、子供達を苦しめる。


 最愛の女性を失った。彼は受け入れられなかった。

 アトラスは慟哭する。まだ、彼女を幸せにしていない!何も、してやれなかったと。

 その感情が更に最愛の女性クリソテミスとの娘を溺愛する事となった。

 彼の不幸はいつから始まったのか。クリソテミスが亡くなった時だろうか。それとも、ニュクスが出奔した時なのか。もっと前の様な気もするが、もういつなのかアトラスでさえも分からなくなっていた。

「お父様・・・」

 アトラスは自分を見上げるヘスペリエを見る。その瞳にあるのは何だろうかと考えてみた。

 不安とは違う。喜びなどでは無い。ただ、静かに父を見ていた。

 アトラスはその眼差しを知っている。やはり、母娘なのだ。最愛の女性と同じ眼は彼を癒した。

 アトラスは苦悩の中に喜びを見つけた。

 彼は決心する。ヘスペリエを奴隷から解放すると。


 彼は知らなかった。

 その決心が後に子供達を苦しめる事を。そして、超えた先にある幸せも。




 暁の楽園 完

哀れなお方なので少しでも前向きな物を書こうとしたんですが・・・後ろ向きですね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ