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少女の願い  作者: 風之
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 十二月三十一日。今回の旅行のメインイベント、初詣に光成たちはやって来ていた。一日目の昨日は有名な観光スポットを回り、二日目の今日は昼間、光成が地元のちょっとした穴場を案内して無事終了した。そうして夕食を済ませ、ホテルで一休みした後、光成の実家の近くにある神社に六人は遊びに来ていた。

「うわあー。なんだかお祭りみたいになってるね」

 大高が屋台の並ぶ境内を見て感嘆を漏らす。ここ広小路神社では、年末のこの時期はいつもお祭りのように屋台が境内に並ぶ。本殿の手前では炊き出しなどもしており、伊勢神宮などの有名な神社ほどではないが、観光客もちらほらとくる。

 そんな賑やかな雰囲気の境内の中、光成たち六人は屋台を冷やかしながら本殿に向かって歩いていた。時刻は十一時と、初詣にはまだ一時間ほど時間がある。その時間を、屋台めぐりをしてつぶそうと言うのだ。

「あ、綿菓子売ってる。一個買っていこうかな」

「あ、俺も一個ほしい! やっぱり祭りといったら綿菓子だよなぁ」

「むかしお母さんによく買ってもらってたんだ。懐かしい~」

 そんなことを言いながら、山本と榊原が綿菓子の屋台へと歩いていく。

「辻村さんは綿菓子とかいらないの?」

 二人が屋台へと向かうのを見て、光成が隣の辻村に尋ねる。辻村は考えるように頭をめぐらしてから、何かを見つけたように別の屋台を指差した。

「いや、私綿菓子よりもあっちの方がいい」

 その先にはタコ焼きの屋台があった。

「なるほど。辻村さんは甘いものより腹が膨れるものの方がいいわけだ」

「人を食いしん坊みたいに言わないでよ。一人じゃ一パック全部は食べられません」

「え? そうなの?」

「もう、バカにしてー」

 辻村は不満そうにふくれっ面になるが、辻村なら一パックでもぺろりと食べてしまいそうだと光成は思う。実際、今日旅行に来ているグループの女子の中では一番食べる量が多いのが辻村なのだ。

「ということで、池田君も一緒に食べない?」

「二人で一パックを分けようってことね。いいよ」

 笑顔に戻った辻村の提案に、光成はうなずく。光成にとっては一人一パックでもいいのだが、そこは辻村に合わせよう。

 屋台には列ができていたため、二人はその最後尾に並ぶ。ふと光成が周りを見回すと、人ごみの中に他のメンバーの姿は認められず、光成と辻村の二人だけになっていた。

 その状況が作為的に作られたものであることを、光成はすぐに察した。少しだけ意識して、隣の辻村に目をやる。いつも明るい辻村だが、今はいつもよりもさらに、うれしそうな表情をしていた。光成は少し困って頭をかいた。

 辻村はいい子だ。明るくさっぱりとした性格で、時たまキツイ発言もするが、根はとても優しいことを光成は知っている。人一倍努力もする反面、無理のしすぎでからだを壊してしまう事もままあった。それでも、自分の足で立ち、しっかりと前を向いて元気に生きている辻村は、とても魅力的に思えた。そんな辻村から好意を寄せられていることがうれしくもある。

 しかし、光成は辻村の好意を受け入れることができないでいた。ちょうど四年前、この境内を一緒に歩いた少女の顔が光成の脳裏にちらつく。あの時も確か、同じように人がたくさんいて、寒い中、それでも楽しそうに笑いながら二人で屋台をめぐった覚えがある。お小遣いも少なかったから、二人で何か一緒に食べて割り勘しようと言う話しになり、そして……。

「へい、いらっしゃい」

 光成はその言葉で我に帰る。みると、いつの間にか並んでいた列の先頭に出ていた。あわてる光成をよそに、隣の辻村が指を一本付きだす。

「たこ焼き一パックくださーい」

「まいど。マヨネーズがほしかったら隣のとこから持ってってね」

 そう、あの時もこうやって、たこ焼きを買ったのだ。どの店で買ったかは覚えていないが、その一パックに幸せが詰まっているような気がして喜んで買ったっけ。

「池田君、マヨネーズいる?」

「え? ああ、俺はどっちでもいいけど、辻村さんは?」

「私実はマヨラーだから、できたらかけたいんだけど、いいかな?」

 少し恥ずかしそうに尋ねる辻村に、光成は笑顔でうなずいた。辻村は喜んでマヨネーズの袋を取り、二人は屋台を後にする。人通りの多い通りに戻っても、やはり他のメンバーの姿はなかった。

「なんか、みんなとはぐれちゃったね」

「そうだね。ちょっと探してみようか?」

 光成はやんわりと提案してみるが、辻村はううん、と首を横に振った。

「せっかく買ったたこ焼きが覚めちゃいそうだから、先にどこかで食べよ」

 笑顔でそう言われては、光成が拒否する理由もない。他のメンバーとは、本殿の方へ行けば出会えるだろう。

 境内に設けられた簡易休憩所には人が大勢いて座れそうもなかったので、本殿へと続く道から少し離れた場所にあったベンチに二人で腰を下ろす。たこ焼きのパックを開けると、温かい湯気が立ち上った。

「うわああ、おいしそう。じゃあ、お楽しみのこれをかけますか~」

 そう言って辻村がマヨネーズをたこ焼きにかける。そしてつまようじを手に取り、一つ目のタコ焼きを口に放り込んだ。

「ん~、おいしいー」

 目をつぶって幸せをかみしめるように辻村がつぶやく。光成も辻村にならってたこ焼きを口に入れた。とたんに、口の中でたこ焼きの味がはじける。と当時に、過去も同じようなものを食べたことを思い出していた。

 あの時も、彼女がマヨネーズをたこ焼きにかけていた。もうこれでもかというくらいかけていて、少しびっくりしていた覚えがある。それでも、そのたこ焼きは想像以上においしくて、たこ焼きの味について二人で共感し合った覚えがある。人通りがすこしまばらになる、今いるようなベンチに座り、境内の喧騒を少し遠くに聞きながら、二人で笑い合っていたっけ。そして最後の一個を食べた後、彼女がこう提案してくるのだ。

「ねえ、さっきお店でこれ買ったから、ちょっと早いけど今のうちに書いちゃわない?」

 その言葉が、記憶の中のものか、辻村が発したものか一瞬わからなくなった。隣を見て、辻村が二つの絵馬と油性マジックを差し出しているのを見てから、辻村の言葉だったと認識する。

「え? ああ、絵馬か。そう言えばさっき買ってたね」

「うん、みんなの分もあるんだけど、今は二人だけだし、後で書くのも大変だから、今のうちに書いちゃお」

 そういう辻村が手渡してきた絵馬を、光成は受け取る。そう、あのときもこうして二人並んで絵馬を書いた。お互いの夢と願いを、そこに書いたのだ。

 結局、彼女が書いた内容を光成が知ることはなかったのだが。

 あのとき光成は、お互いに書き終わった絵馬を見せあおうと言った。見せたところで減るものでもない。むしろ自分が書いた絵馬には、彼女への思いが素直に書かれている。言葉にするのは恥ずかしくても、文字にすることはできたから、その想いを彼女に伝えたいと考えたのだ。しかし彼女はそれを拒んだ。今ある本殿の裏に、昔の本殿がある。自分の書いた絵馬を、誰にも見せずその本殿へ持っていけば、夢が実現すると、彼女は言った。そしてその本殿へ向けて、彼女は走り出したのだ。まるで絵馬をしきりに見たがる光成をからかうように、光成から逃げる彼女。その彼女を、光成はすぐさま追った。笑いながら、二人だけの鬼ごっこを楽しんだ。そして。


 彼女はバイクにはねられ、死んだのだ。


 光成の手元から、絵馬が滑り落ちた。木の板が石畳にぶつかり、場違いな小気味の良い音を立てる。目の前がくらくらして、意識が定まらなくなる。神社に来て、今まで必死に思い出さないようにしていた記憶が、鮮明に蘇ってきた。光成は落としてしまった絵馬を何とか拾い上げ、ゆっくりと立ち上がった。

「ちょ、池田君? 大丈夫? 顔色悪いよ!」

「ごめん、辻村さん。俺、ちょっと体調悪いから先にもどるわ」

 よろよろとした足取りで、光成は歩き始める。その目には、過去の光景がなんどもフラッシュバックしていた。

 本当はあの時、彼女を助けられたかもしれないのだ。手を伸ばせば、道路に飛び出せば、彼女を助けられたかも知れないのだ。しかし、それができなかった。光成の体は恐怖で一瞬固まり、彼女を助けるどころか道路の前で立ちすくんでしまっていた。

 あれから四年。もう乗り越えられたと思っていた過去の記憶が、今また鮮明に浮かんでくる。あのとき彼女を助けられなかった自分に対する自責の念。苦しさ、辛さ。その苦しさすら、なんとか乗り越えられたと思っていたのに。

 そんなふうに、あふれ出てくる自分の感情を抑えつけようとしていた光成は、後ろから誰かが走ってくる足音に気が付かなかった。軽快な、子どもが走るような足音。その足音に気が付いて後ろを振り返った時には、足音の主が光成の体にぶつかっていた。

 光成はいきなりの出来事におもわずよろめく。何事かと顔を上げると、一人の少女が軽快な足取りで走り去っていく所だった。何だったのかと少女の後ろ姿を見送ろうとした時、その手に握られているものに気が付いた。

「池田君! 絵馬が!」

 辻村に言われる前に、光成は走りだしていた。逃げるように走っていく少女の背中を追うように。

 少女の手には、光成が先ほどまで持っていた絵馬が握られていた。


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