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第一夜 常識エゴイズム 花丘天月side♀

MATEBA KANRO NO HIYORI ARI

「死にたい」


少女が呟いた。

登校ラッシュの人気ヒトケ あふれる校門で言うには物騒すぎる言葉なのだが、彼女が声にはしていなかったため誰にも聞かれることはなかへっふた。

何とも不穏極まりない発言にもかかわらず、この言葉こそもっとも彼女の心情を表現できているくちぐせなのだ。


少女の周りには、彼女と全く同じ薄水色の襟のセーラーをベースに多種多彩なカーディガンやら上着やらを羽織った女子高生たちと、同じく薄水色のYシャツに黒のブレザーを着こんだ男子高生たちでごったがえしている。

同じような色をした同じような人間たちが皆同じ方向へ歩いていく様はまるで草食動物の群れが動いているようだ、といつも彼女は考えていた。

(この中に何人ワタシの知り合いがいるというんだ、ワタシを相手にする人さえいないこの群れに、なんて空虚な集団、まるでワタシはみにくいアヒルの子じゃないか!)

と思ったところで、黒いカーディガンを着ている自分が本当に絵本のアヒルの子の様だっただけに、せんなくなった少女は思いつめるのをやめた。


何気なく地面を見つめていた少女の肩が横の男子生徒にぶつかる。

ふっと二人の顔が合わさり、少女は思わず声を出しそうになった。

相手が心底迷惑そうな顔をして、すぐ目を逸らしたので、彼女は開きかけた口を閉じた。

知らない人というわけでもなかったけれど、相手が少女に話しかけられたくないだろう、ということを自主的に理解していた少女は、頭にめぐった『ごめんなさい』という言葉を丸ごと飲み込んだ。


少女はプリーツスカートのポケットに左手を突っ込んで、その中にあるものを大事そうに握る。

そして、優しく目をつぶり

(大丈夫)

と唱えると少女は口元だけ不敵にひねって平然と歩き続けた。



少女……またの名を花丘天月(ハナオカアマツキ)は、その風変わりな名前とは裏腹に普通の警察官の父と俳句が趣味な母の一般的な家庭の中に生まれた一人娘である。

自宅はもちろん両親の実家も通学している高校すらほぼ同じ地点にある彼女が、地元を離れたのは旅行程度、生まれた場所が都会だったせいもあるかもしれない。


しかし、天月は重度のネット依存者である。

顔の見えない相手との情報のやりとり、SNSでのコミュニケーションによる交友範囲はおそらく一般的な面積を超えている。

そんな彼女の世界は狭いのか広いのかわからない。


きっかけは中学校の入学祝に母がくれたノートパソコンだった。

天月は中学のとある時期から、言いようのない何かを求めるようにネットの世界にのめり込んでいった。

天月が欲したそれは人との触れ合いあ繋がりというものだったのだが、彼女はいつのまにかそれと近いようで全く違うところにきてしまっていた。(ネットに疎い父と母は特に娘のその様子を特に気にしていない)


もう学校に行くことすら煩わしくなっていた天月が、わざわざ電車で何駅か先の今現在通っている私立高に進学したのは、大好きな両親を心配させないためのカムフラージュなのかもしれない。

結局、地元の友達とずっとやりとりをしていると思い込ませるできたのは、親には、連絡をとりあうような友達がいないことがバレていないからだ。


だが、彼女のリアルな世界を狭くしているのは彼女の肩身の狭さに他ならない。



 /



天月のクラスは一年二組である。

彼女通う高校ではクラス変えがないので、三年間同じ二組で学ぶことになるのだ。

入学したての頃、担任の教師が

『俺は三年B組金八先生にあこがれて先生になりました!だからこのクラスの担任に慣れたのはすごく幸運だと思う、お前らとこれから三年生まで、暑苦しく付き合っていくつもりだからよろしく頼む!でもお前らB組じゃなくて2組なんだよな~』

と、とてつもなく寒いこと言っていたのを天月はよく覚えていた。

実際、自分で熱血教師ぶりながらも熱いのは授業の教え方ぐらいで、生徒とは一定の距離をとって、対等に接してくるようなタイプだった。

天月はそんな担任の教師を気に入っていた。

そう、担任の教師は……。



一年二組の教室には普段通り、姦しい女子の声やらダラダラする男子たちが、いくつかの群れを作ってそれぞれの時間を過ごしていいる。

天月もいつものようにその教室へ入っていく。

その瞬間、何人かの生徒と天月の目が合わさった。

が、すぐに逸らされた。

天月の顔がいぶかしげな表情になる。

さっきの視線は注目というより、見てはいけないものを見るかのようだ。

いつも『おはよう』の挨拶を交わすこともなく、自分の席についている天月にとって、目があうだけで珍しいことだった。

教室の奥の方の女子のかたまりからは、クスクスとこっちをちらちら見て笑っている声が聞こえている。

天月は無意識に自分の前髪を触り、

(今日のワタシなんか変かな?)

と、考えた。

もちろん天月におかしいところがあるわけではなかったけれど、彼女たちが天月をおもしろがっているのはなんとなく天月自身感じていた。

そしてすぐに天月はいつもとはあからさまに違う、黒板の異変に気が付いた。

普段は何事にも動じない、さすがの天月の顔が蒼白になっていく。

天月が黒板の前に立つと、教室内にいた生徒全員の目が瞬時に天月に集まっていった。


黒板に貼られていたのはカラー印刷された一枚の絵だ。

絵の中では、バニーガールの服のような形をした、ベビーピンクの服を着た少女が真ん中に座っている。

パステル調の色彩で、背景の幾何学的な模様までカラフルに描かれた、アニメタッチのイラストだった。

しかし、それを損なうかのように絵の少女の胸の真ん中には、画鋲で作られたのであろう、小指入りそうな大きさの穴が開いていた。

そしてこの絵はまぎれもない、pixivに天月が載せた絵だった。

載せた絵と違うところといえば、イラストの少女の頭が加工されて自分の顔写真とすり替えらていることだ。

ご丁寧にも、横にチョークで『さびしいのーかまってねー』と頭の悪そうな字でいたずら書きもされていた。


なぜこの絵がここにあるのかはわからなかったが、誰がやったのかということには、天月自身気づいていた。

天月は後ろを振り返って、教室の奥にいる女子の塊を見た。

「あの子、なんかこっちみてるよ」

「えー、見んなよー、ぼっち」

「キモい絵描く奴なんかにみられたくないんだけど」

「わー、ひっどーい」

天月にいいだけ罵詈雑言を浴びせると、彼女たちはぎゃはははと笑い声をあげた。

すると、つられてどこかの男子が笑い出し、それ以外は無関心を装うように、天月を見ないようし始めた。

(自分たちの外見ばっかり綺麗にするより、古臭い嫌がらせのやり方と汚い笑い声、どうにかならないのかな?)

こういうときは笑われた分だけやり返せばいいのだと、天月は知っているが、朝っぱらの回転不足の脳味噌では何もまとまるはずがなかった。

(いい加減、昔の少女漫画のようなベッタベタなの時代遅れ過ぎると思うんだけどな、でもアプリ使って画像加工してるし技術的には新しいのかな?あっはははははは!!)

もちろん天月はこんなこと声に出したりはしない。

どうせ、ラリってるとか言われるだけだろう。

頭おかしいのどっちだ。


とりあえず先生が来る前に、黒板を綺麗にしておかなくてはと天月は考えていた。

天月は登校するのが早くはないので、これはずっと放置されていたということだろう。

誰も剥がそうとしなかったってことだ。

天月はこんなことには慣れっこだったが、ずっと誰一人として天月を助けようとする優しい人がいなかったわけではない。

天月に同情してしまった可哀想な人が、現れたのいつのことだっただろうか。

その優しい人が一番可哀想だったのは、自分の行動で、天月と同じだけの仕打ちを受ける覚悟がなかったということだった。

現にここしばらくその人の席は空席のままだ。

天月は黒板に貼られた自分のイラストを手に取り、真っ二つに裂いた。

「著作権とかどうなってるんだか」

いつものように声に出すつもりはなかったが、ついこぼれてしまっていた。

例の彼女たちが舌打ちするのが聞こえてくる。

猫かぶりをやめたのか、天月への当てつけだったのか随分と大きい声だ。

彼女たちはとにかく人の上に立っていなければ気が済まないという人間の典型的な例だった。

それゆえに天月が屈さねば屈っさぬほど、彼女たちはけ天月を意識していく。

(ざまあみろ)

天月はもはや紙くずと化した自分のイラストを、ゴミ箱に投げた。


(……死にたい)



 /



昼休みの教室。

天月は机にキャンパスのノートを広げ、机に突っ伏している。

その右手にはシャーペンが握られ、どう見ても絵を描いているようにしか見えない。

そんな平常通りの昼休みを満喫する天月の前で、女子の図々しい声と、ぞろぞろと人が集まってくる音が聞こえていた。

「ねえ、花丘がまた絵なんか描いてるよ」

朝、わざとらしい舌打ちをしてきたギャル風の女子が大きな声で話す。

彼女はクラスのギャルグループのリーダー格であり、噂によると最近彼氏に振られた傷心の身であるらしい。

鬱憤がたまっているのだろう、今日一日ずっとこの調子で天月は彼女たちに絡まれている。

天月は彼女たちに机を囲まれ、周りからは何をしているのか見えていないだろう。

もし校舎裏でこんな状況になったら天月もだまっていないのだが、人の多い教室である今は彼女らを空気と認識している。

目の前に立つ女子はそんな天月に構わず、一方的に喋り続けていた。

「えーぐちゃぐちゃじゃん、なにこれー」

だんまりきめると逆ギレされる。言い返せば四囲攻撃される。

(この人達どんだけ弱者を作らないと生きていけないんだか、そんなの本物の強者じゃないっていうのに)

唯一の特技の絵は、色薄い青春を送る天月にとってポジティブ要素であり、邪魔が入って天月は気が立っていた。

(何されるのかな、言ってる場合じゃないけど。ただ絡んでくるだけなら、別に平気だし。ああ今日も眠れないかもしれない。それにこの絵は今作ってる超大作のラフなんだから、絵を描いてる時にかまってあげるかっつの。でもしばらくはpixivやる気にはなれないか……。ワタシじゃなくて、ワタシの絵なら肯定できるのに。生きるのってフェルマーの最終定理より難しいよ。)

天月はいつものように沈黙を守っている。

リーダー格のの女子が天月に向けてバツの悪そうな舌打ちをした。

天月は気に留めることもなく、机上のイラストに集中し…………ていた目の前から突然紙が消えた。

「へっ?」

間の抜けた声を出す天月に対して、目の前の女子が甲高い声を上げた。

白い紙を手にして。

「……あんたさぁ、朝みたいに絵描いたって破っちゃうんならぁ、アタシが破ったげるよ!!」

いよいよ意味が分からなくなってきた女子の行動を受けて、天月の目つきがいつも以上に冷めたものへと変わっていく。

(いよいよ頭に虫が湧いてきてるじゃないんだろうか、一緒に笑ってる取り巻きも、いや止めないクラスの人間も抗おうとしないワタシも含めて、ここはゴミだらけだ……)

表情とは相反して、天月の中では焼けつくような何かが熱くゆれていた。

目の前の少女は、反論をしない天月を見て、あくまでも自分たちが優位に立っていると思い込んでいる。

だが、結局

「」


天月が物音まったく、一つも立てずに椅子から立ち上がった。

「ワタシ……馬鹿にし…も…」

彼女たちはいつもの様子と明らかに違う天月に背筋が凍りつくような感覚をおぼえた。

イラストを手に持つリーダー格の女子は、顔をひきつらせて、それでもなお精一杯の虚勢を張り続ける。

「ボヤいてないではっきりいえよ!オタク女!!」



あいつ(・・・)が好きだって言ってくれたワタシの絵を……!」



「馬鹿にするなあああああああああああああ!!」


叫んだ瞬間、自分たちは何か触れてはいけないモノに触れてしまったのだと、理解した少女たちの顔から血の気が失せていく。

天月はスカートのポケットに手を突っ込み、その中のモノを強く握りしめた。

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