私と契約しましょう? ちょっと紫に光っておりますけれどご心配なく
「喜べ。お前もようやくこの国の役に立てるのだ」
私の18の誕生日。
華やかなドレスを身に纏って、各国の王子が招かれ、私を奪い合ってダンスパーティーが始まる。
訳では全然ありません。
父は、書類を差し出しました。
私の名前を書く場所以外は、全て私の知らない筆跡で埋められています。
署名を見届ける宰相。
私の座る椅子はありません。
「何のお話でしょうか」
「国境の砦が落ちた。敵がこちらに向かっている」
それは存じております。
昨日、城門から運び込まれた傷だらけの兵士を見ましたので。
「そこで、お前を使者として送ることにした」
「敵国へですか」
「違う。南の山だ」
「フッ」
兄が、私の顔を見て馬鹿にしたように笑いました。
「あそこに何がいるかくらい、お前でも知っているだろう」
人が近づかない森。
獣の声さえ聞こえなくなる、その奥。
帰ってきた者の話では、人の姿をした何かがいるそうです。
ただし、その姿については誰も同じことを言いません。
若い男だったという者もいれば、顔など見えなかったという者もいる。
トカゲのような顔をしていたと言う者もいれば、翼が生えていたと言う者も。
皆が口を揃えて言うのは1つだけ。
近づくな。
「先日、使者を送った。王家の娘を迎える代わりに、我が国を守れとな。まぁそもそも文字が読めるかもわからん。ただ、とてつもない力を持っているという噂だ」
私は書類を見ました。
なるほど。
私は使者で、贈り物でもあるようです。
「先方のお返事は」
「ない」
「お会いになったのですか」
「奴の根城に書状を置いてきた」
「では、受け取られたかも分からないのですね」
兄の笑いが止まりました。
父が指先で机を叩きます。
「それを確かめるためにお前が行くのだ!」
何度見たでしょうか。
怒鳴れば全て解決すると思っている傲慢な顔。
「承知いたしました。ではもしお会いできたら、私が直接条件を伺ってもよろしいのですね」
「好きにしろ。国を守る約束さえ取りつければよい」
ようやく、私が自分で考えてよいことが見つかりました。
私は宰相へ書類を返しました。
「でしたら、そのようにお書きください」
「何をだ」
「交渉の一切を私に委ねる、と。先方の条件も分からないままでは、この書面を持っていっても困ってしまいます」
父は苛立ったように手を振りました。
宰相が一文を書き足す。
父が署名し、王家の印を押す。
「それは彼に渡すものではないですよね?私とお父様の契約。」
「そうだ。」
「それで、いつ行けばよろしいのですか」
「今からだ」
「あ〜はい。分かりました」
扉へ向かう私に、父が言いました。
「王家の娘として、恥ずかしくない働きをしてこい。この国に身を捧げよ。」
振り返ると、父はもう兄と何か話しているようでした。
私の帰りをいつまで待つことも、帰らなかったらどうするのかも、何も聞かれませんでした。
森へ向かう馬車は、驚くほど揺れました。
向かいには誰もいません。
護衛の兵が一人、馬に乗ってついてきています。
ハズレくじを引いた顔を隠しません。
私は兵にまで見下されているようです。
城門を出る前に、兄がその兵へ命じていました。
「森の入り口まででよい。馬まで失う必要はない」
馬まで。私はいいと。
私は聞こえなかったふりをしました。
木々の間へ続く細い道の前で、馬車が止まりました。
湿った土の匂いがします。
枝の先から落ちた雫が、馬車の屋根を叩きました。
護衛の兵が扉を開けます。
「ここから先は、馬車では進めません」
兵は感情をなくした顔で報告してくれます。
「ええ。ありがとう」
裾を持ち上げて降りると、靴が柔らかい土に沈みました。
「それではこれで」
「ありがとう」
本当に一人で行かされるんですね。私は。
森の奥には、古い石の建物がありました。
屋根の半分が朽ち、壁には木の根が入り込んでいます。
その中に、一脚だけ椅子がありました。
そこに誰かが座っています。
翼が生えているというのは本当のようです。
「今度は女か」
声は、思っていたより近くから聞こえました。
「王家の使者として参りました」
「私には人の身分など関係ない」
「私をお望みだと伺いました」
少し、間がありました。
「誰がそんなことを?」
「父です」
「そんなことは言っていない」
でしょうね。
「お手紙はお読みになりましたか」
「ああ」
「お返事をなさらなかったのは」
「人間に興味などない」
私は床に落ちていた書類を拾い、目を通しました。
娘をやる。
我を守れ。
国を守れ。
敵を討ち滅ぼせ。
我に従え。
確かに、お願いは一つもありません。
命令です。
我が父ながら、情けないくらいの傲慢です。
「失礼いたしました」
「お前が書いたのか」
「いいえ」
「なぜお前が謝る」
「私の一族の無礼ですので」
私は顔を上げました。
椅子に座った相手は動きません。
宮殿なら、ここで誰かが早く話せと言うところです。
「国を、お守りいただきたいのです」
「なぜだ」
「敵が来ています」
「それは聞いた。なぜ私が」
私は口を閉じました。
私が差し出されれば、相手が喜んで国を守る。
宮殿では、そういう話になっていました。
けれど、この方は私を欲しいと言っていない。
お金。
土地。
宝石。
何をお持ちで、何をお持ちでないのかも分からない相手に、何を差し出せばよいのでしょう。
私は考えました。
相手はただこちらを見るだけ。
「お困りのことは、ございませんか」
「ない」
すぐに答えが返ってきました。
と思ったら続きをお話ししてくださるようです。
「来るなと言っても次の者が来る。前の者には伝えたと言えば、聞いていないと言う」
「それは、我が国がご迷惑を」
「王が変わったから、前の約束は知らないとも言う」
存じております。
父もよく使う手です。
「では私が窓口になるのは、いかがでしょう」
「お前も死ぬ」
「すぐに死ぬ予定はございませんが」
「すぐだ」
この方のすぐは、私のすぐとは違うようです。
「では、そこを何とかしていただけませんか」
目の前の異様に肌が白い男性のような生き物は少し笑いました。
「私と契約しましょう?」
手紙を裏返し、白い面を見せます。
「私は、あなたとの約束を覚えております。知らないとは申しません。こちらからお願いがあるときは、ま
ず私がお話を伺います」
「お前が、ずっとか」
「ええ。その代わり、私を守ってください。長くお話しできるようにも」
「国を守れと言っていたな」
「はい。そのためのお力も、お借りしたいのです」
「私に何の得がある。」
「窓口がすぐになくなっては、お困りでしょう?」
初めて、笑う声がしました。
「それしか言わぬのか」
「少しは気に入っていただけましたか?それに私、美しいでしょう?」
「なるほど。花のようにお前を愛でろと」
「少なくとも万年咲き続けましょう」
「ほう」
そう言って彼は手紙の白い部分に自分の爪で文字を書きます。
「手を出せ」
長く細い指が、こちらへ伸びてきました。
私は手を重ねました。
冷たいと思ったのは、最初だけでした。
指先から肘へ。
肘から胸へ。
熱いものが流れ込みます。
思わず息を止めると、重ねた手が紫に光りました。
「これは」
「力だ」
「見れば分かります。消えますか」
「気になるか」
「少し目に悪いので」
また、笑う声がしました。
帰る前に、力の使い方を教わりました。
手をかざすと、紫の光が薄い膜になります。
小さな石を投げられましたが、光に触れたところで止まりました。
「返せ」
言われたとおり押し返すと、石は壁へ飛んでいきました。
石だけでなく、壁までなくなりました。
私は手を下ろしました。
「魔法ですか」
「加減を覚えろ」
「ええ。今、その必要を強く感じております」
何度か繰り返すうちに、石を足元へ落とせるようになりました。
光を広げること。
向きを変えること。
押すこと。
帰り道では、裾に引っかかった枝を払おうとして、木を一本倒しました。
加減というものは、分かったつもりでいると危険です。
歩いて王宮へ戻ると、兄が最初に言いました。
「何だ、その手は」
「契約をしてまいりました」
「その光のことを聞いている」
「ですので、契約の証です」
兄は私から一歩離れました。
兵に剣を構えさせなかっただけよしとしましょう。
広間には父と宰相、それに軍の指揮官たちが集まっています。
開いた窓から、馬の嘶きが聞こえました。
「で、あの者はいつ来る」
父が聞きました。
「こちらには参りません」
「何?」
「代わりに、私が力をお借りしました」
私は手を持ち上げました。
兄が鼻で笑います。
精一杯の力を右手に込めます。
右手は紫色に光り王の間を包み、照らします。
「こ、これは?」
父は光に釘付けです。
「手を光らせて、軍が止まるものか」
兄が、不満そうに私を見ていました。
「お前が力を得たのか?本当か?お前に国が救えるのか?」
「そうかもしれません」
そのとき、扉が開きました。
兵が一人、転がるように入ってきます。
「西門が破られました!」
広間の空気が変わりました。
指揮官が立ち上がり、宰相が机の地図を押さえます。
「城壁の内側か」
「はい。敵の先頭が、宮殿へ続く坂に」
兄が父を見ました。
父は窓を見ました。
窓の外から、低い音が響きました。
少し遅れて、床が震えます。
「東の通用門へ馬車を回せ」
父が命じました。
私は窓へ近づきました。
坂の下に、煙が上がっています。
門を破るための大きな槌が遠くに見えます。
庭を横切る兵の中に、私を森まで送った方がいました。
腕に布を巻いています。
赤い色が、じわじわと広がっていました。
それでも門へ向かおうとしていました。
「お父様。私と契約しましょう? ちょっと紫に光っておりますけれどご心配なく」
「な、なんだ?」
「今から私がこの国を救います。もし、敵を全て薙ぎ払い無事にここに戻ってこれたら私を王に。」
「な!なぜそうなる!」
門が破られる音が遠くでします。
「あなたも命が惜しいでしょう?私はひとり、この力で逃げることも出来ますが」
「ぐぬぬぬ。わ、わかった。王にでもなんでもなるが良い。こんな滅びゆくだけの国などわしは知らん」
父はもう人の形をした醜い何かになっています。
私は広間を出ました。
「ど、どこへ行く!」
父の声に、足を止めます。
「国を救いに」
外へ出ると、焦げた匂いがしました。
兵たちが宮殿の門へ家具を運んでいます。
棚も机も椅子も、押しつけられるものは何でも。
王の間には私の椅子はありませんでしたが、王宮にはあったようです。
「そこを空けてください」
誰も動きませんでした。
当然です。
私は兵に命令したことがありません。
兵がひとり、話しかけてきます。
森に案内してくれたあの兵でした。
「王女様。ここは危険です」
「承知しております。ですから、皆さんは下がってください」
門の向こうで、何かが打ちつけられました。
蝶番が鳴ります。
積んだ机がずれました。
私は兵の腕を見ました。
「その腕では、盾を持てません」
「まだ動きます」
「では、動くうちに負傷した方を奥へ」
兵は私の右手を見ました。
紫の光が、指の間からこぼれています。
案内してくれた兵は仲間の肩を貸し、門から離していきます。
最後の一人が通り過ぎたところで、二つ目の門が裂けました。
木片が飛び散り補強に使っていた机が粉々に砕けます。
隙間から、槍が突き出されます。
私は手をかざしました。
紫の膜が、門の内側に広がります。
木片が止まり、槍が膜に飲まれます。
私は一歩、前へ出ました。
光の膜が押し出されます。
破れた門も、家具も、槍も、その向こうの兵も。
まとめて外へ押し戻されました。
門の上を覆っていた石が落ちてきます。
思わず上を向くと、光までそちらへ伸びました。
石が頭の上で止まりました。
便利ですが、落ち着いて使わなければいけません。
私は石を脇へ下ろしました。
ゆっくりと。
できるだけ、ゆっくりと。
地面が少しへこみました。
後ろで誰かが息を呑みます。
「殿下!」
兵が叫びました。
坂の途中で、敵が弓を構えています。
弦が鳴りました。
私は紫の光を広げました。
矢が次々と止まります。
目の前に、黒い針のようなものが並びました。
一本だけ、顔のすぐ前まで来ていました。
私はそれを指でつまみ、足元へ落としました。
森で教わったことは、役に立つものです。
「武器を置いてください」
返事の代わりに、次の矢が飛んできました。
私は大きく息を吸い込み一気に吐き出します。
体から紫の光が広がります。私を覆うように
光は門の幅を越え、坂を覆います。
敵の先頭が立ち止まりました。
槌を押していた者たちが、手を離します。
私は両手を前へ出しました。
光が、坂を下りました。
盾がひしゃげ、槍が折れました。
大きな槌が横倒しになり、後ろの兵を巻き込んで滑っていきます。
石畳を擦る音。
金属がぶつかる音。
大きくなる悲鳴。
押し寄せていた兵の列が、崩れていきました。
私は手を止めました。
光も止まります。
倒れた者を踏まないように、敵の兵が坂を駆け下りていきます。
旗が一本、地面に落ちました。
拾う者はいませんでした。
私は残った者たちを見ました。
「武器を置いてください」
今度は、置いていただけました。
広間の入口で、腕に布を巻いた兵が頭を下げていました。
「ありがとうございました、王女様」
誰かにお礼を言われたのも、初めてでした。
広間へ戻ると、父たちはまだいました。
窓が開いています。
よく見えたことでしょう。
私は少しだけ曲がった扉を閉めました。
つい、力が入りました。
兄の肩が跳ねました。
「門は壊されましたが、敵は退きました。残った者は兵に引き渡しております」
誰も答えません。
「負傷した方の手当てを、先にお願いいたします」
宰相が頷き、近くの者へ指示を出しました。
父が咳払いをしました。
「よくやった」
私はただ父を見据えます。
「これからも、その力で王家に尽くせ」
父は、もう普段の顔に戻ろうとしていました。
私に無理な用を申し付けて、それで話を終える顔です。
「何を言ってるんでしょう?」
「お前が王になる話か?認める訳ないだろう」
まぁこうなることはわかってました。
権力に縋るしか能のない人たちです。
「どうして?」
「何が契約だ。お前は王家の娘だろう」
「はい。ですが、南の山の方との契約は、私が結びました」
南の山から持ち帰ったくしゃくしゃの手紙を父に見せます。
『シェルストローム・ラームを王と認め、守る。 フーカ』
山の主人の書いた文字です。
爪で書いた紫の光を放つ署名。
私は出立前の書面も並べました。
父の署名。
王家の印。
交渉の一切を私に委ねるという一文。
宰相がそれを手に取り、目を通します。
「約束は取りつけました。私が新しい魔人の窓口。私が新しい王です」
「そ、そんなこと!」
父は口をパクパクするだけです。
「シェルストローム!」
兄が私の肩を掴みます。
紫の光が兄を吹き飛ばします。
吹き飛ばされてもめげずに兄が言います。
「本当に、お前が王に?」
本当にめんどくさい方々です。
ではあなた達に何ができるのでしょう。
「ええ。あなた達では国は守れない。あの南の山の方と私なら国を守れます」
「一度敵を追い払ったくらいで、王になれると思うのか!」
一度。あなたは0度です。
「もちろん私一人で、何でもできるとは思っておりません」
私は宰相へ顔を向けました。
「お金のことも、食糧のことも、教えていただかなければなりません。兵の配置も、怪我をした方に何が必要かも」
宰相は黙って聞いていました。
「ですが、決めたことを、何も確かめずに覆されるのは困ります」
「私が何も確かめないと言うのか」
父の声が低くなりました。
私は持って帰って来た手紙を指しました。
「あの魔人の妻になれと私に言いましたか?」
父は、それを見ませんでした。
「指揮権だけでよいだろう」
またよくもそんな。しょうもないことを考える時だけは頭が回りますね。
「その指揮権は、明日もございますか」
「私を疑うのか」
「信じられません」
父が口を閉じました。
私は続けました。
「では私が軍を率いて新しい国を建てましょうか。あの南の山の麓に」
広間の入口に控える兵たちの目が、私に向いています。
今なら皆、私についてくるでしょう。
「な、叛逆するのか?!」
宰相は、二つの書面を読み比べていました。
兄がそれを止めようとしましたが、宰相は手を離しませんでした。
「それから」
私は一枚目の最初の行を指しました。
「私の承諾なく、私を誰かに差し出すのもありえません」
父が椅子にもたれました。
「....すまない」
父が何か閃いたようです。
悪い顔をしますがこう言う時は何を言うかわかっています。
「だが私はお前を育てた」
ほら。やっぱり。
「存じております」
「ならば、恩を返そうとは思わぬのか」
もうおそらく父にはこの手しか残っていません。
真面目に答える必要もないでしょう。
「先ほど、門のところで少しお返しできたかと思います」
兄が立ち上がりました。
「お父様。此奴の言う事を真に受けてはなりません。あの森の者と、直接話せばよいのです」
「そ、そうだな。わしが行こう。わしが真の王と認めさせればいいのだ」
おっとそう来ますか。
兄が私を見ました。
私は別の紙を取り出しました。
森へ続く道を描いたものです。
「馬車が入れるのは、ここまでです。その先はぬかるんでおりますので、靴は丈夫なものを。馬は入り口に繋いでおけば、失わずに済みますよ」
兄は顔を歪ませて奪うように紙を受け取ります。
その時、窓に翼の生えた人のようなものがいることに、全員が同時に気づきました。
「その女が王だ。」
宰相がこちらを見ます。
「移譲の手続きについて、いくつか確認がございます」
父が宰相を睨みました。
宰相は契約書を離しません。
「王女様が王になられるのであれば、必要な話です」
私は初めて、玉座を勧められました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
連載している果ての方のラームの若い頃の女王のお話でした。
楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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