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悪役子爵は勇者を救えたか

掲載日:2026/07/05

「――平民風情が、私の前に立つな。」ラピスラズリの瞳に冷徹な光を湛え、傲慢な笑みで少年は言い放った。

教室が静まり返る。

英雄育成学園アストレア。

世界中の貴族や英雄候補が集うその場所へ、一人の少女が異世界から召喚された。

勇者・アオイ。

黒髪の少女は真っ直ぐこちらを睨む。

「あなた、最低ね。」

教室中が笑う。

笑われたのは、一人の子爵家嫡男。

レオン・フォン・ヴァルハルト。

彼は貴族らしい整った制服を着こなし、誰よりも優雅だった。

しかし、その口から出る言葉は冷たい。

「異世界人を戦わせようなど、この国も落ちたものだ。貴様は、この歴史ある学舎には不釣り合いだ」

「何ですって?」

「客人であるなら、本来は剣を持つべきではない。」

勇者は激怒する。

王子が立ち上がる。

「レオン、謝罪しろ。」

将軍の息子も笑う。

「また選民思想か。」

魔法協会長の息子は鼻で笑う。

「貴族様は違うね。」

その日から、勇者の周りには四人の青年が集まり始めた。

誰もが勇者を守ろうとする。

そして誰もが、レオンを嫌った。

「最低の貴族。」

「血筋だけの男。」

「国賊。」

そんな噂が学園中を巡る。

しかし誰一人、気付かなかった。

毎朝、誰より早く訓練場へ来ていたのがレオンであることを。家宝の剣を振るい、得意の水魔法をさらに磨かんと努力していたことを。

誰より危険な魔物討伐へ志願していたことを。

貴族が民を守るのは義務であり、勇者に頼る、それも異世界から召喚するなど国家の恥であり、後世のためにならない悪しき行いであると本気で考えていたことを。

それを知る者はいなかった。

卒業から数年後。

レオンは父の汚職、親族の横領、魔族との内通――数々の「悪事」が白日の下に晒され、子爵家は断絶。

爵位剥奪。

財産没収。

そして判決は。

「勇者一行の荷物持ちとして魔王討伐へ同行せよ。」という、魔物討伐を志願していた者には屈辱的な刑罰だった。武器を、盾すら持つことも許されぬ。宝剣は取り上げられ、勇者に下賜された。

かつて彼を笑った者たちは、さらに彼を見下した。

王子は言う。

「当然の報いだ。」

勇者も目を逸らす。

「あなたとは、もう話したくない。」

荷物は重かった。

食事は最後。

野営では見張り。

宿では部屋がなく、休むこともままならぬ。

誰も感謝しない。

誰も礼を言わない。

かつての令息は、泥に塗れ、重い荷物を背負い、王子たちから家畜のように見下された。

そんな中、ただ一人だけ。

聖女リシアだけが、彼に温かいスープを差し出した。

「寒いでしょう。」

レオンは少しだけ笑う。

「……ありがとう。」

それが旅で唯一の笑顔だった。

レオンがケガをすると、聖女は周囲の目を盗み、彼に触れ、その清らかな癒しの魔力を分け与えた。

「私を、罪人だとは考えておられないのですか?」

ある日、レオンが聖女に問うと、「あなたの瞳は、今も輝いています」と答えた。レオンは、その言葉を支えに、過酷な旅を耐えた。


魔王城。

最後の戦い。

崩落する玉座の間で、魔王の黒い槍が勇者ではなく、治癒魔法を詠唱していた聖女へ向かう。

誰もが動けない。誰も間に合わない。

その瞬間。レオンが飛び込んだ。

その肉体で聖女を抱きしめ、盾となった。


鈍い音。胸を貫かれるレオン。

「なぜ……?」

聖女が泣く。

レオンは血を吐きながら微笑んだ。

「私を信じてくださったこと、感謝しております。」

魔王は倒れた。

世界は救われた。

英雄と呼ばれたのは勇者たち。

レオンは英雄名簿にすら載らなかった。

英雄たちの凱旋の影で、瀕死のレオンに与えられたのは名誉ではなく、「戦功泥棒」の汚名と国外追放処分だった。

国外追放。その途中、彼は傷が悪化し、雪の降る国境で静かに息を引き取る。傷はたしかに治療したはず、と聖女は訴えたが、その声を聞くものはいなかった。

享年二十四。

彼は誰に見取られることもなく、異郷の冷たい地で息を引き取った。誰も墓を訪れなかった。聖女と勇者以外は。

数年後。

勇者アオイは王宮の機密文書を読む。

そこには全てが記されていた。

レオンは王子派に反対する改革派貴族だったこと。

罪の多くは捏造だったこと。

彼は勇者を嫌っていたのではない。

「異世界から召喚された少女に、この世界の戦争を押し付けるべきではない。」

「血統の誇りとは、民を搾取するための免罪符ではない。万民の血の上に築かれた富を享受する我ら貴族こそが、真っ先に戦場に散り、国を護る肉壁とならねばならぬ。国に危機が訪れる度に、異世界から生贄を呼ぶのか。それを恥とは思わぬか。」

そう最後まで訴え続けていたこと。

勇者の手から書類が落ちる。

涙が止まらない。

「……ごめんなさい。」

初めて理解した。

彼は悪役ではなかった。

誰よりも英雄だった。

その夜。

勇者はレオンの形見の剣を抱き締めながら眠る。

耳に届くのは、喧騒。懐かしいチャイムの音。

目を開ける。

そこは。

英雄育成学園。

入学式の朝だった。

教壇の前。

レオン・フォン・ヴァルハルトが、当時のように立っている。ラピスラズリの瞳が冷徹な光を湛え、こちらを見る。

「……何だ?」

勇者は前世とは違い、真っ直ぐ彼へ歩いていく。

そして微笑んだ。

「あなたのことを、今度こそ知りたい。」


それが、二人の本当の物語のはじま…。いや、宝剣の奇跡による回帰であったため、レオンにもわずかに記憶が残る。


三人の物語が、はじまる。

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