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悪役令嬢に転生したけれど、攻略不可の公爵様にだけは勝てません  作者: 凪乃


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8/12

攻略できない聖女

 エステルが動いた。


 今度は——ゲームにない手段で。


「ヴィオラ嬢が、学園の金庫に無断で侵入した?」


 教室で、クラウディアが血相を変えて駆けてきた。


「何のこと?」


「エステル様が殿下に報告しています。昨夜、学園の金庫が開けられた形跡があって——鍵を持っていたのは職員と、倉庫当番のヴィオラ嬢だけだと」


 倉庫当番。確かに、先週から図書委員の一環で倉庫の鍵を預かっている。でも——金庫なんて触ったこともない。


「でたらめよ。私は昨夜、部屋にいたわ」


「わかっています。でも、状況証拠が——」


 状況証拠。鍵の所持。倉庫への出入り記録。


 ——これは、ゲームにないイベントだ。


 断罪フラグのリストに、こんな項目はなかった。エステルが「ゲーム外」の方法で私を追い込んでいる。


 ゲーム知識が、通じない。


 パニックになりそうな頭を必死に落ち着かせる。


「クラウディア。証拠は何?」


「鍵の所持記録と、金庫の開封時刻。そして——」


「そして?」


「エステル様の証言。『ヴィオラ様が夜中に校舎を歩いているのを見た』と」


 嘘だ。完全な嘘。でも聖女の証言は重い。殿下の恋人であり、学園で最も信頼されている人物の言葉だ。


「誰が信じるかしら——聖女の言葉と、悪役令嬢の否定。どちらが」


「……ヴィオラ様」


 クラウディアの声が震えていた。


 これまでのフラグ回避は、ゲーム知識が前提だった。発生条件を知っていたから、避けることができた。でも——エステルが新しい罠を作り出したら、知識は無力になる。


「レティシア」


「はい!」


「昨夜の私のアリバイ。何時に部屋に戻って、何時に寝たか、覚えてる?」


「夜の八時に部屋に戻られて、九時にはもうお休みでした。私がお茶をお持ちしたので確かです」


「それを証言できる?」


「もちろんです!」


 侍女の証言は聖女の証言より弱い。でも、時間の矛盾を突ければ——


「金庫の開封時刻は?」


「夜の十一時だそうです」


「なら——私は九時に寝ていた。レティシアが証人よ。十一時に校舎にいることは不可能だわ」


「でも、エステル様が見たと——」


「エステル様は何時に私を見たの?」


 クラウディアが目を見開いた。


「……時刻は、言っていませんわ」


 穴がある。エステルの証言には具体的な時刻がない。聖女の権威だけで押し通そうとしている。


 ——でも、それで十分なのだ。この世界では。


 殿下に呼び出された。教師たちが並ぶ審問の場。


「ヴィオラ嬢。金庫の件について——」


「殿下。まず事実確認をさせてください」


 あのときと同じだ。EP1の断罪イベントと。冷静に、事実を求める。


「金庫の開封時刻は夜の十一時。私は九時に自室におりました。侍女のレティシアが証人です。十一時に校舎に出入りした記録は——ございますか?」


 教師が顔を見合わせた。出入り記録を確認する。


「——ありません。ヴィオラ嬢の出入りは、夜八時の帰寮のみ」


「では、エステル様が私を夜中に見たという証言の裏付けは?」


 沈黙が落ちた。


 エステルの表情が初めて——微かに歪んだ。


 しかし。


「わたくしは確かに見ました。ヴィオラ様が——」


「何時に」


 声が割り込んだ。私ではない。


 審問室の扉が開いて、セシルが入ってきた。


「レヴィアンス公爵——」


「何時にヴィオラを見た。何階の何号室の前で。どの方向に歩いていた」


 セシルの声が、氷のように冷たかった。


「公爵様、これは——」


「質問に答えろ。具体的に」


 エステルが口を開いた。閉じた。


 答えられない。嘘の証言に具体性はない。


「——記憶違いだったかもしれません」


 エステルが、微笑みを取り繕って言った。


「暗い廊下で、別の方を見間違えたのかも。申し訳ございません」


 撤回。聖女が証言を撤回した。


 審問室の空気が変わった。


「この件は保留とします。——ヴィオラ嬢、失礼しました」


 殿下の声に、微かな戸惑いが混じっていた。聖女の証言が崩れたことへの、初めての疑問。


 審問室を出た廊下で、膝が震えた。壁に手をついて息を整える。


「——大丈夫か」


 セシルが横に立っていた。


「セシル様。なぜ——」


「聞こえたからだ。聖女の証言に矛盾があった。それだけだ」


「でも、わざわざ審問に来てくださるなんて——」


「理由が要るか」


 セシルの目が、まっすぐ私を見ていた。


 怒っている——私にではない。エステルに。嘘の証言でヴィオラを追い込もうとした聖女に対して。


 振り返ると、廊下の奥にエステルが立っていた。


 セシルが一歩前に出た。私を背中に庇うように。


「この女に手を出すな」


 セシルの声が、初めて冷たくなった。


 溺愛キャラの——闘争本能。


 エステルが微笑みを浮かべたまま、目を細めた。


「まあ、レヴィアンス公爵。そんなつもりはございませんわ」


 聖女が去った後、セシルの背中を見つめていた。


 広い背中だった。この人は、ゲーム知識で私を守ったのではない。理屈でもない。ただ——私の味方として、ここに立った。


 「この女に手を出すな」。


 データにない。どのルートにもない。攻略wikiにも載っていない——ただの、一人の人間の怒り。


 ゲーム知識だけでは勝てない。それをエステルが証明した。


 でも——知識がなくても、味方でいてくれる人がいる。


 それが今、背中ごしに伝わってきた温かさだった。

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