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悪役令嬢に転生したけれど、攻略不可の公爵様にだけは勝てません  作者: 凪乃


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4/12

台本の外

 クラウディア・ヴェルナーは、ゲームでは敵だった。


 公爵令嬢。プライドが高く、エステルの取り巻きの一人。断罪イベントでは真っ先にヴィオラを非難する役だ。


 ——のはずだった。


「ヴィオラ様。先日のパーティでの対応、見事でしたわ」


 教室で、クラウディアが話しかけてきた。


 金髪をきっちりと編み上げた、いかにも高飛車な見た目。でも——その目は、ゲームで見たクラウディアとは何かが違っていた。


「殿下に対して、感情的にならず事実確認を求めるなんて。わたくし、正直驚きましたの」


「……ありがとうございます」


「ただの社交辞令ではありませんわ。あの場で冷静でいられる人間は少ない。わたくしなら同じことができたかしら、と考えてしまいましたもの」


 ——え?


 ゲームのクラウディアは、こんなこと言わない。断罪イベントではエステル側について、ヴィオラを非難する。それが台本だ。


 でも、私はパーティで「台本通りの逆上」をしなかった。冷静に対応した。その結果、クラウディアの反応が——変わった?


「クラウディア様。もしよろしければ、お茶でもいかがですか?」


 自分でも驚くような言葉が口から出た。


 ゲームの攻略情報が頭の中で警告を出す。この人は敵だ。近づくな。


 でも——ここはゲームじゃない。


 クラウディアが目を丸くして、それから小さく笑った。


「まあ。お誘いいただけるなんて。——喜んで」



 中庭のテラスで紅茶を飲みながら、クラウディアと話をした。


 彼女は公爵家の重圧に苦しんでいた。完璧であることを求められ、自分の意見を言えない環境で育った。エステルに従っていたのも、王太子の恋人である聖女に逆らえなかっただけだと。


「——ヴィオラ様は、恐ろしくないのですか? 殿下に逆らって」


「恐ろしいわ。でも、黙って断罪されるよりはましだと思ったの」


「……そうですわね。黙っていれば安全、というわけでもありませんものね」


 クラウディアの瞳に、何かが灯った。それは——自分の言葉で話そうとしている人間の目だ。


 ゲームでは見られなかった表情。台本にはない反応。


 そのとき、テラスの入り口にエステルが現れた。


「あら、クラウディア様。ヴィオラ様とご一緒でしたの?」


 聖女の微笑み。完璧に制御された表情。


「ええ、エステル様。ヴィオラ様にお茶に誘っていただきましたの」


「まあ。仲良くしていただけて嬉しいわ」


 エステルの目が、一瞬だけ私とクラウディアの間を往復した。計算するような視線。


 ——クラウディアの取り込みに来たんだ。


 ゲームでは、クラウディアはエステルの味方だった。エステルにとっては当然の配下。でも私がクラウディアとお茶をしている。それはエステルの計算にない展開のはずだ。


「エステル様も、ご一緒にいかがですか?」


 にっこりと微笑んで誘った。令嬢の仮面は便利だ。


「ありがとう、ヴィオラ様。でも、これから殿下とお約束がありますの。またの機会に」


 エステルが去った後、クラウディアが小さく息を吐いた。


「エステル様は——いつもあのように、人の動きを確認なさいますのよ」


「……そうなの?」


「ええ。誰と誰が親しくしているか、常に把握していらっしゃる。悪意があるかどうかは——わかりませんけれど」


 情報管理型。ゲームでは描写されなかったエステルの一面が見えてきた。


 聖女は、善意だけで動いているのではない。人間関係を把握し、管理し、自分に有利な状況を作り上げている。


 それはまるで——ゲームの攻略を、リアルタイムで実行しているような。


 胸騒ぎがした。でも、まだ確信には至らない。


 ゲームと現実は違う。エステルがただの政治的な聖女なのか、それとも——もっと別の何かなのか。



 放課後、図書室に寄った。


 もう習慣になりつつある。セシルがいるかもしれない、という期待——ではない。断じて。フラグ回避のための情報収集だ。


 棚の間を歩いていると、昨日セシルが読んでいた場所に本が一冊だけ残されていた。


 手に取ると、一冊の古い詩集だった。開くと、間に薄い栞が挟まれている。


 栞の裏に、端的な字で一言。


 『この本を読め。——台本の外にいる人間の話が書いてある』


 セシルの字だ。あのメモと同じ筆跡。


 台本の外にいる人間。


 心臓が鳴った。この人は、どこまで見えているのだろう。


 詩集を胸に抱いて、図書室の窓から中庭を見下ろした。


 エステルがアルベルト殿下と歩いている。微笑みを絶やさず、殿下の腕に手を添えて。


 完璧な聖女。完璧な台本。


 でも、今日わかったことがある。


 ゲームと現実は、同じではない。クラウディアがそうだったように、この世界の人間は台本通りには動かない。私が行動を変えれば、世界も変わる。


 そして——台本の外にいる人が、もう一人いる。


 栞の文字を指でなぞった。


 セシル・レヴィアンス。攻略不可。データなし。


 でも——この人の言葉だけが、ゲーム知識よりもずっと、心に刺さる。


 本の間に挟まれていた栞。そこにはセシルの字で——


 「お前の読書の趣味は悪くない」


 ……褒められた? のか?


 顔が熱くなるのを感じながら、詩集を鞄にしまった。

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