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悪役令嬢に転生したけれど、攻略不可の公爵様にだけは勝てません  作者: 凪乃


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3/12

花壇の回避

 放課後。中庭の花壇に、聖女エステルの姿があった。


 私はそれを二階の窓から確認して、図書室へ向かった。


 回避成功——の、はず。


「ヴィオラ様、今日はいつもと違う道ですね」


 レティシアが小走りでついてくる。


「気分転換よ」


「昨日も気分転換でしたよね?」


「毎日気分転換したいの」


「……ヴィオラ様、もしかして花壇を避けてます?」


 鋭い。この子、意外と勘がいい。


「避けてるわけじゃないわ。ただ、今の時期は花粉が気になるから」


「三月ですよ?」


「早い花粉もあるのよ」


 レティシアが納得していない顔をしたが、それ以上は追及しなかった。


 図書室の扉を開ける。今日の回避計画は完璧だ。花壇には近づかない。エステルと鉢合わせしない。目撃者もいない。フラグ発生の条件を一つも満たさない。


 ——ゲーム知識、最高。


 席に着いて、昨日の続きの本を開いた。この世界の歴史書。ゲーム内では読めなかった設定資料みたいなもので、なかなか面白い。


 三十分ほど読み進めたところで、レティシアが戻ってきた。


「ヴィオラ様! ちょっと面白い話を聞きました」


「何?」


「花壇で、エステル様がお一人で植物のお世話をなさっていたんですけど——途中で誰かを待っていたみたいに、きょろきょろしていたんですって」


 きょろきょろ。


 ——誰かを待っていた?


 ゲームでは、この花壇イベントはヴィオラが来ることが前提で設計されている。エステルが花壇にいて、ヴィオラが通りかかり、口論になる。


 私が来なかったから、エステルは「来るはずの相手が来ない」状態になった。


 待っていた——つまり、エステルは私が来ることを前提にしていた?


 偶然ではなく、意図的に?


 ……考えすぎかもしれない。でも、引っかかる。


「それから、エステル様、少し機嫌が悪そうでした。いつもにこにこしていらっしゃるのに」


 機嫌が悪い聖女。ゲームでは見たことがない。エステルは常に聖女らしく穏やかで、それが王太子を含む全員の信頼を勝ち取る武器だった。


 でも——私がフラグを回避したことで、台本通りに進まなかった。


 その「台本通りに進まないこと」に、エステルが苛立っている?


 ——まるで、エステルも台本を知っているみたいだ。


 いやいや。さすがにそれは飛躍しすぎだ。


「ヴィオラ様? どうかなさいましたか?」


「ううん、何でもない。——ありがとう、レティシア」


 フラグ回避、二つ目クリア。


 花壇イベント不発。エステルの計画が空振り。断罪に至る材料が一つ減った。


 この調子だ。次のフラグも特定して、片っ端から潰していけば——


「今日は遠回りだな」


 背後から声がして、心臓が止まりかけた。


 振り返ると、本棚の陰からセシルが現れた。いつの間にいたのか全くわからなかった。


「れ、レヴィアンス公爵——」


「昨日は東棟の廊下。今日は西棟の図書室。普段使わない経路だろう」


「……なぜ、そんなことを?」


「俺は観察するのが好きでね」


 セシルが向かいの椅子に座った。長い脚を組んで、本棚から適当に一冊抜き取る。


「お前の行動パターンが変わった。断罪の日から」


 ——やばい。


 この人、私の行動を追跡している。それも、パターンの変化まで分析している。


 ゲーム知識でフラグを回避している——そのこと自体はバレていないはず。でも、行動の不自然さは見抜かれている。


「気のせいですわ。私はいつも通りですけれど」


「嘘だな」


 端的に言い切られた。


「お前は何かを知っていて、それに基づいて行動を変えている。まるで——先の展開を読んでいるように」


 息が詰まった。


 核心に近い。あまりにも近い。


 でも、セシルはそれ以上追及しなかった。視線を本に落として、静かにページをめくり始めた。


「別に答えなくていい。ただの感想だ」


 感想って——人の行動パターンを分析しておいて、感想で済ませるの?


 何も言い返せないまま、私も本に視線を戻した。


 心臓がうるさい。フラグ回避の緊張とは違う種類の動揺。この人の前にいると、ゲーム知識が全く役に立たないのだ。


 攻略不可。データなし。予測不能。


 ——なのに、この人だけが私の「本当の姿」に近づいてくる。


 窓の外で、中庭のエステルが花壇の土を払っていた。


 その横で、日記帳のページが風でめくれた。


 次の「イベント」は——もう、始まっているのかもしれない。

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