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悪役令嬢に転生したけれど、攻略不可の公爵様にだけは勝てません  作者: 凪乃


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2/12

データにない人

 翌朝、学園の図書室で攻略wikiの記憶を掘り返していた。


 セシル・レヴィアンス。公爵家当主。


 ゲーム辞典の記述はたった一行。「冷徹な性格のため攻略ルートなし。学園パートでは背景に時折登場する」。


 ——それだけ。攻略wikiにも追加情報なし。ファンの考察スレでも「あの背景にいる黒髪の人」程度の扱い。


 なのに、あの人は私に話しかけてきた。「なぜ笑わなかった」と。


 背景キャラがプレイヤーに話しかけるなんて、ゲームではありえない。


 ——ここは、ゲームじゃないんだ。


 当たり前のことを、改めて突きつけられた気分だった。


「ヴィオラ様! お探ししました!」


 図書室の入り口から、明るい声が飛び込んできた。


 栗色の髪をお団子にまとめた少女——レティシア。私付きの侍女だ。


 ゲームでは名前すら出てこなかったキャラだけど、こうして実際に会うと、くるくるとよく動く目と元気な声が印象的な子だった。


「朝から図書室にいらっしゃるなんて。何かお調べですか?」


「ちょっとね。——ねえ、レティシア。セシル・レヴィアンス公爵のこと、何か知ってる?」


「レヴィアンス公爵ですか? ええと……人嫌いで有名な方ですね。学園にはほとんどいらっしゃらないのに、なぜか在籍はされていて。舞踏会にもお出にならないし、誰とも親しくしないと聞いています」


「誰とも?」


「はい。話しかけた令嬢が一言で追い返されたとか。騎士団長の息子が決闘を申し込んで断られたとか。——あ、でもこの前のパーティにはいらしていたみたいですよ?」


 昨日のパーティ。断罪イベントの場に、セシルがいた。


 ゲームにはセシルがあのイベントに出席する描写なんてない。もともと背景キャラだから、いてもいなくても物語に影響しない——はずだった。


「ヴィオラ様、もしかしてレヴィアンス公爵に何か言われましたか?」


「——少しだけ」


「まあ! あの方が自分から話しかけるなんて。珍しいこともあるものですね」


 レティシアが目を丸くしている。


 珍しい。確かにそうだろう。データにない人が、データにない行動をしている。


 でも、今はセシルのことより先にやるべきことがある。


「レティシア。ちょっと聞きたいんだけど——最近、エステル様の周りで何か変わったことはない?」


「聖女様ですか? そうですね……あ、そういえば。明日の放課後、聖女様が中庭の花壇で植物の世話をなさるそうです。毎週のお務めなんですって」


 花壇。


 記憶が反応した。第3章の断罪イベントの後、次に発生するフラグは——「花壇での聖女いじめ疑惑」。


 ゲームでは、ヴィオラが花壇でエステルと鉢合わせし、口論になる。その様子を他の生徒が目撃し、「悪役令嬢が聖女をいじめている」という噂が広まる。


 これが第二の断罪フラグ。


 ——回避策はシンプルだ。花壇に近づかなければいい。


「レティシア、明日の放課後なんだけど、私に予定を入れてくれない?」


「予定、ですか?」


「そう。図書室で読書でもいいし、教室で刺繍でもいい。とにかく中庭に行かない用事を」


「承知しました! あ、でもヴィオラ様、刺繍はあまりお得意ではないのでは——」


「……図書室にして」


 レティシアがくすくす笑った。この子は遠慮なく突っ込んでくるタイプらしい。嫌いじゃない。


 フラグの特定と回避策。一つ目は昨日クリアした。二つ目も目処が立った。


 この調子で全部のフラグを潰していけば、断罪エンドは回避できる。


 ——理論上は。


 問題は、ゲームと現実がどこまで一致しているか。昨日のパーティでも、細かい部分がゲームと違っていた。エステルの表情とか、殿下の反応とか。


 そして何より——セシル・レヴィアンスの存在。


 考えていると、図書室の扉が開いた。


 足音もなく。気配もなく。


 気づいたときには、隣の席にセシルが座っていた。


「——っ!?」


「騒ぐな。図書室だ」


「い、いつから——」


「今」


 セシルは一冊の本を開いて、視線を落とした。まるで最初からそこにいたかのように自然に。


 隣。よりにもよって隣の席。図書室にはいくらでも空席があるのに。


 ——この人、なんで私の隣に?


 ゲーム知識を検索する。セシルの行動パターン——データなし。好感度イベント——存在しない。攻略不可キャラの行動原理——不明。


 何一つ参考になる情報がない。


 レティシアが向かいの席で目を白黒させている。


 セシルはページをめくるだけで、何も話しかけてこない。


 沈黙が続いた。居心地が悪い。でも——不思議と、嫌ではなかった。


 十分ほど経って、セシルが本を閉じた。


「——また来る」


 それだけ言って、図書室を出て行った。


 残された私とレティシアが、顔を見合わせた。


「ヴィオラ様……今の、何だったんでしょう?」


「わからない」


 本当にわからなかった。データにない人が、データにない行動をしている。予測も対策もできない。


 立ち上がろうとして、セシルが座っていた席を見た。


 テーブルの上に、小さなメモが置かれていた。


 端的な字で、一言だけ。


 『お前はいつも、何かを避けているように見える』


 心臓が跳ねた。


 ——バレてる? いや、具体的に何かを知っているわけじゃない。でも、あの人は見ている。私の行動の「不自然さ」を。


 攻略不可の公爵は、データにないくせに——やたらと観察力が鋭かった。

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