第九話「適応スライム」
「こういうことは、よくありますの?」
目の前で繰り広げられるスライムの争い。
領主メリッサ・ハートメイは、禁忌の召喚士ゾーロンに尋ねた。
勝者のスライムは敗者を呑み込んで、今は動きを止めている。
「ある。
でもな、それで姿が変わることはねえ」
ぶりゅん!
不意に、勝者のスライムが身震いした。
ぐにょ……ぐぢゅぐぢゅ……ぶにゅ。
赤かった体が掻き回されるように蠢くと、緑に染まっていく。
……ぷつり……ぷつり。
泡のように、紫の斑が浮かび上がる。
「――んっ!」
付喪神の少女がメリッサにしがみつく。
ゾーロンが、手で動くなと指示を出す。
スライムが、こっちを見た気がした。
*
ぐにょーん……ぐにゅーん……。
スライムは立ち去っていく。
「興味深いわね。
あなたの召喚ラインナップにいいんじゃない?」
ゾーロンが警戒を解くなり、眼鏡の付喪神ブリレ・ギヤマンが訊いた。
「ここ、実質三層だろ?
いらねえ、召喚獣は一層魔物だけって決めてんだ」
「ゾーロンさん。
層ってなんですの?」
間髪入れずにメリッサが尋ねる。
「ここじゃ説明しにくいがな……。
普通は階層を繋ぐ道があんだよ。
気づきにくいとことか、ボス部屋の奥とかにな」
「ここは景色が変わりますわね」
「ああ。だから普通じゃねえ」
だから「ここは実質三層」ということですのね。
道を進んでいないはずなのに、勝手に次の階層がくる……面白いですわね!
「で、どうする……領主の嬢ちゃん?
小さい嬢ちゃんもいるし、いったん帰るか?」
メリッサは付喪神の少女を見る。
少女は見つめ返す。
ここは安全圏に近いですし……この機会に、もうちょっとお聞きしたいですわ。
「ダンジョンについて、もう少し教えてくださいませんこと?」
「私も聞きたいわね。
その召喚獣の量……あなた、並の冒険者じゃないでしょう?」
ゾーロンは眼鏡から注がれる視線を無視して、メリッサに言い聞かせた。
「いいか、領主。
自慢じゃねえがダンジョン潜って百余年。
こんなダンジョンは見たことねえ。
……それがどれだけやばいことか、分かってくれ」
メリッサは名残惜しそうに、雪解けとともに蘇っていた森の奥をみつめた。
その時であった。
「――収束光線!」
じゅっ。
スライムが蒸発した。
少女は森の影から狙われていた。
ギヤマンの魔術が、視線の主を仕留めたのだ。
「スライムの視線が変わってるわ」
そう言ったギヤマンは、眼鏡の位置を指先で正すと、周囲を警戒する。
「ギヤマンさん――。
分かりましたわ、帰還しましょう」
「……ちょっとだけ、でしたものね」
「ん」
リーペンワープの城門をくぐるあたりで、メリッサは尋ねた。
「で、ゾーロンさん。
調査にはご協力いただけますの?」
*
「――ったく。
領主の嬢ちゃんが無鉄砲な馬鹿ってわけじゃねえから、協力はしてやるがな……」
リーペンワープ城前の広場。
結成されたばかりのダンジョン調査班が整列している。
騎士、冒険者、そして研究員から選ばれた者たちだ。
マレンが能力を見て各班に振り分けた。
メリッサと少女、騎士マレン・クーバー、そしてゾーロンは領主館から指揮を執る。
「俺の召喚獣に手荒な真似してみろ。そいつらの飯にしてやっからな!」
調査班の前でゾーロンが叫ぶ。
調査班には一隊につき一匹ずつ、ゾーロンのネズミが通信士として加わっている。
リーペンワープの通信機器が修理できない今、マレンが連絡手段として見出したのだ。
「んん〜」
付喪神の少女は、子供好きらしいネズミの一匹にあやされていた。
服装は簡素なワンピースに戻っている。
「だいたい何匹くらいおりますの?」
「直接契約してんのは五〇三二匹。
繁殖したやつも入れると――ざっと五十万くらいか」
「……大丈夫ですの?」
ゾーロンは苦笑いを浮かべる。
「知るかよ。禁忌だぜ?
ま、過重契約で死ぬのは、そうだな……深層ボスを5体とか。
そんな無茶するやつだけさ。
――たぶんな」
マレンが演台に登り、吠えた。
「――調査班、出動!」
リーペンワープの調査班は、城門へ向かった。
*
「……ゾーロンさん、面白い情報はありませんの?」
「うるせえ、ちっとは我慢しろ」
メリッサの質問を、ゾーロンが払いのける。
「メリッサ様、それは三分前にもお聞きになりましたよ」
外を眺めていたマレンが釘を刺す。
メリッサは領主館の作戦室をうろうろしては、マレンやゾーロンに聞いて回っていた。
そこにネズミが一匹、帰ってくる。
――報告ですわ!
「お待ちどさん。
嬢ちゃん、面白い情報だ」
「なんですの!」
「ん!」
調査班も幾度か戦闘を行ったようだが、争いはスライム同士が主であった。
「あいつら、殻ができたそうだ」
「殻ができましたのね!」
「んんん!」
「防御力が上がりますね。
厄介かもしれません」
ゾーロンが絵付きの報告書を広げると、メリッサとマレン、そして少女が覗き込む。
「殻――硬い素材ができたってことですわね。
面白いことになりますわよ!」
「……メリッサ様、どういうことでしょうか」
「こういうことですわ!」
メリッサは仮想魔術を展開する。
青い設計図から現れたのは、半実体のゴムドレス。説明用のミニチュアだ。
形成されるなり、ふにゃっと机の上に倒れてしまう。
「嬢ちゃん、それで、どうなるんだ?」
「これが今までのスライムですわ。
これからは――」
メリッサは新しい設計図を展開する。
立ち上がったのは騎士の鎧のミニチュアだ。
形成された後も倒れない。
「これだけじゃありませんわよ」
メリッサはゴムドレスの設計を更新する。
新しい設計図が通り抜けると、ゴムドレスも直立した。
中にトルソーが入ったのだ。
「ん? ん?」
付喪神の少女が、鎧に下げられた騎士剣を突っついていることに、マレンが気づいた。
「メリッサ様、感謝申し上げます」
「どういたしましてですわ、マレン?」
「ゾーロン、今すぐ隊員に伝えろ。
――奴らが、武器を持つ」
*
「ふふっ――面白いですわね!」
リーペンワープ領主館の作戦室。
壁一面に貼られた様々な種類の「スライム」の絵。
八つ目で口が異様に伸びたもの、長い足と長い棘が並ぶもの、長短様々なウロコに覆われたもの――もはや、平べったいゼリー状だった面影は残っていない。
だが、マレンの即断もあって、調査班の被害は数名の軽傷だけで済んでいる。
「ゾーロン、このような魔物に見覚えは?」
「……悔しいが知らねえな。
ダンジョン深層の噂とかでも、聞いたことがねえ」
マレンとゾーロンも少し離れて、絵の「スライム」について議論する。
「んっ、ん〜っ!」
付喪神の少女はメリッサと一緒に壁を見ながら、全身を掻きむしっている。
「――痒いんですの?
掻きすぎると痛くなりますわ」
メリッサが少女の皮膚を見ると、発疹が出て赤くなっている。
――違いますわ。
「マレン」
「メリッサ様、どうなされました?」
メリッサは真剣な顔で言った。
「リーペンワープが攻撃を受けていますわ!」
*
もぞ……。
もぞもぞ……。
「これは……」
「酷いですわ」
「ん〜っ! ん〜ん〜っ!」
メリッサとマレンが城壁の上から見下ろす。
少女は痒くてたまらない様子だ。
リーペンワープの城壁には、鈍く光る球形の「鱗スライム」が、びっしりとへばりついていた。
ばちちっ。
「んんっ!」
鱗スライムが場所を取り合うたびに、電撃が走る。
そのたび、少女が特に辛そうな顔になる。
「魔法を使っていますね」
じょり。じょり。
嫌な音もしますわね。
「城壁も食べられてますわ」
「なぜ、そう思われるので?」
「この子の痒みですわ。
彼女、リーペンワープですもの」
マレンは少女をちらと見て、即座に伝令のネズミを走らせる。宛先はゾーロンだ。
「近くの調査班を城壁の掃除に回します」
「頼みますわ。掃除したら帰還しましょう。
――この子のためにも」
「んー! んんー!」
ううん……痒みをなんとかしてあげたいですわね。
――そうですわ!
*
ふわん、ふわん。
ふよーん、ふよーん。
ふぁ、ふぁ、ふぁ。
リーペンワープの上空に「風乗りスライム」が揺蕩う。
大きいのから小さいのまで、各々のリズムで魔法の風を起こしている。
「さ、こっちですわよ。
もうじき、その痒みをなんとかしますわ!」
「んんんーっ」
その下をメリッサと少女が駆ける。
目指すは、鎖国している幕府国より流れ着いた研究者の家。
リーペンワープの建築時から参加し、耐震魔術の提供や万能翻訳機関の開発で協力してくれたという。
「ありましたわ!」
その家は居住区の一角にあった。
外観は……特に変哲ありませんわね。
メリッサはちょっとがっかりした。
「領主のメリッサ・ハートメイですわ!
お話を伺いたいんですの!」
――チリリン。
メリッサは魔動呼出器のボタンを押すと、鈴の音がした。
――こんな音でしたかしら?
しばらくすると、中から家主が現れた。
「なんじゃ?
……その子、付喪神にしては幼いのう」
「んーっ、ん?」
付喪神の少女はその姿に釘付けになった。
歳の頃は分からない。
メリッサよりだいぶ背は低く、美しい白銀の髪を腰の上まで伸ばしている。
その腰から生えるふっさりとした尾は楽しそうに揺れ、頭の上の三角耳は少女へ向いている。
狐人の女性だ。
「この子、リーペンワープですの。
城壁に張り付いた魔物のせいで、痒いみたいでして」
「ほほう」
狐人は少女を見ながら、耳だけぴっとメリッサのほうに向ける。
「ヒトガタで影響を抑えられるのではなくて?
そう思って来ましたの」
「ほう。
ま、はいるのじゃ。
茶を入れるでの」
「お邪魔しますわ!」
「ん!」
メリッサと少女は、家主の案内で狐人の家に入った。
ドアが外側に開く――逆ですわね?
……素晴らしいですわ!
期待通りの光景に、メリッサの胸は高鳴った。
「しかし、難破もしてみるもんじゃの。
ここの生活も面白いわい」
「この扉と、あと奥の扉は、なんて名前でして?」
「障子と襖じゃ」
広くはない部屋の中、異国の間仕切りがそこかしこにある。
格子状の枠組みに薄い紙を貼ったものだ。
控えめな絵が描かれた横開き戸も、紙と枠でできている。
「それと、靴は脱ぐのじゃよ?」
「え、そうですの?」
「ん?」
メリッサは少女の靴も脱がせて、部屋へ上がる。
廊下の奥の部屋には、すべすべとした草の敷物が敷かれていた。
「草の絨毯ですの?
なんだか、分厚いですわ」
「タタミというものじゃ」
低いテーブルの周りに、大きくて真四角の枕が置かれている。
「こちら、どう座ればよろしいんですの?」
「座布団じゃの。その子を真似ればよい」
「ん〜」
少女は足を投げ出して座っていた。
まだ痒いようで身体を掻いているが、部屋のことも気になる様子。
きょろきょろと辺りを見回している。
メリッサは言われるまま座ってみる。
足先を遊ばせながら、ぐるりと部屋を観察する。
巻かれた紙、木の板、異国の筆記具……。
幕府国の技術ですわ!
「お主は新領主じゃったの。
たしか魔動工学士じゃろう」
茶を持って来た狐人が、目を輝かせるメリッサに声をかける。
「ええ。
幕府国の技術、大いに興味がありますわ。
色々お話をお聞きしたいですわ!」
「んん」
「……まずは、ヒトガタ技術から、お聞かせいただけますこと?」
付喪神の少女に袖を引っ張られ、メリッサは慌てて付け加える。
――元から、そのつもりでしてよ?
「うむ。
まず聞くが、その子の名はなんじゃ?」
「リーペンワープですわ」
「……街の名じゃな」
そういうと狐人は首を振った。
「名乗らんで名前の話をするのもなんじゃな。
わしは巫女のシノじゃ」
狐人の巫女、シノは遠い目をする。
「ギヤマンも答えられんかったが、そういうことじゃったか……。
あやつ、作者に愛されたと言っとるが、名は与えられとらんようじゃったからの」
「名前があると、何かあるんですの?」
「繋がりを制御するにはの、それぞれが別の名を持つ必要があるのじゃ」
シノはお茶をすする。
その話でメリッサは合点がいった。
「送魔線の色を変えておくようなものですのね?」
忘れると間違った線を繋いでしまいますもの。
「……まあ、そうじゃな。
で、候補はあるかの?」
「ん!」
少女がメリッサのほうを見る。
「リープとリッペ、この二つですわ」
「お前のセンスじゃなさそうじゃの」
「農園のセレアレ――」
――に考えてもらいましたの。
メリッサが、そう言いかけた時であった。
どごぉぉぉん……。
強い衝撃が街を襲った。
「んっ!
ん……。
……」
少女がぐったりする。
ひとりでに簡素なワンピースの背が裂け、血が流れ出した。
「急ぐぞえ!
――っ」
「……ん。
……ん?」
シノがヒトガタを貼り付ける。
傷が塞がり、血は止まり、少女が意識を取り戻す。
だが、裂けたワンピースの奥には、はっきりと痕が残っている。
「応急処置じゃ。街の影響を抑えておる。
じゃが、繋がりを弱めただけじゃということを、忘れるでないぞ」
チュウ。
いつの間にか伝令のネズミが上がり込んでいた。
「マレンからですわ」
「――中央通りに魔物が墜落、被害甚大」
メリッサは外へと飛び出した。
「ん! ん!」
少女も後を追いかける。
二人は空を見上げた。
ふわん、ふわ――ばりばりっ。
風乗りスライムを雷光が貫く。
稲妻が街を襲い、家々をえぐる。
「あれは……なんですの?」
風乗りスライムは、空を泳ぐ「バケモノ」に喰らわれた。




