第八話「禁忌の召喚士」
うねうね。
もちもち。
ぷるんぷるん。
リーペンワープは、色とりどりのスライムの群れに囲まれていた。
「ん〜?」
城壁の上、付喪神の少女が外の世界を見下ろす。
平べったいスライムは手のひら大。
のろのろと這い回っては、別個体に乗り上げたり、潜ったりしている。
「メリッサ様、調査しますか?
調査隊の士気も高く、食料は十分かと思いますが」
犬人の騎士マレン・クーバーが領主メリッサ・ハートメイの指示を仰ぐ。
穏やかな日差しの中、爽やかな風が彼の白い長毛を撫でる。
初日の汚れを洗い流して、彼の被毛は輝きを取り戻していた。
「可能なら、やっておきたいですわ。
ただ――私でも通信機関を直せませんのよ?
部品がありませんもの」
「そこで、紹介したい者が」
マレンは一枚の魔動晶板を取り出した。
そこに住民情報が映し出される。
――魔族、自称一三〇歳、召喚士、禁忌「過重契約」を犯して魔族国から追放。
「ゾーロン……?
薄々思っておりましたけど、リーペンワープってこういう方が多くて?」
メリッサはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「ええ、まあ。
彼の召喚術は一般的なものではありませんので、役立つかと。
ただ……」
マレンは姿勢を正した。
「今回の調査に、反対しております」
*
「お邪魔しますわ……きゃっ」
「んっ!」
禁忌の召喚士ゾーロンの部屋に足を踏み入れようとしたメリッサは、飛び退いた。
付喪神の少女も、一緒に飛ぶ。
「気をつけろよ、嬢ちゃんたち。
踏み潰したらタダじゃおかねぇ」
部屋の中を、小動物、虫、小鳥にコウモリ……無数の小型魔物がそこら中を駆け回っている。
その奥に年季物の黒い革のコートを着た壮年の男が、どっかりと腰を下ろしている。
頭には魔族の角、無精髭を生やしているが、金色の目には生気が宿っている。
「……召喚を、解いてくださいまし」
「悪いが、コイツらに運動させてやんねえとな。
で、領主直々に何の用だ?」
そう言ってゾーロンは不敵に笑う。
余裕を湛えた目に見据えられ、メリッサは肝が冷えた気がした。
「ええ、ダンジョンの調査にご協力を――」
「断る。
馬鹿に付き合って死ぬ気はねえ」
馬鹿ですって?
――メリッサはその言葉に少し、ムッときた。
「現状、このダンジョンのことは全く分かっておりませんわ。
次に来た時、この現象に出会えるかも不透明――。
ですので、今、調査すべきだと思いますの」
「そいつが馬鹿だ、ってんだ。
死にてえのか?」
ゾーロンが凄む。
「どこが馬鹿だとおっしゃりますの?」
メリッサも食い下がる。
「こんな満身創痍の街でやることじゃねえ」
「だから万新創意で乗り越えますわ」
「それは慢心相違の間違いだろ」
言い争いに、メリッサは子供っぽい笑顔をつくってみせる。
ゾーロンが溜息をついて、メリッサを真剣な目で見つめる。
「……嬢ちゃん、戦えるか?」
「ええ。マレンからも信頼されてますわ」
メリッサは堂々と答える。
「……チッ」
ゾーロンが舌打ちするも、ゆったりと立ち上がる。
部屋中に散っていた無数の小型魔物たちが、ゾーロンの身体に帰っていく。
「分かった。
お前にダンジョン探索ってもんを見せてやる」
禁忌の召喚士はコートを整えながら言った。
「三十分後、護衛を連れて城門に来い」
*
「おい……その子、お見送りだよな?」
三十分後、城門の前。
ゾーロンは呆れた声で訊いた。
メリッサの横には、ぴったりと付喪神の少女がついている。
「同行しますわ」
「馬鹿か。
……死ぬぞ?」
「無理なんですの」
そこに遠くから声が響いた。
「領主様!
それとゾーロン、会うのは初めてよね」
眼鏡の付喪神ブリレ・ギヤマンである。
三十代くらいにみえるが、彼女も百歳を超えている――眼鏡として。
「あー、ブリレ・ギヤマンだったか?
怪しい研究をして学院を追われたとか」
「あなたも、体内で魔物を繁殖させているんでしょう?」
ブリレの眼鏡が輝く。
彼女の研究は付喪神が子供を持つこと。
メリッサに懐いている少女は、はじめての成果だった。
ゾーロンは身構えた。
「で、ギヤマンさん。
例のものは持ってきていただけて?」
「ええ、幕府国から流れ着いた研究者のやつでしょ――興味深いわね」
「ん?」
ギヤマンは巾着から人の形に切り抜かれた紙を取り出す。
「なんだ……これ?」
「これ、どう使いますの?」
「ん! ん!」
メリッサが摘み上げる。
付喪神の少女はぴょんぴょん跳ねて、よく見ようとする。
「じゃ、領主様。
――いってらっしゃい」
「え?
……城門から出れば宜しくて?」
付喪神の少女がメリッサの袖を引っ張る。
ギヤマンが少女を引き剥がすと、メリッサは城門の開閉スイッチへ向かう。
「おい! まて!」
「領主様、開けて」
ゾーロンが止めるも、ギヤマンは構わず指示を出す。
メリッサはスイッチをいじった。
「――?
また、故障ですわ……」
「おい、開かねえのかよ」
「違うわ――」
ギヤマンがぱっと少女から手を離す。
少女はメリッサに駆け寄って、ぎゅーっと抱きつく。
「――私たち、執着するの」
ゾーロンは納得した。
「……オメエら、同族か」
メリッサは飲み込めていない。
「どういうことですの?」
「私たち、付喪神はね、強い執着を持つのよ。
愛されたり、嫌われたモノとしてね」
メリッサの問いに、ギヤマンが答える。
それは、次第に情念の籠ったものになっていく。
「ちなみに、私は愛されすぎたクチよ。
私の作者は「これ以上の作品は、もう創れない」とか言って、ね。
引退しやがったのよっ」
私の、先を見せてよ。
あんた、まだ若かったでしょ。
もっと――
「ギヤマン!
で、本題は?」
ゾーロンは、恨み節を呟きはじめたギヤマンを制して、ヒトガタを指差した。
それは、ぽかーんとしているメリッサの手に包まれている。
「ん〜?」
「――そ、そうですわ!
ギヤマンさん、これ、どう使うんですの?」
我に返ったメリッサの手の中を、付喪神の少女が覗き込む。
「その子に、貼り付ける」
「この子に、貼り付ける……だけですの?」
「それだけよ」
メリッサは、拍子抜けした。
あまりにもあっさりした使用法である。
「必要なものは全部入ってるそうよ」
「……わかり、ましたわ」
メリッサは半信半疑で、少女の頭にヒトガタを貼り付けてみる。
「ひゃっ――」
その瞬間、風が舞った。
少女が、淡く光を放つ旋風に包まれる。
「これは……まあ!」
旋風が止んだ時、メリッサたちは目を見開いた。
少女の簡素な生成りのワンピースは、前合わせの四角っぽい衣服になっていた。
腰には髪と同じ花崗岩の色をした帯。
髪を纏めていたバレッタは、櫛になっていた。
それは跳躍機関を模していて、上に一つ、前後に三つの小さなクリスタルがついている。
それは幕府国の伝統衣装のようだった。
「ヒューゥ。
こいつは、驚いた。
似合ってるぜ……小さい嬢ちゃん」
「ふふふ……面白い変化だわ」
ゾーロンが口笛を吹く。
ギヤマンの眼鏡は、怪しく光っている。
「これで、この子も外に出られますわね」
「……はぁ!?
あぁ、無理つってたもんなぁ。
いいか領主、ちょっとだけだからな!
ギヤマン! しっかり護衛しろよ?」
ゾーロンはそう言うと、城門の前へと向かう。
「その城門は、自動ですわよ?」
「知ってるよ。
勝手に全開になっちゃ、警戒もへったくれもねえ」
「まあ! 父の発明になんてことをいいますの!」
メリッサは怒るが、ゾーロンは意に介さず城門に手をかける。
「てなわけで、俺からも一言。
――このダンジョンは、普通じゃねえ」
そう言うとゾーロンは扉に耳をつける。
メリッサも駆け寄って、一緒になって聞いてみる。
「何が聞こえますの?」
「ん?」
付喪神の少女も真似をする。
ぐにょぐにょ。
ぶにゅぶにゅ。
ぐじゃりぐじゃり。
「……まず魔物だ。
こいつら、変化してやがる」
「それは、あり得ませんの?」
「そんなことがあったら、俺のネズミ達は今頃ドラゴンになってる」
そう言うゾーロンの肩の上、ネズミの魔物が一匹。
これまた扉の向こうに耳を澄ませていた。
そいつがひと鳴きする。
「よし、いくぞ。
ギヤマン、戦闘準備だ」
ゾーロンが扉から耳を離す。
メリッサたちも離れたのを確認すると、彼は少しだけ城門を開いた。
「いまだ、出ろ」
ちょうど城門前にスライムの姿がない。
ゾーロンがさっと、飛び出していく。
「あれ? おかしいですわ」
「いいから、出ろ!」
「ん! ん!」
疑問に立ち止まるメリッサ。
すぐさまゾーロンが腕を掴んで引っ張り出す。
メリッサの後を追って付喪神の少女も外へ出た。
「素晴らしいわ! 私たち付喪神が! 本体から離れられるなんて!」
「ギヤマン! 警戒しろつったろうが! 早く来い!」
ギヤマンが天を仰いで喜ぶ姿に、ゾーロンが怒鳴る。
「……他にいなかったのかよ」
ゾーロンは小さく溢すが、すぐにメリッサに向き直る。
その目は、面白がっているように見える。
「で、さっき、何に気がついた?」
「スライムの数が減って――大きくなってますわ」
ぐにょん!
ぶにゅん!
じゅるじゅる……。
メリッサたちの目の前で、敗者のスライムが吸い込まれていった。




