第七話「奇跡と現実」
「さあ! たしか、こっちでしたわ!」
「ちょちょ、待ってください、領主様……っ」
「ん〜っ!」
リーペンワープ、道だけは褒めて差し上げますわ!
……本当に、あのスパゲッティのような王都を建てた王国作ですの?
祝勝会が中止になった酒場の前、領主メリッサ・ハートメイが急いでいた。
緑髪の元仮聖女セレアレと、街の付喪神の少女が慌ててついていく。
地王星に帰れていたなら、酒で潰れた冒険者がそこいらに倒れていたはず。
今は、空腹で倒れそうな研究員が休業の張り紙を見つめ、凍えながら立ち去っていく。
「着きましたわ」
メリッサが目指していたのは、住民なら誰もが知っている研究施設だった。
「……病院ですか?」
「ん〜?」
*
リーペンワープ医療研究所。
複数の研究棟を備え、この秘密都市の医療を治療から研究まで一手に担っている。
暴れ風の影響を片付け、とりあえずの空間を確保したロビー。
目的の診察室からも、その爪痕を消す余裕はなかった。
「いま、よろしくて?」
メリッサに声をかけられた医師は、嫌そうな目を向ける。
一息ついていたところだった。
深く被った唾広の三角帽、ゆったりとした長いローブ。
どちらも彼女の全身を覆い隠している。
「見たところ……怪我も病気もなさそうね。
――何しにきたの?」
二十代後半ぐらいに見えるその女医は、メリッサたちを一瞥する。
「ん……?」
付喪神の少女が女医を見上げる。
帽子の陰から薄紫の花弁が覗いている。
「ちょっと、みて欲しいことがありますの」
「今、忙しいのよ。
それと、空腹だし」
女医は診療室の奥へ、ちらっと視線を送る。
何人もの怪我人が寝かされている。
「その食料確保について、ですわ。
こちら、セレアレさん。
聖女のお力を持っているそうなんですけれど、使えませんの」
「それは封印して頂いて――」
メリッサは早口でセレアレを制する。
「その封印を確認していただきたいのですわ」
「あなたは黙って」
女医に注意をされてもメリッサは止まらない。
「領主として、ぜひ彼女の封印を解く糸口を――」
「領主様。
ドクターストップ」
女医は止まらないメリッサに釘を刺した。
「あなたが新領主なのね。この街らしいわ。
で、問題はあなたよ――」
女医はやっと落ち着いたメリッサへ口角を少しだけ上げてみせる。
そして、すぐに真剣な顔でセレアレを見つめる。
「領主様はこう言ってらっしゃるけど――
あなたはどうしたいの?」
「わ、わたしは……お医者様は空腹なんですよね……」
女医は溜息をつく。
「私のことはいいから。
あなたのことは、あなたのこと」
セレアレはメリッサを見た。
期待の目をしている。
セレアレは付喪神の少女を見た。
「んー?」
首を傾げる。
「じゃ、じゃあ、診断だけでも……?」
「ま、そうね。
そうじゃないと領主様がなに言い出すかわからないわ」
女医はそう言うと、目を細めてメリッサを見つめるのだった。
*
「はい、じゃあまずは魔術が使えるか確認しますねー。
手、出してくださーい。
魔力、流しますよー」
女医はセレアレの手を取ると魔力を流していく。
表情ひとつ変えない。
「はい、じゃあ次は反対の手――おっと。
……ちょっと席を外しますね」
女医は首を傾げながら、部屋を出ていった。
その姿を見送っていたセレアレが震えはじめる。
「んん?」
ローブの裾から幾重にも枝分かれした葉と、蔓がはみ出ていた。
「ト……トッ……」
「大丈夫ですこと? 病院は苦手でしたかしら?」
セレアレは声を抑えて言った。
「あの先生、トリカブトの草人ですよっ」
「……? 珍しいですわね」
「そ、それだけですか?」
セレアレは震えている。
「マレンが、ここは優秀な者を集めている、って言っていましたわ。
彼女もきっと腕がいいんですわね。
毒があるんですもの」
印象というものは、並大抵の努力で覆せるものではありませんわ。
やっかみを覆す気のなかった私が言うんですもの、間違いありませんことよ。
「領主様が、そういうなら――」
「ん?」
付喪神の少女が診察室の入り口の方を向く。
すると、女医が帰ってきた。
「ごめんなさいね。
忙しくて、蔓が伸びてたの」
――処理してたんだけどな、と女医は小声で漏らした。
メリッサは聞き逃さなかった。
「それ、違いますわ。
セレアレ――聖女の力、まだ使えますわよ!」
メリッサは女医を指差す。
「これは聖女の力、植物成長促進ですわ。
診察で魔力を流した時に発動しましたのね」
メリッサはひとりで納得している。
少女も一緒に頷いている。
「そ、そんなはず!
……でも、そう、なんですね?」
セレアレは女医を見る。
トリカブトの女医はあえて口をつぐんだ。
「ど、どうしよう……。
私は、封印して頂いたのに、もう、聖女様じゃないのに、なんで……」
セレアレは独り言のように呟く。
「なにか、問題がありまして?」
メリッサは輝かんばかりの顔でセレアレの目を覗き込んだ。
セレアレは少しギョッとしてから、目を伏せた。
「私だって、助けたいんです。
でも、聖女様じゃない私が、聖女様の力を振るうなんて」
セレアレの目から涙が溢れた。
「……罰当たりなこと、できません」
メリッサは考えた。どうすれば説得できるかしら。
こういう話は苦手ですわ……。
「ちょっといいかしら?」
女医は診察室の奥を見た。
床にまで簡易ベッドが並べられ、重傷者が治療を受けている。
「医師としては、栄養のある食事を処方したいところなの。
だから、次のお祈りの時に言っといて頂戴。
――アコラ・ニタムに脅されたって」
トリカブトの女医、アコラ・ニタムはそう言って笑った。
それでもセレアレは俯いたまま、肩を振るわせる。
「メリッサ・ハートメイも追加してくださいまし!」
「ん!」
メリッサ、そして付喪神の少女がアコラの横に飛び込んだ。
アコラは一瞬、迷惑そうな表情を浮かべるが、すぐにセレアレに目線を戻す。
三人の顔は自信に満ちていた。
「……わかりました」
セレアレは、頷いた。
*
「セレアレさん。
検査のためにちょっと眠ってもらいますよー。
――天然魔法陣『惰眠』」
アコラの手に光の粒が集まると、絡まった糸のような立体を形成する。
自然物を模倣した天然魔法陣に特徴的な形である。
それが、魔術検査室のベッドに寝かされたセレアレの身体に吸い込まれると、元仮聖女は静かに眠った。
腕に包帯を巻いた医療班員が痛みに顔を歪ませながらも、セレアレに検査機器を取り付けていく。
……医者なのに、医療魔術を使わなかったんですの?
メリッサがそう思っていると、準備を手伝っていたアコラが声をかけた。
「あとは検査科に任せてっと――。
どうしたの、神妙な顔して。
自分たちのことは後回しになっちゃうのよ」
「ご苦労なさってますのね……」
「こんな状況だから仕方ないわよ。
そんなことより――」
アコラは眠っているセレアレの顔をじっと見つめる。
「彼女、強力な術式を身体に埋め込まれてるわね」
「どういうことですの?」
アコラはメリッサのほうに向き直る。
「普通の魔術は、診療用の弱い魔力流なんかで発動しないものよ」
「まるで……魔道具ですわね」
メリッサはセレアレをもう一度、よくみてみる。
なんの変哲もない少女だ。
「帝国数千年の農業魔術と一体にされた聖女……。
なんでそのような方を、帝国は手放されたんですの?」
「訳あって推測できるんだけど。
還俗させてすぐ、暗殺する気だったのかもしれないわ」
「まあ! なんて、もったいのないことをなさるのかしら。
いらないのなら、この私が拾って差し上げますのに」
メリッサの目に火が灯る。
さあ、セレアレさん。
あなたと奇跡を造りますわよ!
「早くしたいのはわかるけど、詳しいことは明日までお預けよ。
優先はするけど――」
アコラは言葉を止めて、真剣な目でメリッサを見つめる。
「正直、この気温だとリーペンワープは持ってあと二日ね」
*
そろそろ眠っても、よろしいかしら。
メリッサは機関制御室で、急造した都市暖房の調子を見ていた。
ここ数時間は順調だが……止まれば死ぬ。
「ここにいたのね」
入ってきたのは、アコラだった。
セレアレの検査結果が書かれた魔動石板を手渡す。
「お待ちかねの検査結果。
――もう明け方よ。ちょっとは寝なさいね?」
アコラは苦笑する。
「ええ、そうしますわ……ごめんあそばせ!」
メリッサは機関制御室を飛び出した。
――設計図、浮かびましたわ!
向かった先は作業室。
「仮想魔術『試作品』!」
セレアレに埋め込まれた魔術を再現することは難しい。
工学魔術体系ではないからだ。
だが、外部から魔力流を流し込めば作動する。
診察の時、アコラの蔓が伸びたことがそれを証明している。
仮想魔術で試作を重ねる。
青い設計図が展開されては、書き換えられていく。
「これでいけますわ!」
メリッサは領主館中を回って部品をかき集めた。
いますぐ必要のない機関や魔道具は、躊躇なく解体した。
そして――
*
「さあ、セレアレさん!
これを身につけてくださいまし!」
「えっと、その、これ……ですか?」
メリッサが持ってきたのは、軽装鎧の胸当。
――の上に無数の魔動部品が所狭しとくっつけられた、実験結果だった。
さらに横からは送魔線が伸び、小手と呼ぶにはいささか不恰好なモノに繋がっている。
「これで、あなたと奇跡を造りますのよ」
「……えぇっ?」
「これで、あなたの中に残った聖女の力を、外部から制御しますの」
そう説明しながら、メリッサはセレアレの肩を押す。
セレアレは言われるがまま、屋敷型農園の椅子に座らされた。
メリッサは躊躇いなく装備をつけていく。
「さあ、これを手におはめくださいませ!」
「は、はい……。
うわ、なんか……重たい」
「見た目より機能が詰まっておりましてよ!
あなたの手に合わせましたの」
今回もサイズはピッタリだった。
メリッサの目測は、だいたい当たる。
「いや、そういうことじゃないです。
……で、どう使うんですか?」
「まずは、ここのボタンですわ。
これで使う力を選択いたしますの」
「わかりにくい……」
よく見ると、小手の上には魔動部品に隠れてボタンが並んでいる。
「試作品ですから、我慢してくださいまし。
で、手を聖女っぽく上にかざしますの」
「……いや、そういうことしないですよ」
「これは試作品ですわ。
そうすると、魔力が胸当ての電池から供給されて――」
セレアレは呆れたようにメリッサを遮った。
「で、どのボタンが育みの奇跡なんですか。
早くしないと、民が飢えてしまいますよ?」
その声色は、たしかに聖女の面影があった。
「これですわ、聖女様」
メリッサは自信に満ちた顔で、ひとつのボタンを指差した。
セレアレは畑の中へ入ると、重たい小手を動かしながら操作する。
「使いにくい……」
「改良しますわ」
そして、メリッサに言われたように手を上げる。
しかし、そこで一旦、動きを止める。
「青葉よ、実りを。
大地よ、歩みを助けよ。
そよ風よ、道を拓け。
光よ、我らを見守り給え」
セレアレは聖句を唱え終えると、深く息を吸い込んだ。
「……仮なる聖女だった私奴が、この地に恵みを願うことを、どうかお許しください」
セレアレが静かに手を掲げた。
すると、俄かに麦畑がざわめき、天井へと伸び上がる。
そして、まだ青かった畑は、見る間に黄金色の穂を実らせた。
「美味しそうです……わ……」
メリッサの意識は、そこで途切れた。
翌日、メリッサは領主館の部屋で目を覚ました。
ベッドサイドの机には、冷めた麦がゆが置かれていた。
*
十日後、雪原に囲まれたリーペンワープ。
リーペンワープ城のバルコニー。
メリッサは付喪神の少女を抱えて、煮炊きの煙が立ち昇る街を眺めていた。
節約に努めつつ、向こう一ヶ月分は食料を確保した。
「なんとかなりましたわね。
……とりあえずは」
一ヵ月以上続くようなら――また、なにか考えますわ。
街ではこの十日間で、城壁や割れた窓などの補修がひとまず終わった。
研究員たちは、跳躍理論の修正をはじめ、自分の研究を進めている。
時間だけはある。
メリッサも色々と実験を続けていた。
「リープ?」
「んー?」
「リッペ?」
「ん」
「ペニー?」
「んん」
名前の候補はリープとリッペの二つに絞られた。
ペニーだけは、どうしても首を振る。
「あの……領主様?」
「あら、セレアレさん。
どうなされましたの?」
バルコニーにやってきたのは、緑髪の元仮聖女セレアレ。
あれ以来、『聖女力制御器』の改良のため、何度かメリッサの元を訪れている。
マレンを呼んで部屋まで運ばせたのも彼女だそうだ。
「雪、溶けませんね」
「バチが当たったかしらね?」
「そんなことない……はずです。
奇跡は、起きたんですから」
セレアレが険しい顔をする。
その時であった。
「ん〜?」
「どうしましたの?」
少女の視線を追うと雪の上に水たまりのようなものが見える。
それは、みるみるうちに雪原全体へ広がっていく。
「領主様!
雪が溶けましたね!
春が来ますよ!」
雪の白が、まるで顔料をぶちまけたかのように鮮やかな色へと染まっていく。
それらはぷるん、ぷるん、と脈動する。
大地の緑も蘇り、巨大なアジサイも再び顔を出す。
「……でも、これ、なんでしょう?」
「私も、わかりませんわ」
「ん〜?」
雪原は、色とりどりのスライムに変わった。




