第六話「元仮聖女」
「メリッサ様。
地王星に帰還して、準備を整えましょう。
食糧庫も吸い出されて、空っぽです」
「マレン、私もそう思いますわ」
魔物の骨が、雪に変わり降り積もる。
枯れ木も、何もかもが、雪の中へと崩れていく。
空は、白みはじめた。
それ以外、特に何も起こらない。
「……どこまでも、真っ白ですわね」
うぅ、寒いですわっ。
事故で飛び出した、地王星初の宇宙探索。
大気を求めて飛び込んだダンジョン。
なんとか……生きて帰れそうですわね。
その暁には、理想機関とやらをいじり倒してあげますわ!
しんしんと降り積もる雪景色の中、街は安堵の空気に包まれていた。
領主メリッサ・ハートメイは、犬人の騎士マレン・クーバーと共に機関制御室へ入った。
街の付喪神の少女も一緒だ。
「星脈地図、起動してくださいませ」
月面ダンジョン、月、そして故郷たる地王星。
その間を繋ぐ星脈――魔力の流れが映し出される。
「コースセット、青色警報。
――跳躍準備」
マレンがてきぱきと指示を飛ばす。
付喪神の少女の目が、青く輝く。
研究員たちは急いで準備を進める。
彼らは空腹だった。
今のリーペンワープには、ほとんど備蓄がない。
だから、早く帰りたい。
「跳躍できます」
研究員の報告に、メリッサは命じた。
「――跳躍」
……。
なにも起こらない。
「なにが、ありましたの?」
「星脈跳躍……できません!」
メリッサは星脈地図の計器を覗き込む。
魔力の流れが――凍りついていた。
*
――ふぅ、とりあえず、これでよろしくってよ……たぶん。
「ん?」
「これで街を暖かくできるはずですわ」
メリッサは都市の送魔線網に細工を施し、とりあえずの都市暖房へ改造した。
しかし、暴れ風で食糧備蓄に大打撃を受けた上、補給も帰還も望めない。
調査班からの報告では、周囲には雪しかなく、魔物すら見当たらなかった。
リーペンワープは、ダンジョンからの兵糧攻めの中にあった。
「メリッサ様。
お会いしていただきたい方が」
「あら、マレン。
そちらの方ですわね」
マレンが十七歳ほどに見える娘を連れてくる。
……こちらの方、見覚えがありますわ。
くすんだ緑の髪に、黒茶の瞳。
運が良かったのか、怪我は少なそうだ。
前に見た時も、貴族社会では見かけない、素朴な雰囲気があった。
私も周りから浮いておりましたから、覚えていましたの。
「あなた、帝国の方でしたわね?」
「えっ」
こうして会話できるのも、リーペンワープの万能翻訳機関のおかげだ。
前に見た時、娘は帝国語を話していた。
「帝国聖女の、たしか……シアリーズさん!
違いまして?」
娘は一瞬、驚いたような顔をして、目を伏せた。
「……領主様。
もう、シアリーズではありません」
マレンがさっと割って入る。
「こちら……セレアレ様は、元仮聖女となられております。
適任の帝国貴族令嬢が見つかったようでして、
還俗されたところをリーペンワープが引き抜いたそうです」
「元? 仮?
どういうことですの?」
「わたしは農民ですから。
――本物の聖女様ではないんです」
セレアレは諦めたように笑った。
「あら、そうだったのね。
まあいいですわ。
聖女様がいらっしゃるなら、心強いですわ」
「あの――」
緑髪の元仮聖女、セレアレは申し訳なさそうに言った。
「力は封印して頂きました……。
元ですし、仮でしたから」
……封印ですって?
*
とりあえず、現状把握ですわね。
食料はなく、補給も帰還も不可能。
落胆に包まれたリーペンワープの街中。
窓のない建物が立ち並ぶ区画。
メリッサとセレアレ、そして少女はそこへ向かっていた。
「面白いですよね。
太陽聖女様はなんとおっしゃるか……」
リーペンワープは地下ダンジョンに建てられた。
将来的には星間移動を視野に入れている。
窓のない建物――完全密閉の屋敷型農園。
築一年足らず。将来の食料自給の要だ。
「農園はこちらです。
ほら、君も……」
セレアレが少女につくり笑顔を向ける。
その時、ふと気になった。
「この子、お名前は?」
「リーペンワープですわ」
「それ、街の名前ですよね」
セレアレはちょっと怪訝そうな目をメリッサに向ける。
「ええ、街の付喪神ですもの」
「……ちゃんと付けてあげて下さい。
わたしが言うことじゃ、ないですけど」
「でも、街の付喪神ですのよ?」
セレアレは溜息をついて、少女を見る。
「こんなに可愛いんですから。
……ちゃんと付けてあげましょう」
「ん?」
セレアレは声を低くした。
「わかりましたわ」
お名前……どうやって、導き出せばいいんですの?
メリッサは逡巡して、顔を上げる。
セレアレは耳をそばだてる。
「……都市用付喪神一号機?」
……。
セレアレは肩を落とした。
「……名前をつけましょう」
「名前、ですわよ?」
「ん」
少女も頷くが、セレアレは痺れを切らして語気を強める。
「わかりました、領主様。
仮でも聖女でしたから、命名も仕事でした。
リーペンワープですよね……だったら――」
セレアレは少し考えると指を三本、ぴしっと立てた。
「リープ。リッペ。ペニー。
どれにします?」
メリッサはきょとんとした。
何を根拠に決めればよろしくて?
……こういう時は店主に尋ねるべきですわね。
「おすすめは、どれですの?」
「もう仮聖女じゃないので、選んでください」
……難問ですわね。
メリッサは少女に視線で助けを求める。
「ん!」
少女はニコッとする。
……それじゃ何もわかりませんことよ。
候補は、リープ、リッペ、ペニー、でしたわね……。
メリッサはしゃがんで少女を見つめる。
「ねえ、あなたはどれがよろしくって?
リープ?」
「……ん?」
少女はメリッサを見つめ返す。
「リッペ?」
「……ん」
少女は考え込む。
……実験を進めますわ。
「ペニー?」
「んんっ」
少女は首を振った。
もう一度、行きますわ。
「リープ?」
「ん……」
少女は首を傾げる。
「リッペ?」
「……んん」
「――決めるには、情報が足りませんわね」
セレアレは呆れたように溜息をついた。
*
メリッサ、セレアレ、そして少女は窓のない建物に入る。
入ってすぐのホール兼事務室。
暴れ風で書類や魔道具が散乱した中を、掻き分けて進む。
やっとのことで農地のドアを開いた。
「これが……農園ですの?」
「わたしも信じられません」
「んー」
中には、天と地があった。
天井には晴天が映し出され、地は黒土で満たされている。
肥沃な土の上、未だ青い麦畑が人工の風に揺られていた。
「――たしかに、まだ収穫は無理ですわね」
「腹が満たせるのは、牛人くらいですね」
ええ、草食系種族以外は、じきに飢えてしまいますわ……。
このダンジョンの発見は、必ず地王星に持ち帰らないといけませんわ。
最悪、彼らと付喪神だけでの帰還も考えないといけませんわね。
――聖女の力を使えない、のでしたら。
「……緊急事態ですわ、聖女様。
お力を、お使いになれるようお助けいたしますわ」
封印でしたら、解けばよいのですわ。
「……領主様、それは、できません」
セレアレは目を逸らす。
わかりました、それなら方法がありますわ。
「でしたら……あなたのお身体を調べさせてもらってもよろしくて?」
こんな危機ですもの、面白いですわ。
誰も死なせはしませんことよ?
「……どう、するんです?」
メリッサは力強く宣言した。
「私が、奇跡を造りますわ」




