第五話「重作業用強化外骨格《改九》」
白い骨の波は砕かれた。
今や、スケルトン・ラプトルの群れは消えた。
「――はっ」
それでもまだ、剣戟の音は止まらない。
魔術研究員たちの成果が、様々な魔法陣となって花開く。
大岩が撃ち出され、火炎が蠢く白骨を焼き尽くす。
迎撃隊は、残った敵を潰して回る。
――ガラァ……ゴドッ
いま、最後のアンキロ・スケルトンが倒された。
剣戟の音も、魔術の詠唱も止んだ。
「ウォー!」
冒険者が勝利の歓声を上げる。
剣を納め、喜びを分かち合い、城門へ帰ろうとする。
――ザッ
「……迎撃隊、警戒!」
マレンが命じる。
――ザッ、ズジャッ
――ドザァァン!
迎撃隊が息を呑む。
城壁の上からも見てとれた。
スケルトン・ラプトルの十数倍はあろうかという骸が、蘇ったのだ。
一際大きな頭骨をもたげ、迎撃隊を見つめる。
まるで、次の処刑者を品定めする暴君だ。
ティラノ・スケルトンが現れた。
*
「領主様。
魔術砲兵隊は撤退させたわ。
魔力残量が……ね」
眼鏡の付喪神、ブリレ・ギヤマン。
彼女がポーションをがぶ飲みさせて連れてきた魔術砲兵隊は、魔力切れで再び医務室へ戻った。
領主メリッサ・ハートメイは視線を戦場に向けたまま、少女を抱き抱えていた。
少女は小さな手で、メリッサの硬い作業着を握り締め、決して離さない。
「わかりましたわ。
狙いはつけてますわよ」
メリッサは静かに言った。
バリスタのハンドルは回り切っている。
魔術の矢は、用意された。
メリッサの視線の先には、ティラノ・スケルトン。
ゆったりとした足取りで、迎撃隊に迫る。
「――撃て」
マレンが命じ、メリッサは弦爪を引いた。
自らを射抜かんとする魔術の矢を、ティラノ・スケルトンの目が捉えた。
――ガグン……ゴォォ
ティラノ・スケルトンは魔術の矢を、爆発ごと噛み砕いた。
その顎から爆炎を登らせる。無傷だ。
「……撤退しろ!
魔力充填が完了次第、跳躍する!
それまで耐えるぞ!」
迎撃隊が城門へ走る。
ティラノ・スケルトンは決して急がない。
追い込むことを楽しむかのようだ。
……趣味がお悪いこと。
「迎撃隊、撤退完了!」
「城門を閉めろ!」
魔動城門が閉まる。
――ゴォォオオアアァ
ティラノ・スケルトンが吼えた。
その頭骨を城門へ叩きつける。
「被害報告!」
「城門、問題ありません」
その後も、ティラノ・スケルトンは城門突破を試みる。
ドゴーン、ドォォン、ゴァァン……。
その音が止む。
ティラノ・スケルトンはゆったりと、城門の前から去る。
振り向く顔は、未だ自信に満ちていた。
「敵、撤退します!」
「メリッサ様、跳躍準備を!」
「ええ、そうですわね。
行きますわよ」
メリッサがバリスタから手を離す。
片時も離れない付喪神の少女に声をかけ、持ち場を離れる。
やっと終わったのですわね……戦場は疲れますわ。
――ドーン
遠く、雷鳴の如き足音が響いた。
……また何か来ましたの?
少女がメリッサを見つめる。
ティラノ・スケルトンを遥かに超える巨躯、鞭のような尾を持ち、四本の樹のような脚が、地に転がる骨を踏み砕く。
ティラノ・スケルトンは援軍に満足そうな様子を見せる。
ブロント・スケルトンが街へと迫る。
*
メリッサは城壁の上から見ていた。
ブロント・スケルトンが城壁に張り付く。
鞭のような尾をしならせる。
――ガゴォォォオオオン!
尾の鞭が城壁に食い込む。
城壁が軋む。音を立ててバリスタが倒れる。
「くっ……大丈夫でして?
――あっ」
少女の生成りのワンピースが裂ける。
足から血が滴る。
これは、行くしかありませんわね!
「マレン!
私が参りますわ!」
メリッサは立ち上がった。
少女をギヤマンに預ける。
「あなたを、守ってみせますわ」
少女は大人しい。
今回ばかりは理解したようだ。
……いい子ですわよ。
「メリッサ様――!
……ご武運を」
マレンは一瞬、迷いを見せた。
だが、最後には領主の出陣へ最大の敬意を示す。
メリッサは城壁の外へ向けて駆け出した。
「仮想魔術『強化外骨格』!」
青い設計図を城壁の先に展開する。
メリッサがその中を貫いて飛び出すと、淑女は光るワイヤーフレームに包まれる。
人より一回り大きな躯体は、まるで重機人間。
工学令嬢が編み出した、半実体の鉄の筋肉。
その名は、重作業用強化外骨格《改九》。
「仮想ワイヤーですわ!」
――重量物懸垂用仮想ワイヤー。
外骨格の左腕から射出したその先端を、ブロント・スケルトンの首へ打ち込む。
令嬢は魔力の綱で自らの体重を支え、背に降り立った。
「右腕部換装『魔動削鎚』ですわ!」
右前腕のワイヤーフレームが解ける。
すぐさま肘部に設計図が展開され、前にも増して重厚な腕が再構築された。
その手首から先、指の代わりに一本の鑿が突き立てられている。
ブロント・スケルトンは構わず、尾を城壁に叩きつける。
「まずはその尾を、狙いますわよ!」
メリッサがそう言うと、機械の腕が余剰魔力の蒸気を吐く。
鑿が前後に激しく振動する。
そして、令嬢はそのパワーを巨獣の腰骨に叩き込む。
数多くの石材を砕き、整え、街を築く力となった魔動はつり機。
――その力を宿した拳の一撃である。
ブロント・スケルトンの尾、その付け根がいま砕け散らんと、粉塵が舞い上がる。
その瞬間。
――ゴァァァアアアアア!
「ぐっ――なんですの!」
メリッサはティラノ・スケルトンの頭骨に弾き飛ばされた。
城壁の上、独りでにバリスタが引き絞られる。
少女がティラノ・スケルトンを睨んでいる。
「援護不要ですわ!」
――私、こんなものではなくってよ?
それに、もし撃たれたら私も巻き添えですわ。
空中ですぐさまワイヤーを巻き取り、ブロント・スケルトンの背に復帰する。
だが、足場は悪い。
暴君の目はすでにメリッサを捉えていた。
「右腕部換装『通常状態』」
右腕を指のある腕に戻したメリッサは、首を掴んでなんとか体勢を立て直す。
だが、すでにティラノ・スケルトンの顎はすぐそこまで迫っていた。
――ガチィン!
間一髪、メリッサは避ける。
「ワイヤー解除。
アンカー展開ですわ!」
魔力のワイヤーが解け、かわりに強化外骨格の背から二本の柱が飛び出す。
一本がブロント・スケルトンの肩甲骨を刺し貫く。
メリッサは両手の自由を取り戻した。
だが、移動の自由を失った。
――ガチッ……ギュィィン!
ティラノ・スケルトンの顎の一撃。
メリッサは両腕でそれを受け止める。
肩の魔法陣が魔力の蒸気を吐き、けたたましい音とともに回転をはじめる。
「アンカー解除ですわよ」
ブロント・スケルトンの肩甲骨に刺さった柱が解ける。
メリッサは背骨の棘突起を足場に、がっぷり四つティラノ・スケルトンと組み合う。
「ふふふ、力比べなら負けませんことよ」
だが、圧し潰さんとティラノ・スケルトンは力を込める。
――ゴォ……ゴァ……
メリッサはじりじりと尾の方へ向かっていく。
魔法陣の回転は加速して、轟音はついに、メリッサには聴き取れない振動となった。
――グォォ……
「あら、そんなに私ばかり見ててよろしくって?
――前腕部『切離』」
不意に、《改九》の前腕部が解け、光の粒子と消える。
ティラノ・スケルトンは勢い余って、ブロント・スケルトンの尾、その付け根を噛み砕く。
破城鞭は、轟音を立てながら地面に崩れ落ちた。
「いまだ!
迎撃隊、出撃!」
マレンの声。
敵の混乱に乗じて、体勢を立て直した迎撃隊が飛び出す。
彼らはこの時間で討伐作戦を仕上げていた。
「メリッサ様……お見事です」
駆け寄ったマレン。
尾を噛み砕かれた衝撃で投げ出されたメリッサは、地面に倒れ込んだまま得意げに言った。
「朝飯前ですわ!」
*
「ウォー!!」
ティラノ・スケルトン、ブロント・スケルトン――迎撃隊の作戦の前に、その二体は崩れ落ちた。
これまで死闘を繰り広げた白い骨たちは皆、砕けて天に舞い、はらり、はらりと舞積もる。
それはまるで雪のようであった。
「……なあ、なんか寒くなってないか?」
迎撃隊の一人が呟いた。
その言葉に、メリッサも肌寒さを理解した。
……たしかに、そうですわね。
もしかして、これ――。
メリッサは屈んで、地面に降り積もる白に触れる。
「――雪ですわ!」
骨が、雪に変わっていた。
巨大なアジサイも、雪の下へと隠された。
ダンジョン世界が雪に閉ざされる。




