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第三話「付喪神の子供」

 ダンジョンの奥深くにある実験都市、リーペンワープ。

 家族の帯同すら禁じられた街に、子供はいない……はずだった。


 悔し涙を堪え、気持ちを切り替えた新領主メリッサ・ハートメイ。

 あどけなさの残る少女が、感情の読めない灰色の目で見上げている。

 顔立ちはどことなくメリッサに似ている。


 服も王国風の旅装。

 メリッサが道中、着せられていたものとそっくりだった。


 そして、花崗岩のようなごま色の髪はバレッタで纏められている。

 中央に一つ、周辺に小さな六つのクリスタル。

 その配置には見覚えがある――まさか、違いますわよね?


「……ん」

「えっ、あっ」


 少女は何を思ってか、メリッサに抱きついて腹に顔を埋める。

 密着したその体はしっとりとして、生暖かい。


 ――ど、ど、どうにかしてくださいまし!


 メリッサが視線を送った先、眼鏡の付喪神ブリレ・ギヤマンはレンズを輝かせていた。


「……ハハ……ハハハハ……ハハハハハハ!

 ついにやったわ!

 この時が来たのね!

 子を成せない付喪神われわれに――」


 ギヤマン、さん?


「――付喪神わたしに、子供が産まれたわ!」


   *


 リーペンワープ城の天守。

 6階を貫く星間跳躍機関が見下ろす。


 付喪神は長い年月、想いの染み込んだ物から産まれる。

 ……つまり、子供は産めないはずだった。


「じゃ、じゃあ、ギヤマンさん?

 この子をおまかせして、よろしくて?」

「喜んで! ささ、こっちに来なさい」

「……んっ」


 ブリレが眼鏡をギラギラと光らせ迫る。

 少女はメリッサに強くしがみつく。

 メリッサの肋骨が、内臓が、まるでラチェットのように一段、一段と締め上げられる。

 

 あの? ギヤマンさん?

 この子、腕の出力を上げているみたいなのですけれど?


 メリッサは視線で助けを求める。

 強度が不安になるほど細い腕。

 手荒な真似はできない。慎重に引き剥がさなくては。でも、どうやって?


 ブリレの指が少女の肩に触れる。少女は少し振動している。

 だが、ブリレの手捌きは見事なものだった。


 なにをしたのかわからない。ブリレが手際よく少女を自らのうちに抱え込むと、メリッサは自由を取り戻した。

 学院には小学部もありましたし、教師の勘かしら?

 それにしても空気が美味しいですわ……魔動機関の味ですわね。


 少女は相変わらず無表情でメリッサを見つめるが、抵抗はしていない。


「ふう、感謝いたしますわ。ギヤマンさん」


 メリッサはそのまま扉の前に向かう。


 ――カチャ。


 メリッサの目の前で、鍵が独りでに閉まる。

 緩くなっているのかしら?


 ――カチャリ。


 とりあえず、メリッサは鍵を開けなおす。


 ――カチャッ!


 鍵が勢いよく閉まった。


 メリッサは研究部のメンバーに視線を向ける。

 魔動灯の光が明滅している。


 故障が多くて、直し甲斐がありそうですわね。


 その時、少女と視線が合った。

 ブリレの手を振り解いて駆け出すと、勢いよくメリッサに抱きつく。

 メリッサでもわかるほど泣きそうだった顔に、笑みが浮かぶ。


「――んにぃ」


 ちょっと! 困りますわ……?

 まあ、そんなことよりも――


「――ここの鍵、魔動灯も、いろいろ壊れていますわね?」


 そんなメリッサを見かねてブリレが口を開いた。


「ちょっといいかしら、領主様。

 その子、省人化のために産んだのよ?」


 省人化――。


 この子がリーペンワープの付喪神ってことですの!?

 子守りの手間が増えているではありませんこと?


「……実験は失敗ですわね」


 ――バチンッ。


 メリッサが苦笑いを浮かべると、跳躍機関室の魔動灯がすべて消えたのだった。


   *


「私から離れず、邪魔もしないこと、わかりましたわね?」

「――ん」


 本当に面倒なことになりましたわね……。

 メリッサはため息をつく。街の付喪神である少女に袖を掴まれて歩きにくいったらない。しかも、なぜか私以外に懐かない。

 修理すべきところは、たくさんありますのに……。


 さっきの停電は街全体に波及して、各所で機関の不具合や故障が発生した。

 現在、リーペンワープは全力をあげて復旧しているところである。

 領主であり技術者でもあるメリッサは修復にまわって、指揮は犬人コボルトの騎士マレン・クーバーが執っている。


「お待たせいたしましたわ……あと、この子の面倒を見てもらえるかしら?」

「妹さんですか? 私が見ましょう。

 可愛いバレッタ……跳躍機関かな――」


 ――はぁ。妹じゃありません……って説明も飽きましたわ。


 跳躍機関は私も好きですけれど、それが理想機関だったなんて許せませんわ。

 騎士や冒険者たちに少女を任せつつ、街の修理に飛び回る。

 ……機械と向き合ってる時は落ち着きますわね。


 そうこうして辿り着いたのは領主館にある機関操作室。

 もっとゆっくり見てみたかったですわ……いえ、中までしっかり見るチャンスですわ!

 そこで、横からの少女の視線に気づく。


「これから大事な仕事ですの。静かにしているんですのよ?」


 メリッサはそう言い含め、くしゃくしゃっと頭を撫でてやる。

 またヘソを曲げて停電なんてことになったら、領主として面目が立ちませんもの。


 さ、ここからは私の時間ですわよ!


「仮想魔術『工具箱ツールボックス』」


 メリッサが呟くと、掌の上に青い設計図が浮かび上がる。

 そして、その中から半実体の器具箱がせり上がってくる。

 子供の頃から愛用してきた、使い慣れた魔術。


 そして――宝箱の鍵でしてよ。


 メリッサは仮想レンチでパネルを外す。

 中から溢れんばかりの配線と魔動器が姿を表す。


 あら! 魔動コンデンサが最新モデルですわ!

 父の時代より効率が……少なく見積もって一二〇%は向上しますわね。

 こっちの配線も、最新の理論に沿っていますわ。


 王家の技術者もなかなかですこと。


 ――でも、星間跳躍機関に使うなら、こちらのバイパスで決まりですわ!

 メリッサは躊躇なく『領主権限』を発動して、迷路の如く絡み合った配線を軽やかに組み替えていく。


「ん〜?」


 少女が工具箱を覗き込み、さっきまで使っていたペンチに手を伸ばす。


「ちょっと待ってくださいまし」


 メリッサは仮想工具箱を身体の反対側に移した。

 工具は危ないものも多いですわ。

 それと、今、いいところでしてよ?


 メリッサは機械に顔を向けたまま少女を肩で押し返す。

 ――ふぅ。

 ちょっと邪魔が入りましたけど、これで連携がよりよくなりますわ。


 こんな調子でメリッサは、十五年の研究成果をリーペンワープに組み込んでいった。


「……むん」


   *


 部品が足りなかった通信・放送設備などを除いて、リーペンワープの応急修理はほぼ完了した。

 あとは街から不足した部品を調達して、数日かけて整備する予定である。

 少女はメリッサの元に戻されて、大人しくなっていた。


「私も買い出しに行きたいですわ。

……許されるなら、ですけれど」


 服をぎりぎりと引っ張られて下を見ると、少女がメリッサを見上げている。

 その瞳が、青くきらめいた。


 機関制御室の魔動灯が一斉に青に変わる。


「この魔動灯の色はなんですの?」


 メリッサは近くにいたマレンに尋ねた。


「これは――青色警報ブルー・アラート?」


 次の瞬間、機関制御室の操作魔法陣が一斉に起動する。


「おい! 領主様、これをみてくれ!」


 研究員が声を張り上げる。

 メリッサは少女を振りほどいて魔法陣のひとつへ駆け寄る。


「――誰ですの!? 勝手に星間跳躍機関が作動していますわ!」


 遠くで機関が唸りをあげる。

 父の機関はこんな荒っぽい音をたてたかしら?


 青色警報ブルー・アラートは星間跳躍時の警報だ。

 本来、警報音も鳴るはずだが、修理できなかった放送設備が沈黙していたのだ。


 機関制御室の中央、魔導ガラスが嵌め込まれたテーブルが輝く。

 その上に、星脈地図が浮かび上がる。


「星脈跳躍プロセス、開始されます!」

「……止められませんわね。街が引き裂かれますわ――」


 メリッサは理解した。

 すぐさま、星脈地図の前に陣取る。


「跳躍プロセス、はじめますわよ!」


 メリッサは計器を覗き込む。

 現時点で重大な問題はない。

 少女がメリッサの袖を引っ張った。


 いつの間にここにいましたの? ……今はそれどころではありませんわね。


「安心くださいまし。ちゃんと跳ばしてみせますわ」


 そう言って少女を抱き寄せる。

 少女はメリッサに身を預けた。


「領主様、原因はその子――」

「それより跳躍ですわ」


 失敗すれば、都市は跡形もなくなりましてよ。


 機関詠唱が続く。

 リーペンワープがひとつの魔術となり、白い光に包まれていく。


「対魔力流防護膜、展開されました。

 星脈潜航、開始します!」

「異常はありまして?」

「――異常なし!」


 都市を包む光景が一瞬にして歪む。まるで水中か、古いガラスの中のようだ。

 メリッサは目の前の星脈地図を睨む。


「跳躍先は、月ですわ!」


 機関制御室はざわついた。

 メリッサにとっても、月の世界は伝説の中の存在。

 父はこの星――地王星で、空を越える最初の人になるはずだった。


「跳躍、準備完了しました!」

「行きますわよ――」


 メリッサは深く息を吸い込んだ。


 月――そこは父が目指した世界であった。

 未だ知らぬ月人の国か、それとも未知の生命溢れる未開の大地か。

 父にお土産をねだったことを思い出し、少し笑む。


 神話に語られる諸種族の故郷、イチジクの楽園という話もある。

 もっとも、父は信じていなかったけれど。


 メリッサは少女の肩に腕を回す。


 そして、命じた。


「跳躍!」


 研究員が操作魔法陣を弾くと、リーペンワープは勢いよく跳ね上がった。

 ダンジョンの天井をすり抜け、山を越え、天へと昇っていく。


「構造は安定していまして?」

「問題ありません」


 雲の上へと跳びあがり、空が透き通るような群青と変わっていく。

 青は次第に黒みを増し、漆黒の闇へ溶けていく。

 その先には白く輝く銀盤が待ち構える。


「……魔力残量はどうかしら?」


 メリッサは再び計器を覗き込んだ――足りませんわ。

 帰りの分の魔力は月面で補充する必要がありますわね。


「領主様、見てください……月面です」


 メリッサの目に飛び込んできたのは、一面の灰色だった。

 月人の国もなく、未知の生命もいない。

 ただひたすらに白灰色の砂漠が続く世界だ。


 灰色、灰色、灰色……父が見なくてよかったかもしれませんわね。


 リーペンワープは月の地脈へと潜り反転。

 月面へと浮上した。


「星脈跳躍、完了しました」


 少女はメリッサの腕をくいっと引っ張った。

 メリッサが見てもわかるほど、きらきらとした笑顔だ。

 ……楽しかったんですの?


「魔力補充をして帰りましょう。星脈浮上してくださいまし」

「了解しました、星脈浮上プロセス開始。

 対魔力流防護膜、解除します」


 リーペンワープを包んでいた歪みが晴れる。

 黒い空の下、淋しい白銀の世界が静かに輝いている。


 ――ビュオッ。


 機関制御室を強い衝撃が襲い、風が暴れ出す。


 これは……っ、空気が、吸い出されていますの!?

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