第二話「ノートの中の街」
「……これは誰が造りましたの?」
ダンジョンの奥に造られた都市――リーペンワープ。
それは父のノートに描かれた都市と瓜二つだった。
メリッサ・ハートメイはこの都市を、いつの日か自らの手で築きたいと思っていた。
「誰がこの都市を造られたか、ですか。
王家が建てたものと聞いております」
問いにそう答えたのは大柄な犬人の騎士、マレン・クーバー。街から漏れ出す魔光灯の光が彼の白い長毛を照らし出す。
「王家が?」
そう問いかけるメリッサの前で、魔動城門がゆっくりと開いていく。
「――とりあえず、城門は合格ですわね」
「合格、といいますと?」
「魔動扉を手動で開けるなんてことは、ありませんわよね?」
それを聴いたマレンは怪訝な顔をする。
マレン、貴方も合格ですわ。
扉が開くとまだ新しい街並みが目に入る。王国風の見慣れた建築様式の中に、メリッサの好奇心をくすぐる魔動機関が紛れ込む。
だが、街の中の空気はどこか埃っぽく、老舗の魔動器屋のような匂いがした。
……地下だからかしら?
「ここがメインの大通りになります」
「いい街ですわね。子供も住んでますの?」
「いえ、子供はおりません」
マレンの案内で通りを進む。
子供は得意ではありませんでしたから助かりましたわ。
「極秘の研究都市ですものね」
「ええ。研究者は世界中より優秀な者を集めております。
城も実質、研究施設と思っていただければ」
「それは、知ってますわ。
父の設計ですわよ?」
正面にはリーペンワープ城が聳える。
父の設計通りなら、きっと星間跳躍機関の心臓部があるんですわ。
城壁にだってノート通りに、六つの補助機関が収まる尖塔が見えるのですから……。
そう思うと、メリッサの心が痛くなる。
父との思い出を他人に奪われた、そんな気分。
郷愁とは無縁と思っておりましたのに。
……父のことには弱かったのかしら?
「あら、酒場もありますの?」
「冒険者の溜まり場です。彼らも住んでおりますので」
メリッサが何度も読み直したノートの中の街には、機関の設計だけがあった。
街並みまでは描かれていなかった。
もし、父が建てたなら、ここまで大きな酒場は造りませんわね。
貴族の社交の場すら、父は好まなかった人ですもの。
この真新しい街並みは知らないはずですのに。
どうにも、ここにいると父を思い出してしまいますわね。
メリッサは寂しさ、懐かしさの奥に――違和感を覚えた。
「マレン、この街はいつ建てられましたの?」
「一年ほど前かと」
メリッサは違和感の正体に気づいた。
目に映るのは真新しい都市。
肌に感じるのは懐かしい空気。
……なにかありますわね。
*
「案内、ご苦労でしたわ」
「こちらこそ、新領主メリッサ様をご案内できて光栄です。
なにかありましたら、お呼びください」
マレンはそう言うと、研究部へ続く扉を開いた。ここから先は彼の領域ではない。メリッサたち、研究者の縄張りだ。
リーペンワープ城の天守は、ほぼ全体が研究部となっている。
これは、父の設計通りですわね。
「ああ、メリッサ様! 新領主様!
待たせてしまいましたね。
研究者代表、ブリレ・ギヤマンです」
研究部の奥から走ってきたのは、三十代くらいの眼鏡の女性。
お名前、聞き覚えがありますわ。
「十五分遅れ、ですわねギヤマン教授?
ご論文、拝読いたしておりましたわ」
「まあ! 嬉しい。……その目、領主様もその口ね?」
なんだか、親しみの持てる方ですわ。
よくみたらその眼鏡も、素材から技巧まで滅多にない逸品。センスもよろしいようですわね。
「ところで、教授もなにかご研究を?」
「もう教授じゃありませんよ。学院では立場が悪かった方ですから。
でも、ここなら心置きなく研究できる。
いま進めてるのは――リーペンワープの省人化ね」
ブリレは一瞬、言葉に詰まった。眼鏡に曇りが見える。
難しい理論ならぜひ拝聴したいですわ!
「省人化でして? ギヤマンさんなら、自動制御化かしら?」
「ええ。そうね。その方針よ」
ブリレは安心したのか、眼鏡が澄んだ。
残念ですわ、ここで話せるような分量じゃないんですわね。
話題を変えましょう。
「ところで、街は新しいのに空気はとても、懐かしい感じなのは、誰かの研究のためでして?」
「……ええ、まあ、そうですね」
ブリレは目を逸らす。
なかなか不思議な研究をされる方がいますのね!
「その方はどんな研究をされていらっしゃるの?」
「……私ですよ」
ブリレはそう呟くと、足を止めた。
「あなたは、どう思います?
――人工生命について」
「それが、この街の懐かしさと関係ありますの?」
「ふふっ、面白い方ですね。
新領主様は私の眼鏡にも適いそうです」
ブリレが再び歩きはじめる。その眼鏡が、心なしか輝いて見える。
「人工付喪神、ですよ。成功率は低いですけどね」
だからでしたのね!
わざと古さの魔力を流していたんですわ!
……でも、領主としては少し気になりますわね。
「付喪神の方々は、どう思われるので?」
「それは心配ないわ、領主様」
ブリレはそう言うと、眼鏡をくいっと持ち上げた。
「私、眼鏡だから」
「……ギヤマンさんは、眼鏡の付喪神、ということですわね?」
「ええ。話せば長くなりますけどね」
*
メリッサはひとつ、ため息をつく。
「――ここが、あの部屋ですわね」
「ええ、星間跳躍機関が収まっています」
父の街、私が造りたかった夢、その心臓と呼べるもの。
いや、全てと言ってもいい存在がこの部屋にある。
見たくはないですわ、先を越されたんですもの。
でも、知りたいですわ。
王家によって、どう造られ、設置され、息づいているのか。
メリッサは扉を開けた。
魔導扉はゆっくりと開いて、その奥にある威容が姿を現す。
一階から最上階の六階までの吹き抜け。その中央を星間跳躍機関が貫く。そして、先端は見えない。
父の設計通り、天守の屋根と一体化しているからだ。
メリッサは機関の周囲を回る。注意深く、観察する。
――何ひとつ、違いませんわね。
それは、これを造ったであろう人物への畏怖を呼び起こす。
魔動機関士の母ですら文句の一つや二つ、多い時にはもっと、つけることの多かった父の奇想を、ここまで忠実に再現できる機関士が、この小国にいたのかと。
正直、この方になら負けても惜しくありませんわ。
「――王国も意外と広かったのですわね。
こちらをお造りななったのはどなたですの?」
遠巻きに見ていた研究部のメンバーはお互い顔を見合わせる。
ブリレが一歩進み出た。
「これは『理想機関』。ここのダンジョンドロップよ」
……ダンジョンドロップ、でして?
「誰が、組み立てましたの?」
「誰も。ここから出たから、ここに街を建てたの。
人々の無念がダンジョンに拾い上げられ、魔力が独りでに組み上げる。
だから理想機関と呼ばれるの、知らない?」
父の無念を? どうして? ――どうりで、完璧なはずですわ。
メリッサは父の奇想を奪った巨体を睨みつけた。
なんとも、悍ましいですわね。
心底、意地汚いですわね。
どこまでも、醜悪ですわね。
メリッサは涙が溢れそうなことに気がついて、静かに目を閉じた。
呼吸が浅い。
いつの間にか、拳に力が篭っている。
私がつくりたかった。
父の道の先を見たかった。
誰かが努力の果てに辿り着いたのだとしたら、負けを認められた。
なのに、ダンジョンドロップですの?
誰の努力でもなく。
誰の技術でもなく。
誰の成果でもない。
ただ奪って、忽然と現れた。
私はこの街が嫌いですわ。
――でも、仕方ありませんわね。
私は領主なのですから。
住民たちと、この街を未来へ進めなければなりませんわ。
メリッサは静かに目を開けた。
少女と目が合った。
……この街に、子供はいないはずでは?




