表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/13

第十二話「蜜と毒」

「ゾーロンさん!

 宝の後のボスに心当たりはおありで?」

「ごほっ……知らねえ!

 不意打ちかますダンジョンなんて……」


 領主メリッサ・ハートメイの問いに、千潜りの召喚士ゾーロンは言葉を切った。

 眉間に深い皺を寄せる。


「生きて帰ったやつがいねえだけかもな」


 調査班がリーペンワープへ帰った時、住民は犬人コボルトの騎士マレン・クーバーの指揮で城へ避難していた。

 だが、石壁に完璧な気密性はない。

 外界を覆う毒が、城内に残った清浄な大気を蝕み始めていた。

 今や各所から、咳き込む声が聞こえてくる。


「領主様。ごほっ。

 これじゃ、長くは持たないわよ」


 草人アルラウネの医師アコラ・ニタムが報告にくる。

 その顔には月面跳躍の後よりも濃く、疲れが浮かんでいる。


「そうですわね。

 まずは城内の空気をなんとかしますわ。

 マレン!」

「どうしましたか――ごふっ」


 マレンまで咳き込んでいるのですか。

 本当に限界が迫っていますのね。


「機関士を集めてくださいまし。

 ……無理しないで――」

「わかりました、ごふっ」


 マレンは領主の言葉を遮って、機関士たちを集めに向かった。

 その背中をメリッサと街の付喪神リッペが見送る。


「ん……」


   *


「ギヤマンさん。

 もし全滅した場合、あなたに帰還を託すことになりますわ」

「領主様、私はこんなボロ、操縦する気ないわよ」


「あなたの娘でもありましてよ?」

「少しは察しなさい」

「ん、ん」


 私は今からできる手を尽くしているだけですわ。

 死んで帰る気なんて、毛頭ありませんことよ?


 メリッサは眼鏡の付喪神ブリレ・ギヤマンと、城の空調機関を調整しに向かう。

 もちろん、リッペも連れてきた。


 ギヤマンは眼鏡の付喪神で、リッペは街の付喪神。

 二人の本体は毒の影響を受けないはずだ。


「ま、医師と機関士は、まだ見ぬ最悪を見つめる者だわ。

 でも、あなただって私の教え子だと思ってるから。

 ――死なないで」

「ん」


「……ギヤマンさん。ダクトですわ」


 二人は狭いダクトを通って、第三空調機関の収まる空間へ辿り着く――はずだった。


「……くっ。

 なんですの、この熱気」

「調査班の報告にあったわね。外気温が上がってるって」


 空調機関が近寄りがたい熱気を吐き出していた。

 部屋にはもはや、足を踏み入れることすらできない。


「私が行きますわ。

 仮想魔術『強化外骨格パワードスーツ』」


 青い設計図が展開される。


「待ちなさい」


 ギヤマンが眼鏡――自分の本体を外して、メリッサにかける。

 彼女の指が眼鏡から離れた瞬間、その姿がすっと消えた。


「ギヤマン、さん?」

(私、眼鏡だから)


 メリッサの頭の中に、ギヤマンの声が響いた。


(この機関、魔力消費が多いでしょ。

 一緒にいくわ)


「――感謝いたしますわ」


 二人を設計図が通り抜け、青い半実体の重機に包まれる。


「んっ、んっ!」


 その背中に、リッペも乗り込む。


 特殊作業用強化外骨格《冷》だ。

 改十をベースに冷却機関を組み込んだ、メリッサが設計したばかりの仮想魔術である。

 ギヤマンの言う通り、消費魔力は改十の比ではない。


「「工具手腕ツールハンド!」」

「んーん、んんん!」


 街を救うための作業がはじまった。


   *


「嬢ちゃん、こっちだ! ごほっ」


 ゾーロンが叫ぶ。

 メリッサは改十を操って、傷病者の搬送を行なっていた。


「いま行きますわ――マレン!」


 彼女は鉄の腕で大柄な白い犬人コボルト、マレン・クーバーを抱き上げる。


「ごふっ、ごふっ。

 申し訳ございま――ごふっ」

「よく頑張りましたわ。

 必ず救いますから、ゆっくりなさいまし!」

「ん!」


 対策に奔走した彼は、毒の影響をひどく受けていた。


 メリッサたち以外の作業班は、熱気に阻まれ空調機関に近寄ることができなかった。

 第三空調機関が守る城の食堂周辺が、最後の砦となっていた。


「――アコラさん。

 あなたがいて助かりましたわ」

「まだ、助かってない。

 ……引き伸ばせるだけよ」


 重症者区画で、アコラが待っていた。


「処置を始めるわ」


 アコラが精神を集中する。

 彼女の周りに魔力の糸が舞い、俄かに風が起こる。

 手を前に掲げ、静かに目を開く。


「――天然魔法陣『仮初の死』」


 魔力の糸が複雑に絡まり、不規則な立体を形作る。

 それがマレンの体に吸い込まれると、息と鼓動が次第に遅くなる。


「処置、完了」


 アコラの肩から力が抜ける。

 マレンは文字通り、死んだように眠っている。


「アコラさん、感謝いたしますわ」

「この魔術、あんまり好きじゃないのよ。ごほっ。

 毒みたいなもんだし。

 ――ちょっといい?」


 アコラは怪訝そうにメリッサを見る。


「領主様、咳は?」

「……まだ、出ていませんわ」


 アコラは考え込むと質問を続ける。


「ここに調査班だった患者はいる?」


 ……わかりませんわ。

 メリッサは人の顔を覚えるのが苦手だった。


「セレアレ!」


 アコラはすぐ、訊く相手を切り替える。

 緑髪の元仮聖女セレアレも重症者の看病に回っていた。


「先生、どうしました?」

「……ここに調査班だった患者はいる?」

「いませんね」

「あなた、咳は?」


 セレアレはちょっと考える。


「まだ、ですね」

「領主様、朗報よ。

 調査班だけ、毒に強くなってるかも。

 ――次!」


 アコラはそう言い残して、セレアレと共に次の患者へ向かっていった。


 調査班だけ、毒に耐えてますのね。

 蜜は、第二研究室でしたわ。

 城の反対側ですわ……。


 そもそも、なぜ耐えてますの?


 ――試すしかありませんわね!


「ギヤマンさん、いらして!?」


   *


「領主様!?」


 研究員の脇を、実験用強化外骨格《対毒》が駆け抜ける。

 さっきつくったばかりの《冷》を今回の実験用に拡張した実験機だ。

 驚きの声を背に、危険地帯の中へ飛び込んでいく。


 当然、中にいるのは領主メリッサだ。

 背中にはリッペを背負い、付喪神の眼鏡ブリレ・ギヤマンをかけている。


「ごほっ。すごい毒気ですわね。

 ギヤマンさん。

 ――実験、はじめますわよ!」

(わかったわ。

 セレアレの言ってた地王星の魔力とやらを流せばいいのね)


 メリッサは地王星に由来するという蜜の魔力を、特別なものとして感じ取れなかった。

 だが、魔術指導の経験が豊富なギヤマンにはわかるらしい。

 調査班の魔力で感覚を掴んだのだという。


「魔力計、反応確認しましたわ。

 蜜の効果を確かめますわよ。まずは、防毒フィルター!

 ……失敗ですわね」

「んむ〜」


 空気中の毒素を浄化する防毒フィルター。

 最有力候補だったが、刺激臭が消えない。

 ――次ですわ。


 メリッサは装備を換装する。


(了解、次の実験に移るわ)

「わかりましたわ。空気ボンベ!」


 ギヤマンが増設した空気ボンベに蜜の魔力を流す。


「……少し、楽ですわ」

「んぉ?」


 中身は周辺の毒気を含んだ空気のはずだ。

 しかし、少し清浄な空気が流れ込む。


「ギヤマンさん、わかったかもしれませんわ」


 流した蜜の魔力が、毒気を浄化しましたのね!

 きっと、調査班の身体でも同じことが起きていたんですわ。

 でも、どうやってですの?

 これは地王星の魔力でしたわね――。


 この魔力、地王星の環境を再現するのかもしれませんわ!


「フレーム……強化外骨格全体に魔力をお流しくださいませ!」

(――そうね! すぐやるわ)


 実験用強化外骨格《対毒》が紫に輝く。


「成功ですわ!」

(あとはこれを、どうやって街に実装するか、だけど?)


「それには適任がおりますわ。

 ――リッペ!」

「……んぇ!?」


   *


「……ん……んぁっ」


 食堂では、咳き込む住民たちの期待の眼差しがリッペを取り囲んでいた。

 熱気で体力も思考力も奪われた彼らは、借り物の軽装鎧を身につけた一人の少女に縋る。


「さあ、リッペ。

 リーペンワープを操ってくださいまし……こほっ」

「んんっ」


 リッペは首を振る。

 メリッサも咳が出るようになっていた。


 さっきあれだけ蜜を舐めたのです、使えないはずがありませんわ。


「使い方を理解しとらんのかもしれんの。

 ……お主と同じで」


 見かねた狐人のシノが口を挟んだ。


「どうすれば、よろしいので?」

「わしを見て何か思わんかの?」

「こほっ……咳を、していませんわ」


 この食堂で咳をしていないのはシノと、一部の調査班員だけになっていた。


「お主の話でわかったことじゃが、地王星の蜜は大規模な風流じゃ」

「風流……幕府国の魔術ですわね」

「うむ。空気を読み、操る術じゃ。わしは自前の風流で持ち堪えておる」


 食堂がざわついた。


「わし一人が限界なんじゃ!

 じゃが、風流の使い方をその娘が学べば、話が変わる」


 リッペに蜜の魔力の使い方教えるには……まず風流を使わせればよろしくって?

 この街に風流を使っている装置は、なにがありましたかしら。


 ――万能翻訳機関ですわ!


「皆さん、お国言葉で話してくださいませ!」


 見える範囲でも幕府国のシノ、帝国のセレアレ、そして魔族国のゾーロン……。

 様々な国からリーペンワープへやってきた住民がいる。王国人の地方出身者だっている。

 だが、普段は王都語に合わせてくれている人が多い。


 従来の翻訳機関に、風流の「空気を読む魔術」を組み込んで強化した万能翻訳機関。

 これを多言語環境で刺激すれば、リッペにも風流が掴めるはず。


 それがメリッサの作戦であった。


「リッペ、みんなの声に集中して」

「よく、聴くのじゃ」

「んっ」


 メリッサとシノから受けた言葉に、リッペが頷く。


 食堂はさまざまな言語に満たされる……ことはなかった。

 万能翻訳機関が作動し、すべてを翻訳してしまう。

 訛りはあるかもしれないが、誰の耳にも聞こえるのは母国語だ。


 しかし――


「……ん!」


 リッペの目が一瞬、紫色に輝いた。


 部屋の空気から刺激臭が抜けていく。

 気温も下がり、快適な温度に近づいていく。


「はぁ――生き返るぜ。

 宝を使いこなせるか、試したってことかよ……」


 ゾーロンが安堵の声を漏らす。


 食堂は歓声に包まれた。


   *


 リーペンワープは城壁の際まで、まるで外の毒気と熱気が存在しないかのようになった。

 半壊した城壁の外は、灼熱と猛毒の地獄である。


 リッペ、そしてリーペンワープは、環境を「翻訳」する力を身につけた。


「お見事です……メリッサ様」

「いえ、リッペですわ」

「ん!」


 仮死状態にあった重症者も回復させている。

 マレンはすぐに任務に戻ろうとしたが、アコラに激怒されていた。

 今はベッドの上でリッペを撫でている。


 病院に改装された部屋の窓。

 遥か彼方に、稲妻をまとい九つの首をもたげる雲が見える。


「メリッサ様――くっ」


 マレンが無理にベッドから起き上がろうとする。


「まだ、無理はいけませんわ、マレン。

 で、どうしましたの?」


「あの雲と……目があったように思います」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ