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第十話「バケモノどもの狩場」

 ふわり……ばりりっ。


 ふよーん……ばごん。


 ふぁ、ふぁ、ずごん。


 上空で魔法が放たれる。

 風乗りスライムが撃ち落とされ、バケモノたちに喰らわれる。


 その度に、街が破壊される。


 付喪神の少女は、幕府国の研究者から提供されたヒトガタに移された。

 本体である街との接続を弱めて、損壊の影響を濾過するためだ。

 だが、それも完全ではない。


「んん……」


 街が傷つくたび、少女がうずくまる。

 そして、今の彼女には反撃することもできない。

 街を、操れないのだ。


「守って、差し上げますわ」


 狐人シノの家から飛び出た領主メリッサ・ハートメイは空を睨む。

 方法はわからないが、状況はわかる。


 魔力が荒れ狂う。跳躍不可能。


 リーペンワープは戦場に放り込まれた。


   *


 大通り。酒場は崩れ落ちていた。

 魔物が墜落し、バケモノがそれを喰いに集まった。

 そして、獲物を争ったのだ。


 街の各所で、上空で、バケモノの攻防が繰り広げられる。


 赤色警報レッド・アラートの中を縫って、メリッサは少女と街を駆ける。


 二人は領主館の作戦室に入った。


「住民の避難は済ませております」


 すぐさまマレンが報告する。

 さすがマレン、仕事が早いですわ。でしたら――


「跳躍機関を守りますわよ」


 破壊されたら帰還できませんもの。

 ――理想機関でもなんでも、役に立ってくださいまし。


 マレンが少女に目をやる。

 幕府国風の衣には、明らかに傷やほつれ、血の滲みが見える。

 髪も乱れている。


「メリッサ様、その子は大丈夫なので?」

「シノに応急処置はしてもらいましたけれど、着替えもお願いしますわ」


 メリッサの言葉にマレンは頷く。


「わかりました。

 ――ゾーロン!」


 ゾーロンはさっと指示書を書くと、一匹のネズミを送り出す。


「着替えの件は伝令を送った。

 で、城と尖塔、配置はどうする?」


「マレン、防衛班を城と六つの尖塔へ振り分けてくださる?」


「メリッサ様、現状を鑑みると五箇所が限界かと。

 また雪原になる可能性がありますので、農園の防衛も必要です」


 防衛班はメリッサたち指揮班を加えても、十四班しか動かせない。

 そのうち三班は、広い農園区画の防御に回さなければならなかった。


「わかりましたわ。

 尖塔はこの三つだけお守りくださいまし」


 メリッサはリーペンワープの地図に正三角形を描く。

 尖塔の跳躍補助機関は、跳躍の安定を担う。


 父の事故は、安定性を捨てたから起きた。


 でも――やるしかありませんわ。


   *


「仮想魔術『強化外骨格パワードスーツ』」


 メリッサを青い設計図が通り抜ける。

 令嬢が、ワイヤーフレームに包まれる。

 重機人間が魔力の蒸気を噴き出す。


 重作業用強化外骨格《改十》が産声を上げた。


「さあ、こちらへお乗りなさいまし」

「んっ!」


 改十の中には、少女が乗る空間が用意されていた。

 魔力を吐き出しつつ背中が開くと、マレンが付喪神の少女をその空間へ乗せる。

 しかし、少女は自分用の操縦魔法陣がなくて不満らしい。


「……んむぅ」

「大人しくしているんですわよ?」


 少女は避難所のドワーフに借りた軽装鎧を着ていた。

 戦場で少しでも生き延びられるように、とのことだ。


「――メリッサ様、参りましょう」


 三人は、リーペンワープ城の天守を取り囲むバルコニーへ出た。

 跳躍機関の中枢を守る部隊と共に、街を見下ろす。


 農園のほうで、魔術の光が走る。


 居住区に取っ組み合った魔物が墜落し、瓦礫の中へ消える。


 家ひとつ分はあるバケモノが、稲妻を吐いて小さなバケモノを一網打尽にする。


 そこに生活があるなんて気にすることはない。


 街はいまや、バケモノどもの狩場と化していた。


 ――パシュッ。


「ギヤマンさん!」

「チッ……外したわ」

「援護しますわ!」


 城には、試作品の魔動バリスタが三台。

 眼鏡の付喪神ブリレ・ギヤマンをはじめ、魔力の高い者に任せてある。


「素早い……仮想ワイヤーですわ!」


 メリッサが、強化外骨格の腕からワイヤーを射出する。

 光の筋は曲がりながらバケモノを捉え、そのスピードを緩める。


「それなら、十分よ……たぶんね」


 ギヤマンが狙い撃つ。

 素早く放たれた魔術の矢は、軌道を変えながらバケモノを追尾する。


 ――パシュン!


 バケモノは射抜かれ、城前の広場へと落ちていく。


 ――グジャッ、バリッ、バリッ。


 だが、落ち切る前に別のバケモノがそれを喰らう。


 メリッサは、試作品の魔動バリスタが描く弾道を見ていた。

 ……矢が制御できていませんわね。


「もうすこし、弾速が遅くてもいいのではなくて?」

「そうかもしれないわね」


 ギヤマンはすぐに作業をはじめる。

 メリッサは、城の三方に配されたバリスタのもとへ走る。

 その場で射出機構の張力を調整した。


「調整しましたわ」

「撃ってみます……当たりました!

 威力も十分です」


 弾速を抑えた魔術の矢は、ゆったりと、しかし確実に、領主館に近づいたバケモノを捉えた。

 騎士のひとりが満足そうにハンドルを回し、次の矢を放つ。


 ――パシューン!


 ――パシューン!


 防衛線が軌道に乗りはじめた。

 その時であった。


 ――パシュゥゥゥウ。


 矢の軌道が、あらぬ方向へと曲げられる。


「領主様! あれを!」


 そこにいたのは、領主館より大きなバケモノ。


 周囲のバケモノを吸い込みながら、悠然と空を泳いでいる。

 バケモノだけではない。

 瓦礫も、魔術も、その口へと吸い込まれていく。


 喰らうほどに、そいつの吸い込みは激しさを増した。

 小さなバケモノは、瓦礫に切り刻まれながら消えていった。


 守られなかった尖塔も、失われた。


 喰らうほどに、そいつは肥え太った。


 そして、リーペンワープはそいつの影に覆われた。


   *


 空を覆うバケモノが、全てを喰らわんとしている。


 リーペンワープはなおも耐えていた。

 メリッサたちはバルコニーから退避し、城内にいた。


「メリッサ様!

 ――私が飛び込みます!

 この剣を叩き込んでやりますよ!」


 マレンがそう言って、剣を抜きかける。

 ……相当、追い詰められていましたのね。


「んー! んぁっ」


 付喪神の少女は改十の背中でもがいている。

 弱められた接続を介してでも、街で戦おうとしているようだ。

 だが、接続が強くなると激痛が襲う様子だった。


 領主の目が決意に満ちた。


「お二方……いい方法がありますわ!」


 メリッサはマレンと少女を制し、バルコニーへ飛び出た。


「んぁー!」


 付喪神の少女が、驚きの声を上げた。


 重機人間は空中へと躍り出る。

 そのまま右腕から、仮想ワイヤーを地面へ打ち込む。


「メリッサ様!」


 マレンの声がメリッサの背に響く。


 ――大丈夫ですわよ、マレン。

 この状況なら、魔力の流れが読めますわ!


 メリッサはワイヤーを巻き取り、地面へ到達する。


「アンカー、展開しますわ」


 強化外骨格から二本の支柱が伸び、地面に深々と突き刺さる。

 これで吸い込みに耐えるのだ。


 地上に降りたメリッサは、領主館のドアに狙いを定める。


「仮想ワイヤー、射出ですわよ!」


 右腕から放たれたワイヤーが、領主館の豪華なドアを捉える。

 メリッサはそれを勢いよく巻き取った。


 ドアは空へと舞い上がり、バケモノの口へ消える。


「左腕、ワイヤー射出!」


 あらわになった領主館の中へ、ワイヤーを撃ち込む。

 メリッサはアンカーを解除する。


「……くっ」


 むき出しの館内へ撃ち込んだワイヤーを頼りに、メリッサは中へ滑り込む。

 幾分、吸い込みをしのげる。


 メリッサは機関制御室へ入った。


   *


 星脈地図――目標セット。


 機関制御室。

 メリッサは操舵席に腰掛ける。

 《改十》はすでに解除して、少女はメリッサの膝の上で拗ねている。


「んむ……」


 尖塔は三つ失われた。

 リーペンワープの跳躍機関には、最低限の安定性しか残されていない。


 でも、この流れは利用できますのよ!


 メリッサは急いで跳躍プロセスを進めた。

 雪原に囲まれた数日間で、研究員とアップデートした最新版だ。


 都市が白い光に包まれる。

 その光を喰い、バケモノがまた肥え太る。


 魔力消費が予想以上――食われてますわね。

 だからなんですの。

 星脈潜航、開始しますわ。


 都市が歪んだガラスに覆われる。

 だが、対魔力流防護膜すらも吸い込まれ、バケモノの口へと引き伸ばされる。


 メリッサはバケモノを見た。

 あれだけの広さがあれば……ええ、可能ですわね。


「――跳躍!」


 リーペンワープは流れに身を任せて跳び上がった。


   *


「浮上ですわ!」


 その瞬間、リーペンワープを激しい揺れが襲った。


 さあ、バケモノさん。

 ――あなたを乗りこなしますわよ!


 機関制御室の魔影板には、バケモノの頭頂部が映し出されていた。

 リーペンワープはバケモノの吸い込みに乗って、そいつの背に乗ったのだ。


「んぁ〜っ!」


 バケモノが身を捩る。

 リーペンワープは滑り落ちる――かに思われた。


「すぐに潜航ですわ!

 そして、浮上しますわよ!」

「んぉっ!」


 リーペンワープは再び、バケモノの背に浮上する。

 重みにバケモノが身悶える。


「魔力残量、五十七%――潜航しますわ!

 ……魔力残量との勝負ですわね、お互いに」


 リーペンワープは潜航と浮上を繰り返す。

 その度に、バケモノの高度が下がる。

 そして、少女の息が上がってくる。


「基礎構造支持力、七十%。

 魔力残量、三%――耐えて、くださいましっ」


 リーペンワープの魔力残量が底をつきかける。

 少女の目が虚になり、メリッサへと倒れ込む。

 付き合わされたバケモノの動きも、散発的になる。


 そして――。


 激しい音と共にバケモノは地に落ちた。

 街を振り落とそうと暴れ、魔力を使い果たしたのだ。


「浮上しますわ!」


 その傍らへと、リーペンワープは浮上した。


「よくやりましたわ」


 メリッサは少女を抱えて、機関制御室を後にした。


「生存確認!」


 外では、マレンの大声が響いた。


   *


 バケモノは倒された。


 リーペンワープは青空の下、祝勝会を開いていた。

 三つの尖塔、農園区画、リーペンワープ城を除いて、街はほとんど更地と化した。

 城壁も無事な尖塔の周りを除けば穴だらけである。


「ゾーロンさん。

 ……ご忠告通り、帰るべきだったかもしれませんわね」

「いいってこった。

 それによ、嬢ちゃんのおかげで生き残れたんだ」


 禁忌の召喚士ゾーロンは、有り合わせでつくった料理をかき込む。

 リーペンワープに怪我のない者はいなかった。

 だが、幸いにも死者は出なかった――ゾーロンの繁殖個体数匹を除いて。


「……メリッサ様、お見事でした」


 いささかくたびれた様子のマレンが声をかけた。

 騎士や冒険者の中には、これなら大軍でも倒せるぞ、と息巻く者もいた。

 そのせいでマレンは、跳躍先にはある程度の広さが必要なことを説明して回るはめになった。


「お疲れ様ですわ、マレン。

 ――ひとつお聞きしたいのですけれど」

「なんでしょう」

「この子の名前、どう決めればよろしくって?」

「……ん」


 メリッサはまだ、少しふらついている少女を見た。

 シノのおかげでダメージが軽減されているとはいえ、戦いの煤で汚れている。

 三つのクリスタルを失った櫛も外れかかっていて、髪もぐちゃぐちゃだ。


「たしか、リープとリッペ――でしたね」


 マレンは少し考え込む。

 彼も何度か、メリッサの命名実験を見たことがあった。


「聞いた話なのですが……女の子はお揃いが好き、と」

「そうなのですか?

 ――って、私も女子でしてよ」


 マレン、なんでこんなこと言いましたの。

 珍しいですわね――ああ、そういうことですのね!


「ありがとうですわ、マレン」

「どういたしまして」


 マレンの尾は少し楽しげに揺れている。


「皆さん!」


 メリッサは少女をマレンに預けて駆け出す。

 そして、かろうじて残った壁の一部に登って呼びかけた。


「紹介いたしたい子がおりますの。

 この街の都市用人工付喪神――」


 メリッサが示したその先、マレンに預けられた少女を、そよ風が撫でた。


「リッペですわ」


 付喪神の少女――リッペの汚れが浄化されていく。


 乱れていた花崗岩色の髪は、跳躍機関を模した櫛でまとめられた。

 だが、櫛のクリスタルは三つ失われたままだった。

 それに服も借りた軽装鎧のままだ。


「よろしくな! リッペ」

「あー、あの子! 服変えたんだ」

「……この街にこんな子いたんだ」


「んっ? んっ!?」

「――ちょっ、あなたが主役ですわよ?」


 冒険者や騎士、研究員たちが祝福する。

 引きこもり学者すら、今宵ばかりは拍手を送る。

 リッペは困惑して、メリッサに抱きついた。


「領主様、いい名前じゃないですか。

 なんでリッペにしたんです?」


 声をかけたのは緑髪の元仮聖女セレアレ。

 名前の案を出した人物だ。


「メ・リッサ――ですわ」

「……?」

「お揃い、ってことですわ」


 きっと実験を見ていたマレンは気づいていたんですわ。

 リッペがこの名前を気に入った理由まで。


 祝勝会は、夜まで続く。

 ――そう思われた。


「……雨じゃ」


 祝勝会の端の方。

 狐人のシノが呟き、手のひらを空に向ける。


「まるで、梅雨のようじゃの」


 それからすぐ、リーペンワープは大雨に見舞われた。


「次は、なんですの?」

「総員警戒!」


 メリッサは身構え、マレンが指示を飛ばす。


「おい! あれを見ろ!」


 冒険者が指差す。


 崩れ落ちた尖塔の向こうに、城ほどはある巨大なアジサイが揺らめく。


 雨に喜ぶかのように、蕾が綻び、みるみるうちに青い花が咲く。


「……あり得ません」


 その光景に、セレアレは震えた。




 満開のアジサイから、黄金色の蜜が垂れる。


 それは、次第に強く、多くなり――


 滝の如くに溢れ出した。

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