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第一話「工学令嬢メリッサ」

 轟音、青空にひびが入ったような強い光、魔動機関が爆ぜた時の針で刺すような痛み。

 周囲で悲鳴が上がる中、七歳のメリッサ・ハートメイは、月を目指した父が助からないことを理解した。


「メリッサ、これが俺達で設計した星間跳躍塔だ……すこし小型化したが」

「父上、私も乗りたいですわ!」


 父は無言でメリッサの頭を撫でた。その会話が父の最期の言葉となった。


 なぜ、こうなったの?


 メリッサは消えていく光を見つめる。


「実験は失敗か。じゃあ、次はどうする? メリッサ」


 父の声がした気がする。


 爆発するなんて、出力は低いぐらいでしたわ。

 父上は奇想卿と呼ばれた男ですのよ?

 建てた母だって……。


 父のノートには都市が描かれていましたわね。

 夢があって好きなページ、何度も見ました。


 安定のためには規模が必要なのかしら。

 それなら理屈が合いますわね。

 なら、魔力の流れを安定させる板を……ダメですわ。


「お嬢様……大丈夫ですか」

「――次の設計を考えてますの」


 視察に来ていた王家の役人を制して、メリッサは光が消えた空を見つめていた。


   *


「メリッサ……舞踏会はどうした?」


 十五年後、メリッサはハートメイ屋敷の脇にある父母の研究小屋で暮らしていた。誰に言われるでもなく自然とそうなっていた。

 事故からすぐ母も後を追うように亡くなり、今は叔父が当主となっている。


 その叔父の声に、メリッサは実験結果(ガラクタ)の山の中から顔を出す。


「叔父様、もうお帰りでしたの?

 あとちょっとこの魔動整流器を……って、もうそんな時間ですの!?」

「お前は第三王子の婚約者だろう。もっと責任感を持ってだな――」


 叔父は溜息をつきながら、メリッサを叱る。部屋のことは言い飽きたようだ。

 お小言はいつものことですわ。そもそも――


「彼、私を応援しておりますのよ? 昨日も最新の論文を取り寄せてくださいましたわ」

「ならばなぜ、二十二歳になっても娶らんのだ?」


 うぐっ。

 たしかに、ちょっと遅い気はしますわね。


「――とりあえず。ドレスを着ている暇はありませんわね。仮想魔術『礼装』」


 メリッサは即座に設計を考える。だが、ファッションで使う生地なんて分からない。

 仕方ありませんわ、ゴムにしましょう。


 メリッサが頭上に手を掲げると、魔法陣……ではなく青い設計図が浮かび上がる。

 設計図がメリッサの身体を通り抜けると、ワイヤーフレームが輝く半実体のゴム製ドレスが、メリッサの使い込まれた作業着を機械油のシミごと包み込む。

 デコボコは魔法陣風の紋様で誤魔化して、栗色の髪も仮想の髪留めでさっとまとめた。


「さ、いきましょう。叔父様」


 その姿に呆れつつ、叔父は半ば諦めの境地に至っていた。


「……その魔術の腕だけは最高なんだがな。奇想は父譲りか」


   *


「ハートメイ伯爵家当主、クインキール・ハートメイ卿! ならびにその姪、メリッサ・ハートメイ嬢!」


 背丈の三倍はある重厚な魔動扉が開く。父の発明だ。

 ハートメイ家の伯爵位は父の功績によって与えられた。

 小国だった王国の発展に貢献した奇想卿カシメール・ハートメイ。有用無用、意味不明まで様々な魔動器を生み出した大発明家だ。

 扉の自動開閉魔動機は、いまも輸出の主力の柱のひとつだ。


 でも、今日の舞踏会はそんな工学からかけ離れた伝統あるものだ。少し前まで、この日は従者が自動ドアを手で開けていたくらいの伝統がある。

 メリッサは光る仮想ゴムのドレスを纏って誇らしく、だが、慣れない靴で慎重に舞踏会の会場――『天の五星の間』へと進む。


 天に輝く五つの星を象徴する宝玉や天井画を、五つのシャンデリアが照らす。

 その下をピカピカ光りながら歩くメリッサを一目見るなり、伝統派貴族たちは諦めの表情を浮かべる。


「あんな変人令嬢がなぜ王子の婚約者なのだ」

「どうせ今回も王家が庇うのだろう」


 応えるように、ひそひそ話が聞こえてくる。


「あの模様、魔法陣かと思ったが、意味のない模様ではないか」

「なんだ、あの素材は。ぬらぬらして、気味が悪い」


 しかし、メリッサは気にしない。

 これは「王家公認」だからだ。その証拠に、いつもオリバー殿下はこんな風に言ってくれる。


「これは技術立国を目指す我が国のファッション、その試作品だ」


 王家が居並ぶ壇上から、メリッサを迎えに第三王子オリバーが降りてくる。

 メリッサは、叔父の言いつけで練習を重ねたカテーシーで彼を迎える。


 さあ、今日のドレスはいかがかしら?


「メリッサ……君は、奇想卿の血が濃すぎるようだ」


 次代の奇想卿になる。そう思って生きてきたメリッサにとって、これは褒め言葉に聴こえるはずだった。


 だが、さすがのメリッサでも気がついた。

 今日のオリバー殿下は様子がおかしい。


 思えば端正な顔立ちをしていた彼の鋭い視線がメリッサを刺す。

 だが、目には隈が浮かび、少し腫れているように見えた。


「オリバー、殿下?」


 オリバーはさっと目を離すと、会場へ向けて言い放つ。


「奇想卿の理想は素晴らしいものだった。

 その娘の仮想魔術のドレスも、未来を予見させる素晴らしいものである。

 しかし! 技術立国を掲げる我が国の象徴たる工学者が、礼節を欠く者であってはならんのだ!」


 叔父から血の気が引く、会場は拍手に湧く。そして、メリッサも驚いた。


 遅刻したことは……二回くらいしかない。

 今日だって間に合った。カテーシーにも間違いはなかったはず。


 というより、そんなことで怒るようオリバーではないことをメリッサは知っていた。

 少なくとも、今日までそう思っていた。


「メリッサ。君との婚約を解消し、追放に処す――捕えろ」


 メリッサは反論の口を開きかけるも、隙を与えずオリバーの命を下す。

 間髪入れず、王家直属の騎士がメリッサに迫る。


「待ってくれ! これには深い訳が! うごっ」


 身を挺して割って入った叔父だったが、軽々と撥ね飛ばされる。

 メリッサは騎士に取り囲まれた。今は抵抗すべきではありませんわね。


 身動きの取れないメリッサへ、いつになく険しい顔をしてオリバーが歩み寄る。

 その足取りはいつもよりはるかに重々しく、王族としての威厳に満ちていた。


 やはり、今日はおかしい。


 口を開きかけるメリッサだが、オリバーは彼女が口を開くことを許さない。


「持っていけ」


 オリバーは一通の手紙を渡した。

 その手紙には強い魔力を放つ赤紫の封蝋が固くなされていた。


 この魔力は――時限封蝋でして?


 メリッサが疑問に思うよりも早くオリバーは背を向け、命じた。


「連れていけ」


 メリッサは、騎士達によって天の五星の間の外へと、連行されるのだった。


「……ついにあの変人ご令嬢がね、いい気味だ」

「オリバー殿下に相応しいとは思えませんでしたわ、ねぇ?」


 背後では娘を持つ貴族たちが色めき立っていた。


   *


 貴族令嬢としては、自由に生き過ぎてしまったのかしらね。

 私の次はいらっしゃるのかしら。

 お互い、もういい歳だと思うのですけれど。


 追放先へ向かうメリッサは、そんなことを思いながら窓のない馬車に揺られる。

 魔動車はまだ普及していない。舗装も都市周りだけ。

 技術立国を標榜すれども、交通の主役は未だ馬車であった。


 もし、田舎村ならなにかしら役に立てるかもしれませんわ……手が汚れることに抵抗はないのは救いですわね。でも、勉強できないのはつまらないですわ。


「ねえ、私の私物はどうなったのかしら?」

「申し訳ありませんが、存じ上げません。――こちらですメリッサ様、お降りください」


 御者がそう言って馬車を止める。

 降りた場所には、鉄柵で厳重に閉じられた洞窟があった。

 鉄柵の留金には見慣れた王家の紋が刻まれている。


 これは……面白くなってきましたわね。


 その鉄柵の手前、王国の騎士らしき大柄な犬人コボルトが立っている。白い毛並みで、垂れ耳だ。


「お待ちしておりました、メリッサ様。

 私はマレン・クーバー、貴方の案内を仰せつかっております」


 そう言うと彼は鉄柵の鍵を開け、中へと招き入れる。


「あの……こちらは?」

「まあ、一種のダンジョンです。王家の命により、私が最深部までお守りいたしますので、ご心配なく」

「王家の命、ですの?」


 私を追放して、ダンジョンの奥へ?

 一体、王家は何を考えているの?


 ……情報が足りませんわね。


 メリッサはマレンをちらっと見た。誠実そうな騎士であった。


   *


 ダンジョンは人工物ではない。

 だが、自然が生み出したとは思えないほど、正確に組まれた石造りの廊下が続く。

 目地はしっかりと組み合い、欠けの位置さえ構造上には問題がない……うっとりしますわね。


 しかし、もっと魔力に満ちた世界だと思っていた。

 肌に触れる魔力はそよ風のよう、これではほとんど外と変わらない。


 湧き出る弱い魔物をマレンが倒し先導する。


「下層には強い魔物が出ますの? 魔力も弱い気がしますわ。これが普通ですの?」

「私は詳しくはないのですが……王家が魔力を吸い上げているそうです」


 マレンの歯切れは悪かったが、それゆえに誠意が感じられた。

 わからないことを正直に言える人は、信頼できそうですわね。


 層を下ると美しかった石造りの廊下は次第に崩れ、荒々しい自然の洞窟に移り変わっていく。


 しかし、その不完全さすらも、冒険の気分を盛り上げる異様な完璧さが見て取れる。

 崩れた岩場すら攻略されるためにあるかのようで、少し気をつければ簡単に降りられる。

 ここまで来ると、怖くなってくるほどだ。


 と、急にマレンがメリッサを制した。


「メリッサ様、お下がりください」


 マレンは犬人コボルトである。人よりも聴覚が効く。

 メリッサは何が来るのかと身構える。


 すると、曲がり道の向こうから魔物が姿を現した。

 硬い殻に覆われた身体、毒針のついた尾は人の背丈ほど、二つの鋏を持つ腕で威嚇する。


「オオサソリですか……珍しいですね」


 マレンは剣を構え、メリッサを守る位置に陣取る。

 オオサソリが飛びつく。マレンは剣を振るって叩き落とし、サソリの目をひとつ潰した。

 しかし、それがサソリの反射を引き起こす。


「くっ」


 マレンの剣が鋏によって捉えられる。

 サソリの毒針が振り下ろされるも、マレンは間一髪で回避する。


 これはピンチですわね。


 メリッサはマレンの元へと駆け出した。


「問題ありません! メリッサ様は安全なところに!」

「――仮想魔術『強化外骨格パワードスーツ』」


 マレンの静止が届くよりも早く、メリッサが手前に手を掲げる。

 すると正面に彼女より一回り大きい設計図が浮かぶ。

 メリッサはその中を通り抜けると、半実体の金属で出来上がった機械の躯へと乗り込んだ。


 筋力が足りないなら、頭脳で補えば良いのですわ。


「こちらは私が引き受けましたわ!」


 メリッサは元の何倍もある機械の両手でサソリの尾を掴む。

 肩にある魔法陣が音を立てて回転をはじめる。


 ――ブチッ。


 メリッサ自慢の重作業用仮想強化外骨格《改九》。

 その膂力の前にサソリの尾は捩じ切られた。

 オオサソリはあまりのことに、マレンの剣を挟むことも忘れてのたうち回る。


「はあっ!」


 マレンが隙をついて殻の隙間に剣が突き立てる。

 オオサソリは少し痙攣した後、動かなくなった。


「加勢の必要は……素早い援護、感謝いたします。

 その魔術は?」


 マレンは白い尾を旗のように翻す。

 そして、垂れ耳をメリッサに向け、感心したように言う。


「仮想魔術ですわ」

「それほど複雑なものは、初めて見ました」


 それ、工業ギルドでもよく言われましたわ。

 なんでもすぐ試したいんですもの!


   *


「メリッサ様、こちらです」


 ボス部屋の扉だろうか。洞窟には似つかわしくない重厚で、古びた、タール塗りの木の扉。

 笑顔のマレンが開けるよう促す。


 メリッサに選択肢はない。その扉を押し開ける。


 そこには異様な光景が広がっていた。


 ボス部屋を掘り抜いた巨大な空間を魔光灯の灯が照らす。

 その下に城壁、尖塔、その奥に城が見える。城塞都市だ。

 石材を見るに築3年も経っていないだろう。


 だが一番、目を疑ったのは、その配置だ。


 不気味なほど見覚えがあった。

 

「――これは父のノートにあった都市ですわ。マレン、どういうことですの?」

「手紙を、お読みください」


 メリッサはハッとして、時限封蝋のついた手紙を取り出す。

 開いている。読むべき時が来たのだ。


「王家として、この日のために君を育ててきた甲斐があった。

 メリッサ・ハートメイ嬢、貴君をリーペンワープ領主に任ずる。

 この都市で技術研究に励め。

 王国に栄光あれ〈極秘〉

 国王 ベルガノ・ライア」


「追伸 追放は表向きのことだ。真意はここにある。君を、信じている。

 第三王子 オリバー・ライア」


 ――どうして?


 メリッサは都市を睨みつける。


 奇想卿を継ぐのは、私のはずでしたのに。


 この街は、私が、この手で建てるはずでしたのに!


「マレン」


 マレンはただならぬ雰囲気を感じ取り、姿勢を正す。


「……これは誰が造りましたの?」

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