第3話 鬼妃 ニーム
真琴は口をひらきかけたが、クラクションに思わず首をすくめた。
見ると、こんな時でも、青信号で車は進み出そうとしている。
けれど勇者は、こうして車道にいることを気にしていないようだ。抱きあげていた真琴を立たせると、その手へ何かを握らせた。
「使ってくれ、薬草だ」
しかしそれは、どう見ても怪しい植物片だった。
「つかうって……どうやって」
勇者は目を細めた。
「気にするな、わずかに残っていた!」
そう言い残し、彼は腰を落とすとアスファルトを蹴った。一瞬で残像になった。動きに目が追いつかない。
金属音がした。見ると、もうハルク前で勇者が、女剣士の細身剣に自分の片手剣を合わせて押し込んでいた。
真琴は、ともかく駅側の歩道に駆け込んだ。けれど目はつい向こうの赤いマントに奪われてしまう。
青い甲冑と赤いマント。
その背中は、どう見ても、クレヨンで描いたあの少年だった。
動悸がした。今になって顔が火照ってきた。
けれど、刃と刃が火花を散らし、打ちあう響きには思わず身がちぢこまりそうになった。しかし真琴は親指をにぎりしめて、彼の背中を見守った。
女剣士は剣を打ち合わせながら緩やかに後退する。だが攻勢をしのぐ表情自体は薄笑いで余裕だ。
「どうしたの勇者、息があがっているじゃない」
言われるだけあって、動くたび彼のマントが出血で重たげにひるがえる。
真琴は、眉を寄せた。
「薬草って、なんで自分に使わないの……」
甲冑の下にどれだけの怪我を負っているのだろう。彼の肩でしている息が、あまりに痛々しくて直視できなかった。
剣で打ち払い、青い盾で殴りつけ、突きを体さばきで避けている。衝撃に鎧の継ぎ目から血の雫が散る。真琴にも、彼の残り時間の少なさは明らかだ。
一歩、足を踏みだすものの、真琴には、どう彼の手助けをすればいいのかが分からない。悔しさに顔を歪める。
一方、女剣士は笑んだままだ。蹴りで彼を突き離し、胸の前で両腕をかざした。
「防御魔法! ……って、あららっ?」
何も起きなかった。
「やだわ、片手が……なかったわ」
そのまま女剣士のニームはステップインして勇者の腹を、ブーツのかかとで蹴り込んだ。
群衆の垣根が割れ、そこに腹を押さえた勇者が後ずさった。
真っ赤な口紅の高笑いが、ハルク前に響いた。
「──可笑しいったらないわ。足もとがふらついているわよ。そういえば、そっちは瀕死のままだったわね!」
ニームは剣先を出しながら突進した。
「なら防御魔法がなくったって! 落ち首の一つや二つ!」
スマホを構えていた駅側の野次馬たちが、悲鳴をあげて垣根をくずす。
押し込まれる勇者は、そんな彼らをかばうように、車道で踏みとどまった。
剣を押し合ったまま、勇者が一瞬こちらを向いた。
「キターラ、早く、それで回復しろ……!」
真琴は、植物片を手にどうしたらいいのか、じだんだを踏んだ。
「だって! どうやったらいいの! 食べろっての⁉︎」
なんとかしたい気持ちが前のめりにあふれている。
「傷に……塗り込め……! できれば防御魔法を頼む!」
勇者は、押し込んできた出足に払いをかけ、そのまま背面跳びに跳躍した。ニームの頭上を飛び越えていく。
真琴は薬草を手に、
「すごっ!」
思わず声が出た。
その時、真琴の脳裏に、浮かんだ白髪の記憶があった。
(──子どものころ、クレヨンで黄色い三角をしきつめて、画用紙に光る球を描いたでしょ)
確かに、そう、声がした。
真琴は頭をかかえかけたが、そこにまた声がした。
(……そう。あれが防御魔法。あなたには出来るわ)
誰の声だろうか。いやそれよりも、
「できんのかよ……!」
言いながら真琴の手が動いた。勇者にむけて両手を突き出す。
宙返りしながら勇者は、ニームを見た。
ニームも、振り返りながら彼を目で追う。細身の剣を抱き魔法弾の詠唱に入る。
真琴にも、剣を構えたニームの背中に、その意図が読めた。彼が着地する瞬間を狙っているのだ。
そして勇者は、魔法弾が来ると分かっていて、それを避けない。全弾、盾と体で受け止める気だ。
なぜなら、その背後には、すっかり観衆になりきった野次馬たちがいる。
ニームが口走った。
「バカな勇者ね!」
その瞬間だった。真琴がまだ空中にいる勇者に突き出した両手が、勝手に印を組み、重なった。
心の中で格子模様を描いた──勇者を囲めと。
すると口が動いた。
「──防御魔法ッ!」
同時、勇者が着地した。
彼を猛烈な爆炎が包んだ。
高笑いが、ハルク前に響いた。
「やはり、あまいわね、勇者。それでも非情の器のつもり? 笑わせるわ」
けれども、流れていく爆煙の中、その勇者が、立ったまま現れたことに女剣士は絶句した。
しかも彼は、半球状の光のドームのなかに立っている。
真琴も、まばたきをした。女剣士ニームが蛇のような瞳孔でこちらを振り返った。勇者も、敵ごしに仲間と再会したような、あたたかな視線を投げてきた。
脳裏には、幼い頃のクレヨン画が浮かんでいた。
絵の中で、自分はまさに、この魔法を使っていた。
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次回は、本日22:00に公開予定です!




