第12話 ほんとうの名前
彼女は、勇者から目をそらした。親指を握りしめた。
「ごめん。なんか……余計なこと言って」
勇者は微笑みながら、こちらをみた。
「気にするな」
それは嘘のない、ほほえみだった。
「悲しくはないのだ。憶えていないのだからな」
装備は次の階で待っている。
「だから、すまない。本当の名前は、僕もしらないのだ」
言いながら彼は階段を踏んだ。
「ミドガルドで物心ついたころには番号で管理されていた」
四番目に着いた子ども。
「……ゆえに奇瑞なのだ。きみたちからゼロフォーとよばれるのが」
彼の目は悲しいほどに笑むのかもしれない。
「偉大な勇者エヌの名で、こんな僕がよばれるよりも、よほど馴染んだ名だからな。四番目というのは」
言いながら勇者が気づいた。彼女がついてきていない。
振り返ると、踊り場で真琴は立ち尽くして、勇者を見上げていた。
その真琴の頬を、涙がすべり落ちた。
勇者の顔が、うろたえた。
「どうした」
彼は駆け戻ってきた。
「なぜ、きみが泣く」
子犬のような勇者が、下から彼女を覗き込もうとした。
「痛むのか、どこか、マコト」
うつむいて、彼女は前髪のなかに隠れた。
「──だって」
胸が痛んだ。なぜ彼はそんな酷い話を笑みながら話せるのか。不憫に思った。
「それ、普通のことじゃないよ」
見ると勇者の顔も、胸を痛めるかのようにこちらを見ていた。
けれどわかっていた。それが彼の世界の普通なのだと。そして変えることもできないと。
だから涙がでた。悲しさを知らない彼に手をさしのべていいものなのかと。
すると脳裏に一枚の絵が浮かんだ。手を伸ばせば、触れることができそうなくらい生々しい記憶だった。
──日暮れ前のキャンプ地。
キターラたち三人は鍋を囲んで笑っていたが、その輪から少し離れたところで、エヌだけが背を向けて、木鉢のスープにパンを浸し、かじっていた。
真琴は目を上げた。
そこには今、エヌがいた。ずぶ濡れで、けれどあのときより表情が少し豊かな彼が。
「……なんで」
真琴の胸が激しく痛んだ。なぜあの時、声をかけられなかったのか。なぜ自分は彼をひとりぼっちのままにしたのか。他人の記憶と自分の感情の混線に混乱をしながら、彼女は後悔にさいなまれた。
顔を見あげた。
「あなたが悪いわけじゃないの、すべては魔王のせい……」
なんだかわからないが、理屈をこえて感情面で何もかも全てがわかった気がした。
「でもね、せっかく違う世界にきたんだし、あなたはもう幸せになっていいと思うの」
上着の袖で目もとをおさえた。そして彼を見上げた。
「わたし、きめた」
勇者の哀しげな目が見ていた。低くて、穏やかな声が言った。
「何をだ」
真琴は、その目をしっかと見返した。
「いまから、わたし、あなたの普通を担当する」
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次回は、本日18:00に公開予定です!




