第11話 勇者エヌ
階段を先行く勇者の足の速さに、真琴は足をもつらせかけた。
「ちょっと、あし、早いって……!」
彼は三段飛ばしで行く。スニーカーとカジュアルパンツだとは言え、真琴はついて行くのもおぼつかない。踊り場の表示には六階とみえたが、そのはるか先で勇者は、我にかえったように足を止めた。そしてあわてて振り向いた。
「すまない、……つい」
その表情は、濡れた子犬に似ていた。息のきれたまま真琴は追いついて言った。
「……ってか、いまの、例の〝仲間アレルギー〟?」
膝に手をおいて息を吐き、そして吸う。降りそそぐスプリンクラーのシャワーにむせこんだ。見上げると、勇者がしょんぼりと肩を落としていた。
面会室で屍鬼を葬った、鉄面のような冷たい顔。
静かに気配をうかがうときに見せる、耳を澄ましている彼の横顔。
そして今、困ったように眉尻を下げている顔。
そのどれも、やはりずっと前から知っている人のような気がしてしまう。
真琴は彼の胸をグーで小突いた。
「まぁ、そんな顔しなくても大丈夫よ。おこってないから」
滝のような階段を踏みしめて、また上りはじめる。
「それよりも、名前だよ。わたしのなまえ!」
ジト目で彼を見た。
「面会室では〝忘れたほうがいい〟とか言ったくせに、いつの間にか、キターラって呼んでんじゃん」
並んで階段を登る勇者が、横目をよこした。戸惑っているのか、彼は鼻の先をこすった。
「たしかにな。つい……」
七階の踊り場に出る。
「いまは真琴。朝倉真琴」
勇者がうなずいた。
「承知した。今より、マコトと呼ぶ」
実のところ真琴は、彼からもっと彼女、キターラのことを聞きたかった。けれども今はその時じゃないとも思う。
昨日、ニームとの戦闘のさなか、心の中から語りかけてきたあの声の主。そして、あのいつもの夢の中の白い髪の少女。キターラとは、彼女の名前なのだろう。
前世とか、転生とか。そんな言葉が心の中に浮かんでは消えていく。
黙って歩いていた彼女に、勇者が言った。
「マコトとは、どんな意味の名なのだ」
「あ? んー。上は〝ほんとうの〟って意味で、下は、お琴とかハープとかさ。弦楽器っていえばわかる?」
そう答えると、また勇者が目を曇らせた。真琴は口をへの字にした。
「なんでいま残念そうな顔した」
「すまぬ……。いや、やはりそうであったかと……」
きっとキターラの名前の意味だ、と真琴は思った。勇者は言葉を探している顔をしていた。
いずれにしても、彼は言いにくそうだった。真琴は先に、話題を変えるように表情を変えた。
「ほら、足止めてるヒマないよ。話しながら行こ」
勇者はついてくる。
「そういえばだけど。名前って言えばさ、思い出したんだよね。わたし、昨日あなたのこと、エヌさまって呼んでた」
返事はなかった。一体どうしたというのだろう。真琴は雫の落ちてくる前髪を分けた。
「ね。エヌって名前で、合ってんの?」
「うむ。たしかに僕の名だが……」
真琴は口を尖らせた。
「てかさ、仲間アレルギー以外にもまだなんかあんの?」
「いや、エヌというのは……初代勇者の名なのだ。僕も先代から引き継いだ。転化の甲冑とともにな」
継いだ名前だと言うのなら、それでもよい。けれど、ならば彼本来の名前もあるはずじゃないかと真琴は思った。つまり〝勇者エヌ〟の名を継ぐ前の彼個人としての本来の名が。
「じゃあ、そのまえは、どんな名前だったの?」
「それは……」
彼は口ごもった。そしてボソリと、歯切れ悪くつぶやいた。
「〝4号〟……だ」
「へ?」
あっけにとられてしまった。
「って、ゼロフォーはこの国がつけた番号じゃん。そういうの今はいいから」
「いや、だから、ほんとうに……僕は……〝4号〟なのだ」
名前を言いたくないのかなと、真琴は思った。あるいは、彼らにも真実の名前を伏せておく文化があるのかもしれない。
「……じゃあ、とりあえずエヌくんでいい? なんかそっちのが、わたしも馴染みを感じるし」
そう言うと、勇者の顔が、すこし照れたように見えた。
「そうか。ならそれで構わない」
真琴は前を向いた。
「わかんないなぁ。異世界人の情緒って……」
けれども内心では、
(よかった。番号で呼ばれても、そんなに傷つかないんだ)
彼女は少し、ほっとした。
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次回は、本日18:00に公開予定です!




