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勇者04──防衛省異世界対策室の少年  作者: 朱実孫六
新宿の騎士たち

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第10話 ②

 四階の廊下に出る。


 部屋のドアが並んでいる。様々な捜査本部の看板が並んでいる。


 仰向けに横たわっている警官は、男性だった。


 警察署内とは言え、必ずしも銃を携帯しているというわけではないのか、その中年の男性警官は木の棒を抱えて仰向けに横たわっていた。


 その棒──モップの先で抵抗したのだろうか。彼は手の爪が食いこむほどその柄を掴んだまま、目を見ひらいて歯を食いしばり、肩で息をしている。


 勇者は、膝をついて彼の頬に触れた。腹部が食い荒らされていて、真琴は直視できなかった。


「聞こえるか」


 勇者の声に、警官の目が動いた。ロウソクのように白んだ手がモップからはなれて、勇者の手を握った。


「言い残すことはあるか」


 すると警官の口が、かすかに『つま』、『むすめ』と、動き始めた。


 そして、絞り出すように最後、『ありがとう』と、紫色の唇が震えながら笑んだ。


 勇者は、その彼に誓った。


「承知した。必ず伝えよう」



 真琴は胸が張り裂けそうになった。ここでは思うまいとしても、父の真二の無事を祈ってしまう。


 けれど、このまま不安と悲しみに沈みこんでいるわけにはいかなかった。


 リュックを抱きしめて、警官の耳もとに顔を寄せた。


「おたずねします。この人の装備を取り戻したいんです!」


 ──すると、とじかけていた警官のまぶたが、持ち上がった。



 最後の光を取り戻したような彼の瞳に、真琴はすがるように続けた。


「青い鎧と剣です。警察署に押収っていうんですか、昨日、西新宿から持っていかれてるんです。どこへ行ったか、ご存知ないですか!?」


 警官の目が、ゆっくりと真琴を見た。そして悔しそうに歪められた。それは、彼女に知ることをどう伝えたらいいのかと苦悩しているようだった。


 けれど真琴にも方法が見つからない。


「お願いします、襲撃者を倒すのに必要なんです!」


 瀕死の警官を揺すぶるわけにもいかない。もどかしい。


 警官の目も、困ったように曇ったが、ふと何かを思い出したかのように、勇者の手のなかから白んだ手を抜いて、一本の指を立てた。


 それは、何かのメッセージなのだろうか。真琴は思いつくままに言った。


「一階、という意味ですか? 一階に装備があると?!」


 警官は白い手を横に振った。違う、と言いたいのだろうか。


 次いで彼が、もう一度、人差し指を立て、そのまま二度、空中で上下に振った。


 真琴は、気がついた。


「一と、一。 十一階という意味ですか?!」


 そう聞くと、警官は真琴の手に、その白んだ手を置いて笑んだ。


「──」


 うれしそうに笑んだまま、彼の口がなにかを告げて動いた。薄れゆく意識のなかで彼は、真琴に娘の姿を重ねていたのかもしれない。


 真琴も、その手を握りかえしていた。


 ゆっくりと目を閉じていった彼は、満足げだった。冷たい雨の中、その目尻から、あたたかな涙がつたっていた。






 勇者が、息絶えた警官の目をとじてやり、彼の両手を制服の胸の前に重ねた。


 手を合わせ、真琴も勇者に続いて立ちあがる。血のにおいにも慣れた。胸の痛みも、前進する力になると知った。


 彼女はリュックを抱きなおした。


「十一階に、装備があるのかも」


「賭けてみるか」


「そうだ!」


 真琴は、壁の館内表示板に目をやり、近づいた。


 指でなぞりながら濡れた表示を読むと、この四階と上階の五階には様々な部署が入っているらしい。


 生活安全課、組対、刑事課。文字が並んでいる。八階と九階には食堂や講堂の文字があった。しかし、その先の十階からの表示は無い。


「……どういうこと? 十階から上には何があるの」


 しかし、階段は屋上まで続いているはずだ。真琴は振り返った。


「……それに、この階の他の人たち、避難できたのかな」


 勇者は、周囲に耳を澄ませるように顔をあげた。


「死体が少ない」


 彼は、モップを剣のように胸の前で抱えた警官の遺体に目をやった。


「おそらくは、この騎士の献身のおかげだ」


 新宿の騎士が、満足げな表情で眠っている。


「そうか。避難用の階段もどっかにあるんだ」


 樹脂製の標示板をなぞる。建物の南北に非常階段があるらしい。


 勇者もその略図を目にして言った。


「一階にニーム。となると、十一階までのどこかにはソルバウがいる」


 真琴は、濡れた前髪をなおした。


「それも賭けだね。エレベーターは使えないから、二本の非常階段とさっきの中央階段。どこをつかおうか」


 勇者が微笑んだ。


「こういう時は真ん中だ」


「なぜ?」言うと、勇者が笑んだ。


「僕はこれで生き残ってきた」


 よくわからないけれど、真琴もうなずく。


「任せるよ。よし。いこう、十一階に」


「うむ。救うぞ。アサクラどのだけじゃない。一人でも多くをだ」


 そこに真琴が拳を突き出した。なんのジェスチャーなのか勇者のほうは首を傾げた。


 けれど、彼女に「こうよ」と、うながされて、勇者もその拳にグータッチを合わせた。


「仲間とはこうするの」


 すると、勇者の目が曇った。


「仲間……じゃない」


 彼の背中が向いた。


「──ともかく。承知した。行こう」




 駆けだした彼に、真琴も、


「どうしたの、待って!」


 駆け込んで中央階段を上がっていった。

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次回は、明日7:00に公開予定です!

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