第8話 ②
とにかく手を揉んで、考えて、勇気をだそうとして、自分の腰をそっと叩いた。
「その……教えてほしいの。よかったら、だけど」
勇者は膝の上に手を置いて、こちらを見た。
「構わないが」
やはり、髪も整っていて、昨日の血で汚れた表情とは別人のようだった。
むしろ、こっちのほうが見なれている気がする。
鼻先をかいてから、顔をあげた。
いまなら胸のつかえがほどけているような気がした。
あのね、と口を湿らせた。
「キターラって、なに」
勇者は、あらためて黙って、見つめてきた。寂しそうな目が、愛おしいものを見る目に変わっていくのが真琴にもわかった。
遠い記憶の風が、胸のなかでふいている。
なにか、とても大事な時間の続きを、いまもしているような気がした。
勇者は、納得がいったように、わずかにうなずいた。
「そうか。記憶がないのだな」
彼の視線が自分の髪を見た気がして、真琴は前髪にふれた。
「なにか、ついてる……?」
勇者は微笑んだ。その首を横にゆっくりと動かした。
「いや。あの頃のままだ」
その言葉がもう、答えのようなものだった。
けれど真琴には、わからないことだらけだった。
「きのう、とっさにだした透明な丸い光も、なんだったのか……もう憶えてないの」
勇者が、膝の上で指を組んだままつぶやいた。
「防御魔法だ」
そのことばを、真琴はなぞった。
「防御、魔法……?」
昨日の光景がまとめて脳裏にうかんだ。
勇者は沈黙し、真琴は記憶のなかを、さまよい歩いた。
気がついて腕時計を見ると、残り時間は5分になっていた。
「──でもなぜ、わたしは魔法なんかつかえたの?」
答えない勇者は、ただそんな彼女を見ていた。
真琴のほうは、次の言葉を待った。彼から目を離さないままに。
透明な仕切り板に、残り時間が削られていく。
「いいわ」
自分の身の上を話すことにした。父母とは血が繋がっていないこと。母は十年前に亡くなり、父も本当のことを教えてくれないこと。
勇者は、真琴を見つめたままいる。が、耳には届いているようだ。
彼女は、それを信じることにした。
「──養子か、なにかだろうと思っていたけれど、昨日のことであなたと、あの防御魔法が、わたしの生まれと関係しているような気がしてならないの」
それもあって昨夜は眠れなかった。怖かったのもあるけれど、そこは言わない。
「お願い。なんでもいい。聞かせてほしいの」
「──そうか」
勇者はアクリルの向こうで天井を見上げた。
その変化に、真琴は前のめりになった。
「……わたしのことなんでしょ、キターラって」
けれど、また勇者は答えなかった。
ただ天井をあおいで目を閉じ、苦しそうに言った。
「忘れたほうがいい」
「なぜ?」
アクリル板ごしの勇者へ食い下がると、彼は、
「巻き込みたくない」
と、だけ言った。
痛みをこらえているかのように、勇者が胸の前で腕を組んでいた。
──そのとき。
面会室に、かすかにだが、連続した射撃音が届いた。
勇者も顔を上げ、昨日と同じ鋭い目で言った。
「これは、あの石火矢の音……」
立ち合いの警察官はパイプ椅子から立って、ふたりに告げた。
「時間前ですが、なにか外で起きているみたいです。会話はしないで、ここで少々待っていてください」
警官がノブのないドアへ歩み寄り、内側からノックした。受付から返ってくるはずの足音に耳をすませている。
「──おかしいな」
警官は首をひねって、もう一度ドアを強めに叩いた。
けれど、やはり反応がない。
真琴も勇者も、耳に集中する。
そのなかに、かすかな悲鳴と銃声を聞き取れた真琴は、息を呑んだ。
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次回は、明日7:00に公開予定です!




