第8話 アクリル越しの再会
少年の横顔は、昨日より血色が良くなっているように見えた。
正面に立った彼は、アクリルごしに穏やかな目をあげた。
服装の変化もある。昨日とは別人のような勇者だった。
しずかに息をして、そんな彼がこちらにほほえんだ。
胸に熱いものが込み上げてきた。昨日、命を救ってもらったからだけではない。会ったこともないはずなのに、間違いないと思った。ずっと前から知っている人としか感じられないのに、その記憶が残っていない。
真琴は目を離さないまま、めまいがしてきそうだった。親指を握り込む。
立ち合いの警察官の柔和な笑顔に促され、アクリル板を挟んで腰掛けた。
穴が点々と開いた円い通話口の向こうに、勇者がいる。
腰かけて、ややうつむいたまま、微笑んでいる。
何度か目をあげているうちに喉が乾いてきた。
ありがとうと……言うだけのはずなのに。
お互いにうつむいたままで、真琴の手首で腕時計が音もなく進んでいく。定められている面会時間は20分以内だ。
胸いっぱいに息を吸い込んで、通話口の向こう、真新しいシャツの白いボタンをみて、吐いてから言った。まるで残念なような声がでた。
「昨日は、ありがとう」
勇者は、小さな笑顔で首を振った。
そのしぐさに、真琴は安心した。そのあたりの機微は人間と変わらないらしい。
ほっとしたながれで尋ねた。
「けがは、どう?」
「問題ない」
よかったという意味で、彼にうなずいた。
こうして見ると、ほんとうに昨日の彼とは別人だ。なだらかで広い両肩に、仔犬めいた目鼻立ちの顔がのっている。そしてまた、その目が優しく笑む。
「それよりも、きみが無事でなによりだ」
あたたかい眼差しに、おもわずうつむいた。
無条件に照れる。だが、なぜ、ほぼ初対面にこんな言葉が出てくるのかと複雑な気持ちもある。
「それは……おかげさまで……」
それから、またふたりは黙ってしまった。
ちらと目をあげると、仔犬が微笑んでこちらを見ている。
真琴が、なにも言えないうちに、時計の数字が3分すすんだ。
面会室は空調の音だけがしている。
頭の中は「話さなきゃ」でいっぱいなのに、彼を直視できない。顔も熱い。口をひらこうとするけれど、なにも話題が浮かばない。真っ白な空間に「話さなきゃ」だけが渦巻いている。
見やると、立ち合いの警官は、留置場側で壁に向かってパイプ椅子に腰かけている。メモもとらず、ただそこに座っているだけ。会話に口を挟んでくる様子もない。
真琴は、言った。
「──と、とにかく、わたしね、あの、自衛隊っていうんだけど、わかるかな……。軍隊みたいなものなんだけど」
勇者はずっとこちらを見ていたらしい。
「国をまもるものたちか」
「そう!」
真琴は身を乗りだして、顔を近づけすぎたアクリル板から、ややうしろに戻った。
「そ、それで、父がね、あなたにも仲間になってほしいって言ってるの」
そう言うと、すこし肩の荷がおりた気がした。仕事だと思えば声がでた。
けれど勇者は、通話口のむこうで、目をそらしていた。
「そうか。アサクラどのが、きみの父上か……」
「知ってるの?」
「うむ」
勇者は、うつむいたまま首すじに手を置いた。
「きのう、僕が誘いを断ったからな」
仕切り板ごしに、彼の目をみることに慣れてきた。
「そっか。なのに今日はわたしが来ちゃったわけか。なんか……ごめんね」
苦笑すると、今度は彼がうつむいた。
よく見ると、頬にほのかな血の気がさしているようだった。
「いや……。よかったのだ。……心配だったのでな」
よく聞こえなかった。
「え、なんて?」
勇者は首に手を置いたまま、さらに猫背になった。
「……心配だったのだ」
聞いて真琴も、またうつむいてしまった。
顔が熱くて、腕時計はみられなかった。
「わたしも……」
心配してもらえて嬉しかった。
おもわずつぶやいていたそれが、急に恥ずかしくなった。
手のひらを両手で前に向けた。
「──いや、その、わたしもってのは、あなたに会えるってきいて自衛隊のバイト、はじめちゃってさ……」
なにを言っているのか自分でもわからないが、嘘をつくつもりで本当のことを口走ってしまったのはわかる。もう、わけがわからなくなってきた。
「なんか、とにかく、ごめんね。しつこく仲間になれって親子でお願いにきちゃって」
ごまかしに笑いながら腕時計を見ると、残りあと10分になっていた。
「──は、早っ! はなし、かえよっか」
仕切り直しておきながら、話題につまった。
「なんだろう、こんなところ、はじめてでさ」
たぶん立ち合いのあの警官の背中が悪い。
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次回は、本日18:00に公開予定です!




