第5話 ②
真琴は呼吸をおちつけてから言った。
「──とにかく、大丈夫。さすがに今夜は寝られるっしょ。朝からこんなに眠いもん……」
クッションを抱いて真琴はソファーにうつ伏せた。
真二の声が、申し訳なさそうだった。
『すまなかったな。大変な目に遭ったのに、迎えにいってやれなくて……』
「いいのよ、そんなの。で、ボスのほうこそ大丈夫? もう泊まり五日目じゃん」
『ちゃんと食べてるよ。寝てもいる』
「お風呂は?」
『着替えはしているよ。おかげさんでな』
お泊まりグッズが役に立っていてよかった。笑んだ。
「感謝してよね」
『ああ。でも今夜も帰れない。ひきつづき対策室の正式立ち上げに関わることになってしまってな』
真琴はクッションから顔をあげた。
「対策って、あの、魔王とか、少年の……?」
『そう。災害対処のための新しい部署でね。正式名称は零級特異災害対策室。長いから、ゼロ対って呼んでる』
真琴は首をひねった。
「けど、災害って、あいてはバケモノと男の子なのに、なんでなの?」
『まぁ。いろいろと便利なんだ。災害派遣にすれば知事の要請だけで自衛隊は出られるし……』
武器使用の前例もある。他国からの武力侵攻でもないし治安出動でもない特異体の脅威に、新たな立法をまつ猶予もない。
『そんなわけで、ロジック自体を逆転したんだろう。あれは災害だと』
言っていることは、あいかわらず全般的に難しい。ひらがな以外、頭に入ってこない。早々に真琴は理解をあきらめた。
「ふーん。そうなんだ」
相槌だけしながら、クッションに預けた頭で目を閉じた。──なんとなく、このまま寝られる気がした。
しかし──。
真二の声は知らずなのか続けた。
『ところで。話は変わるが、おまえ、バイトしないか』
真琴は、薄目をあけた。
「はぁ? どこで?」
『防衛省だ。さっきのゼロ対、じつは父さんが班長なんだ』
ちいさなため息がでた。冬には制服ディズニーの計画がある。軍資金を貯めなければならない。
「──ふうん。官公庁バイトか。……お時給はいかほど万円」
『都の最低賃金は出る』
スマホで額を確認する。思わず口から心の声が出た。
「やっす!」
しかし、無いよりはましだ。
『どうする。やるのか、やらんのか。どうせ家でゴロゴロするだけだろう』
頭を抱えた。
「やるよ、やらせてもらいますよ、世の中、けっきょく金なのよ」
けれど、こうとも考えた。顔がネットに晒されている今、高時給な単発バイトはもうできない。薄給でも安定して稼ぐほうがいいのではないか。それに防衛省の敷地内なら迷惑なワイドショーも配信者も入ってはこれまい、と……。
「──いや、でもボス。お仕事の内容は? わたしなんかで役に立つの?」
その問いに、真二が居住まいをただしたらしい。声のトーンが上司に変わった。
『名目は事務補佐員だ。……が、実際の内容は特異体A-04、つまり昨日の少年との交渉だ』
真琴は一瞬、固まった。
「うそ……」
視界いっぱいにあの赤いマントが浮かんだ。動悸が高鳴った。真琴はスマホを持ち直した。
「じゃ、わたし、彼とまた会えるの⁉︎」
自分でも驚くほど声が上ずった。
◇
通話の向こうで、朝倉真二は一枚の資料を開いていた。
「……そうだな。情報を精査した結果、お前が彼との面会に適任と判断した」
PC上にはSNSから自動収集されたワードクラウドがあった。
太字のタグが並んでいる。
【#キターラちゃん】
【#新宿の魔法少女】
【#バリアー系JK】
彼はスマホを耳に当てながら、事務椅子を回して、応接室から見える秋の空に目をやった。
「コネと言うだけじゃない。別の理由もある。けどな……無理にとは言わん」
監視カメラにも、ネットの映像にも、不鮮明ながら原理不明な障壁を張って交戦する真琴の姿が記録されていた。
報道規制は敷かれているが、彼女も特異体の可能性がある。可能なら対策室の監督下に置き、分析したいと考える班員──理研からの出向者──もいる。
真二は、静かに目を閉じた。
「父さんには決めきれない。おまえが自分自身で決めてくれ」
◇
真琴はリビングで立ち上がっていた。
「やるやる、すぐやる! いつから? えっ、今日?…… まじか!」
ブラシを手に部屋に駆け込んだ。スマホをハンズフリーにしてクローゼットを開ける。
「仕事場の服装は?」
『オフィスカジュアル。わかるか。上は襟付き、下はパンツの職員が多いな』
真琴はベッドにハンガーごとクリーニング済みのパンツを投げる。
「場所は? 市ヶ谷?」
『今日だけは新宿だ。我慢してくれ。警察署にいく』
その地名に、そして目的地に、真琴は手を止めた。もはや嫌な思い出しかない。
思わずスマホに振り返って、口をへの字にした。
「なんでよぅ。また新宿って!……」
でも、彼に会うためだ。しかたがない。彼女は服をまた選びはじめた。
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次回は、本日18:10に公開予定です!




