子猫 3
まだ下の娘が小学生だったときに、知人のところにトウモロコシ狩りにお邪魔した。青い空に、背よりも高いトウモロコシの茎。トウモロコシの実の部分だけ、ぽきっと折られて、食い荒らされたものが数本落ちていて、農家の方はカラスが荒らすんだよね、と言っていた。
一生懸命育てた作物を野生生物に荒らされるのは、作物を育てた人にしかわからない気持ちだろうけど、怒りとあきらめがきっと複雑に入り混じると思う。
農具小屋の近くで、小さな鳴き声がして、目の空いたばかりの、野良の子猫が座り込んでいた。ぶるぶる震えて、人間がいても逃げようともしなかった。逃げる元気もないのか、救ってもらえるかもしれないという期待なのか、私にはわからない。
その子猫と目を合わせて、私は自分の状況を考える。仕事をしている、小さな子供もいる。お金をかけて、動物病院へ連れて行って、その後10数年を、飼う。それはねこ好きのひとにとっては美談だろう。ニュースフィードでなんどもそんな話を読んだ。秤にかけて、選んで、子猫はそのまま青いトウモロコシ畑に残った。
私は私の時間と、お金と、気遣いを、自分の家族に向ける。できることとできないことの境界線を引いて、子猫は線の向こう側だった。後悔はしてないし、同じことがあればわたしはまた秤にかけて、余力を計算して、子猫を見捨てると思う。家族と命を秤にかけて家族を選ぶ、私もほかの人間と何も変わらない。




