最終話 朝が終わる場所
ON AIRの赤いランプが消え、スタジオの照明が少しだけ落とされた。
まるで深呼吸をするように、空気がゆるむ。
「お疲れさまでした!」
誰かの声を合図に、スタジオに拍手と笑い声が広がった。
疲労と達成感が入り混じった、独特の音。
天海うららは、しばらく自分の席を立てずにいた。
イヤモニを外し、そっと机に置く。
その手が、わずかに震えていることに気づき、彼女は小さく息を吐いた。
「……終わったんだ」
■午前8時20分──スタジオフロア
黒崎チーフがゆっくりと近づいてきた。
「よくやったな。今日の朝は、君にしか作れなかった」
「いえ……みんながいたからです」
そのやり取りを、藤田エイジが少し誇らしそうに見ている。
「天海さん、SNSの反応すごいですよ。
“安心した”“声を聞いて落ち着いた”って」
うららは少し驚いたように目を丸くし、そして静かに笑った。
「……よかった」
布施マキがコーヒーを差し出す。
「ほら、これ飲みなさい。朝の戦いが終わった人の顔してる」
「マキさん、ありがとうございます」
■午前9時──控室
メイクを落とし、衣装を着替える。
鏡に映るのは、“朝の顔”ではない、少し疲れた30歳の女性だ。
「完璧じゃなくていい。
ちゃんと伝えようとしていれば、それでいい」
今日の放送中、自分が何度も心の中で繰り返した言葉。
それは視聴者のためであり、同時に自分自身のためでもあった。
スマートフォンに、母からのメッセージが届いている。
――「今日も見たよ。無理しすぎないでね」
うららは画面を見つめ、少しだけ目を伏せた。
「……うん」
■午前10時──帰り道
スタジオを出ると、雨はまだ降っていた。
だが風は、確実に弱まっている。
傘を差しながら歩くうららの隣に、エイジが追いついてきた。
「天海さん、今日の放送……本当に勉強になりました」
「え?」
「生放送って、台本通りにいかなくていいんだって。
人の言葉で、ちゃんと話せばいいんだって」
うららは立ち止まり、少し照れたように笑った。
「それ、私も毎朝思ってる」
二人は小さく笑い合った。
■午前11時──24時間の終わり
自宅のドアを開け、靴を脱ぐ。
テレビはつけない。
今日はもう、“朝の情報”を受け取る側でいい。
ソファに座り、深く息を吸う。
身体の奥から、ようやく力が抜けていく。
「明日も、朝は来る」
それは当たり前で、奇跡のようなこと。
天海うららは、目を閉じた。
次に目を覚ましたとき、また“朝の顔”に戻るために。
画面の向こうで誰かが待っている限り、
彼女は明日も、笑顔で立ち続ける。




