第4話 ON AIR──崩れかけた朝
赤いランプが点いた瞬間、スタジオの空気が一変した。
ON AIR。
「おはようございます。『STARTING!』です」
天海うららの声は、嵐の気配を孕んだ朝にも揺るぎなく届く。
その一言で、無数の家庭、車内、職場のラジオとテレビが“朝”に切り替わった。
■午前5時10分──台風速報
「まずは台風情報です。現在、台風7号は——」
氷室ケンタが気象パネルの前に立ち、冷静に進路を解説する。
その背後で、スタッフの動きが一瞬だけ慌ただしくなった。
(サブ、音声レベル下がってる!)
(カメラ3、映像一瞬乱れます!)
イヤモニから飛び込んでくる声。
うららは眉一つ動かさず、次の言葉を自然につないだ。
「強風の影響で、通勤・通学の時間帯に大きな影響が出る恐れがあります」
“何も起きていない”ように話すこと。
それがメインMCの仕事だった。
■午前5時32分──VTRトラブル
予定されていた交通情報VTRが、突然ブラックアウトした。
(VTR、出ません!)
(差し替え用意して!)
スタジオがざわつく。
だが、うららはすぐに判断した。
「ここで、スタジオから交通状況をお伝えします」
台本にはない一文。
それでも彼女は、視聴者が今一番知りたい情報を迷いなく口にする。
布施マキが即座にコメントを被せた。
「こういう日は無理をしない判断も大切です」
二人の呼吸がぴたりと合う。
(助かりました……)
エイジの声がイヤモニに小さく漏れた。
■午前6時05分──緊急速報
突然、スタジオのモニターが切り替わった。
【緊急速報】
関東某所で停電発生
一瞬、時が止まる。
黒崎チーフの声が飛ぶ。
「速報入れる。天海、行けるな?」
「はい」
うららは一瞬だけ深く息を吸った。
「ここで、緊急速報です——」
原稿はまだ完成していない。
だが彼女は、情報を選びながら、噛み砕き、伝えていく。
不安を煽らず、しかし曖昧にしない。
その声は、視聴者の“拠り所”だった。
■午前6時40分──心が折れそうになる瞬間
CM中。
うららはそっと肩を回した。
「……ごめん。ちょっと、疲れたかも」
誰にも聞こえない声で、ぽつりと漏らす。
その瞬間、布施マキが横に立った。
「当たり前でしょ。
でもね、あなた一人で背負ってるわけじゃない」
マキは、うららのイヤモニを指で軽く叩く。
「ほら。ここに、みんながいる」
次のカウントが始まる。
3──2──
「……うん。行ける」
■午前7時15分──最大の山場
台風の進路が再び変更。
交通機関の運休情報が次々に入る。
原稿が追いつかない。
(天海さん、まとめお願いします!)
エイジの声が切羽詰まる。
うららは、台本を閉じた。
「現在入っている情報を整理します」
彼女は、頭の中で情報を並べ替え、優先順位をつけていく。
「まず、安全を最優先にしてください。
次に、出勤・通学を予定している方は——」
カメラの向こうで、誰かがきっと頷いている。
そう確信できる声だった。
■午前8時──番組終盤
嵐は続いている。
だがスタジオには、確かな一体感が生まれていた。
「最後にもう一度、お伝えします」
うららは微笑んだ。
疲れを感じさせない、しかし“人間の温度”を残した笑顔。
「今日も一日、どうか無理をせずに。
私たちは、また明日の朝、ここで待っています」
ON AIR終了。
赤いランプが消えた瞬間、スタジオに拍手が起こった。
誰が言い出したわけでもない。
それでも、自然に湧き上がった拍手だった。
うららは深く頭を下げた。
「……ありがとうございました」
朝は、無事に乗り越えられた。
だが、この24時間はまだ終わらない。




