修学旅行・初日 燦然と金色に輝く何か
――修学旅行、当日。五月晴れと言うに相応しい抜ける様な青空に見守られ、凪原たち鴻鵠館高等部三年は新幹線で京都へと向かう。
「なぁ、板垣。新幹線乗ったことある?俺初めてなんだよ」
凪原は柄にもなく楽しそうに窓の外を眺めている。
「富士山どっち?見えるかな?」
「凪くん、富士山こっち側だよ。席変わる?」
通路を挟んで反対、右側に座る黄泉辻渚が窓の外を指差して提案する。
「え、いいの!?さすが黄泉辻、大天使!」
「えへへ、言い過ぎだよ」
黄泉辻の隣にはまほらが座っていて、まほらは眉を寄せて露骨に迷惑そうな顔をする。
「黄泉辻さん、あんまり甘やかすと彼の為にならないわよ?躾けるべきところはきっちり躾けないと」
黄泉辻と凪原の席を変えると言う事は、まほらと凪原が隣に座ると言う事。
「まほらは富士山見たことあんの?」
まほらの忠告も甲斐無く、凪原は窓際の席に移動してくる。
「もちろんあるに決まってるでしょ?高校三年にもなってたかだか富士山に喜べるなんて本当に羨ましいわね」
黄泉辻は板垣の隣の席に移動。
「板垣くん、チョコプリッツェル食べる?」
「そ、そうだな。一つ貰おうか」
「どぞ〜」
黄泉辻は上機嫌にお菓子を板垣に差し出す。
「つーか、速いよなぁ。何キロ出てんだろ」
小学生の様に窓の外を眺めて凪原は呟く。幼い頃に母を亡くした彼は、多忙な祖父に育てられ、旅行の経験がない。
「285キロよ」
「すげぇなぁ」
まほらは本を読みながら、隣の凪原をチラリと見る。本にはクリスマスに凪原から貰った金魚の栞。赤い金魚が文字の中を泳ぐ。
流れる車内アナウンスを気に留めず、凪原は窓の外を眺める。
「今どこ?」
「静岡。なんで私があなたの案内をするのよ、逆でしょ」
「ははは、悪い」
苦言を呈しながらも、まほらはどこか嬉しそうに視線を本に戻す。
それから、数分後。凪原の視界の先に大きく裾野を広げる日本一の山が見える。
「まほら、ほら!富士山!すげぇ!」
「……あなたねぇ。そう気安く主人の名を呼ぶものじゃないわよ?」
小学生の様に興奮した声を上げる凪原。あまり距離感が近すぎる事を心配して、怪訝に眉を顰めてまほらは凪原を嗜める。
だが、目の前に雄大に広がるそれを目にして建前は吹き飛ぶ。
「わぁ!すごいわね!大きい!」
まほらはキラキラした瞳で窓の外を眺める。
「な!思ったよりずっとすごいな、これ!」
「……うん!すごいっ」
クラスメイト達もみんな、口々に感嘆の声を漏らし、窓にスマホを向けてその姿を写真に収める。
凪原とまほらは、その目に記憶に、その光景を焼き付けた。黄泉辻も、そんな二人の姿を微笑ましく見守った。
時速285キロの新幹線は、数秒で富士山を彼方へ置き去りにする。名残惜しそうに見送った後で、凪原は慌てて黄泉辻を振り返る。
「うあっ、そうだ!黄泉辻っ!?悪い!お前も富士山見たかったよな!?」
心底申し訳なさそうに手を合わせて凪原がそう言うので、黄泉辻はクスクスと笑う。
「平気だよ。あたしも見えたから。ねっ、板垣くん」
輝く様な笑顔で同意を求める黄泉辻に、照れた板垣はぎこちなく頷く。
「あ、あぁ。僕にも、確かに見えた、あれは確かに、富士山だった」
「何で片言なんだよ」
やがて程なくして、新幹線は京都に至る。修学旅行は三泊四日。判別行動は三日目。それ以外はクラス別の団体行動となる。
最初の行き先は北西方向。金閣寺や龍安寺を周る。修学旅行のみならず京都観光の定番ルート。鴻鵠館のみならず色々な学校の生徒達が金閣を訪れている。
「ねぇ、……もしかしてあれって」
C組とすれ違う他校の女子が色めきだって振り返る。その視線の先には見間違いようのない銀髪長身の美形男子――、玖珂三月だ。
「三月だ!?ウソウソウソウソ!?」
「金閣と三月ってヤバくない!?」
辺りは急に騒然となる。同じC組の百舌鳥要は、その光景を見て苦々しげに眉を寄せる。
「先生、あとで追いかけるので先に行っちゃって下さい」
「あ、あぁ」
ファンサービスをしながら、申し訳なさそうに笑い玖珂は教師に先を促す。
「他のお客さんの迷惑にならないようにね」
他の班員も先に行くように促して、玖珂は一人でファン対応を行う。
「芸能人も大変すなぁ」
その騒ぎを遠巻きに眺めながら凪原は他人事の様に呟く。
「そうね。そんな事より、三月が人を引き付けているおかげで金閣が空いてるわ。今がチャンスよ」
まほらは少しウキウキした様子で、視線の先に金色に輝く舎利殿を指差す。
「あはは、まほらさん楽しそう。行こ行こ」
金閣を目指す黄泉辻班。板垣の足がぴたりと止まる。
「凪原、あまり深く考えていなかったんだが、君はいいのか?」
真剣な面持ちの板垣に、凪原は怪訝に眉を寄せる。
「何が?なんかまずいことしたっけ?」
「何がって。ここは寺だぞ?君の家は神社だろう」
板垣の指摘に黄泉辻は『あっ』とばかりに目を見開いて口元に手をやる。だが、凪原は気にする素振りもなくヘラヘラと笑う。
「観光はいいんすよ。別に信仰に来てる訳じゃないから」
「な、なるほど。そういうものなのか?」
黄泉辻は胸を押さえてふぅと安堵の息を吐く。
「それに、爺ちゃんは神社やってるけど、別に俺がやってるわけじゃないしな」
それを理解しているまほらは最初から涼しい顔で金閣を眺めている。
「金色ね」
「金色っすねぇ」
凪原とまほらは金閣を眺める。
「……金色で、ピカピカ。羨ましいわ、本当」
「金閣見てそんな感想持つやついる?」
軽くツッコミを入れてみたが、まほらの物憂げな表情はどうにもいつもと様相が異なる。
「……何かあったのか?」
まほらにだけ聞こえるように凪原がつぶやくと、彼女は自嘲気味な笑みを見せ、チラリと視線を凪原に移す。
「お父様にテスト結果の報告をしたの。三月に勝ちました!一位でした!って。そしたらお父様はなんて言ったと思う?」
その言葉と表情から、もう結末は見えたようなものだ。まほらは凪原の言葉を待たず、あきれ顔で髪を手で撫でる。
「そうか、よくやった。そんな事より――。ですって。あんまり興味なかったみたい。私はね、もうオリンピックのメダルを見せるような気持ちでテスト結果を見せたの。だって、あの三月に勝ったのよ?本当に、正真正銘本物の一番よ?もうピッカピカに輝く金メダルじゃない、そんなの」
まほらは水面を見つめる。抹茶色の水面には弱弱しく笑うまほらの顔が映り、風に揺れている。
「でも、お父様にはそうじゃなかったみたい」
五月の風が新緑も揺らし、凪原は一瞬の沈黙の後で口を開く。
「それはオヤジがおかしいだろ」
まるで予想していなかった言葉にまほらはあっけに取られ、目を丸くして口をぽかんと開ける。
「え……?」
「相手はあの玖珂だぞ?どう考えてもすごいだろ。何が『そんな事』だよ。まず褒めるべきだろ。もう犬みたいに頭を撫でまわすべきだろうがよ。アホかっつーの」
明らかな怒りを冗談で包みながらも、凪原はそう言った。
「えっ……、ちょっと!?凪原くん!?それは……」
まほらは慌てて周囲を見渡す。そんな事他の誰かに聞かれて父の耳にでも入ろうものなら――。凪原にどれだけの不利益が及ぶかわからない。
きっと、そのリスクは凪原も知っている。その気持ちが嬉しく思い、まほらはつい口元が緩む。
「……じゃ、じゃあ。代わりに褒めてくれる?」
凪原は挑発的にニッと笑う。
「もちろん。お前はすげぇ。バカおやじが何と言おうとな」
まほらはクスリと笑う。
「金閣より?」
「当然、金閣より」
凪原は即答する。
「富士山より?」
今度はわざとらしく腕を組んで頭を捻る。
「富士山は……、ん~、まぁギリお前の勝ちかな」
嬉しさを堪えきれず、口元を手で隠して笑う。
「ふふっ、やったぁ。私の勝ちね」
水面には嬉しそうに笑うまほらが映っていた。




