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大体いつも通りの一日

 ――四月も終わりに近づく28日。

「おはよ、じーちゃん」

「おぉ、おはようさん。司」

 凪原司は朝起きて、あくび交じりに祖父典善に挨拶をして、典善もいつも通り挨拶を返す。いつも通りの朝。

 祖霊舎(神社でいう仏壇的なもの)に手を合わせてから朝食の時間。――いつもより、少しだけ長く手を合わせる。

 それからカレンダーに目をやり、指折り数える。

(……10年か。早いよなぁ)

 

「昼飯代置いとくからの」

「おっ、さんきゅー」

 一見、いつも通りの朝。いつも昼食代は日に千円。だが、この日は一万円置かれていた。

「あらら、じーちゃんついにボケちゃった?」

 典善は眉を寄せて凪原を睨む。

「ボケとらんわ。いらなきゃ置いとけ」

「いやいや、ありがたくいただくっすよ」


 食事を終え、登校の準備を終え、玄関を出る。

「そんじゃ、行ってきます」

「気を付けてのう」


 大体いつも通りの、凪原家の朝の風景――。


「センパイっ!誕生日、おめでとうございます!」

 

 昼休み、久留里緋色が凪原たちの教室にやってきて、おもむろにクラッカーを鳴らす。たちまちクラス中の驚愕の視線が凪原に注がれる。

「……いや、お前。教室でクラッカーはやべーやつだろ」

「そっすか?ハピバっす!」

「あぁ、いうまでもなくやべーやつだったな」

 凪原の後ろの席では和泉まほらが耳を抑えて迷惑そうに眉をひそめている。目も耳も鼻もいいまほらは、間近で大きな音を出されるのは実は苦手だ。

「っていうか、凪くん今日誕生日なの?」

 知り合って三年目で初めて聞いたと、黄泉辻は驚き目を丸くする。去年も、おととしも、『もう過ぎた』とはぐらかされて今に至る。

「あー、そう言えばそうかも。忘れてたよ」

「言ってよ、もうっ!プレゼント用意してないよ!」

 久留里は得意げにペットボトルを差し出す。

「うちはあるっすよ。はい、センパイ。誕プレっす」

「こりゃご丁寧にどうも。つーか、久留里は何で俺の誕生日なんて知ってんの?」

 

 凪原の疑問に、久留里は満面の笑顔で答える。

「副会長以上は生徒会権限で全生徒の個人情報にアクセスできるっす」

「まほら、ちゃんと教育しとけ?」

 凪原は真顔でまほらに苦言を呈し、まほらは頭に手をやり大きくため息をつく。

「そうね。会長にしっかりと、……きついお灸を据えさせないとね」

「ひっ、それは勘弁っす」

 

「ねぇ、凪くん。全然話変わるんだけど、今なにか欲しいものってある?金額問わずにパッと思いつく範囲で気軽にさ」

 黄泉辻がニコニコと凪原に問いかける。

「全然話変わってないんすけど。じゃあ、怖いから消しゴムで」

「もっとちゃんと選んで!?全然怖くないから!大丈夫だから!」


「渚センパイは6月20日で、まほらセンパイは12月29日っすよね、誕生日」

 久留里は当たり前のように弁当持参で、凪原たちと机を囲む。二年にして三年の教室で当たり前に昼食をとる胆力こそが副会長たるゆえん。久留里と凪原がテーブルをつけて昼食をとり、まほらは凪原の後ろの席。黄泉辻の姿はない。

「玖珂は?」

「会長は3月9日。さんきゅーの日っすね」

「へぇ。久留里は?」

 待ってました、とばかりに久留里は笑顔でピースサインをする。

「うちは納豆の日っす!」

 凪原は一瞬考えて、すぐに答えにたどり着く。

「なっとう……あぁ、7月10日か。じゃあ、ちょっといい納豆プレゼントするわ」

「結構っす。うち納豆嫌いなんで」

「難儀なもんだなぁ。ちなみに、話戻るんだけど生徒会権限って他にどんなのがあんの?」

「おっ、センパイも生徒会に興味がおありっすか?役職空いてますよ」


 凪原は苦々しい顔で手を横に振る。

「いや、自衛だよ。他になにされんのかなって」

「あはは、わけわかんねーっす」


「各種生徒の個人情報へのアクセス権、各委員会への強制力を伴う通達、各部活への監査権及び予算編成権。あくまでも『生徒』会だから、その権限も当然生徒の範囲内ね」

 後ろの席からまほらが解説する。

「へぇ。じゃあさすがに勝手に生徒を退学にしたりはできないんすね、一安心」

 凪原は冗談交じりにそう言って笑うと、まほらはクスリといたずらそうに笑う。

「そうね。ただし、今私が言ったのはあくまでも『生徒会権限』。生徒会長には別にもう一つ特別な権利があるわ」

 まほらの言葉に久留里は身を乗り出して食いつく。

「えっ、アレ本当にあるんですか?」

「……なんだよ、随分ワクワクする引きするじゃん」

 凪原もそう言った要素は大好物だ。


 まほらは左手の人差し指をピッと立てる。

「えぇ。何でもこの学校に関する規則を一つだけ上書きできる、通称『零番規則(れいばんきそく)』。これが生徒会長にのみ許された特権よ」

 その言葉は凪原の中学二年的センスのど真ん中を貫く。

「……零番、規則……だと?」

 ゴクリの凪原は息をのみ、その反応を見てまほらも満足げにクスリと笑う。

「そう。それを使えば特定の生徒を退学にするくらいは簡単にできるわ」

 ただし、とまほらは言葉を続ける。

「零番規則を使った時点で会長は自動的に解任されるの。再選には全生徒の80パーセントの信任を得なければならない。そして、信任を得なければ、内部進学の権利を失い、内申点に大きなマイナスを得る。よって、内外問わず大学への進学が困難になるリスクを負うことになる」

「まじか。リスク高くね?」

「そうね。生徒自治の象徴と言われてるわね。もっとも、向こう30年くらいは使われていないみたいだけど」


 そこまで聞いて凪原の頭に浮かぶ当然の疑問。

「え、じゃあ玖珂それ使えんの?」

 まほらはあきれ笑いで首を横に振る。

「『私は独裁者です』と周りに宣言するようなものよ?三月はそんなに馬鹿じゃないわ。もし使うなら、自分でなく傀儡の会長にやらせるでしょうね。例えば、――ねぇ?」

 久留里を見て意味深な笑みを見せる。

「かいらいってなんですか?」

 久留里は笑顔でまほらに問い、まほらもニッコリと笑顔で答える。

「操り人形って事よ」

「へぇ、そっすか」

 

 使える武器を手元に置いて、なお自制ができるのか。そう問いかける様な生徒会長の持つ特別な権限、『零番規則』。それはきっと、誰かを刺す剣ではなく、自らを律する鎖なのだろう。


 話の途中、バン!と勢いよく教室の扉が開く。開いた扉の向こうには、息を切らせた黄泉辻が真剣な面持ちで立っていた。

「凪くん!」

 鬼気迫る、とでも言うべき表情に凪原は気圧される。

「お、おう。黄泉辻。どこ行ってたんだよ」


 その言葉を待ってました、とばかりに黄泉辻は開いた教室の扉からガラガラっと配膳カートを招き入れる。そこに乗るのは学食で最高価格のサーロインステーキにオムライスを添えたスペシャルバースデープレート。デザートには2号サイズの小さな丸いケーキもついている。どうやら、不在だった黄泉辻は大急ぎで学食に向かい、料理を用意してもらっていたようだ。

「凪くん、誕生日おめでとう!これ、あたしからのプレゼントだから、受け取って!」


「まじか」

「ふふん、まじです。誕生日くらい総菜パンやめておなかいっぱいおいしいもの食べてね」

 ガラガラとカートを押して、凪原の机まで食事を運ぶと、前の席に座りニコニコと食事をする凪原を眺める。

「まほらセンパイはなんかあげないんすか?」

 久留里が問いかけると、まほらは頬杖をついたまま大きくため息をつく。

「あげるわけないでしょ。どこの世界に下僕の誕生日を祝う主人がいるというの?」

「それは割といるのでは?」


 それから、黄泉辻と久留里によるハッピーバースデーの歌唱もあり、凪原の誕生日は学校とは思えないくらい盛大に行われた。


 ――放課後。


 凪原とまほら、二人の帰り道。


「ん、これあげる。男物間違えて買っちゃったから」

 凪原の方を見ずに、まほらは包みに入っていない黒い革製の長財布を差し出す。

「お、かっこいいな。さんきゅー」


「……あなたも18歳でしょ?中身はともかく、法的には成人なんだから、財布くらいはちゃんとしたものを持つといいわ」

 凪原はまほらの気遣いに気が付いていて、口元が緩む。まほらは当然凪原の誕生日を知っている。けれど、彼女は今日一度も彼に『おめでとう』とは言わなかった。それは照れ隠しではない。出会ってから、今までの間まほらは一度しか凪原の誕生日に『おめでとう』と言った事はない。


 ――今日は、凪原の誕生日であると同時に、彼の母・美琴の命日でもあるのだから。

 敢えて人にいう話ではない。だから、久留里は当然知らないし、黄泉辻が知らなくても無理はない。まほらはおめでとうとは言わないし、『間違えて買う』事はあってもプレゼントは贈らない。


「大事に使うわ。ありがとな。帰ったら母ちゃんにも見せるよ」

「す、好きにしたら?できた主人を持ってきっとお母さまも喜んでいることでしょうね」

「……それはどうだろうな」

「手、合わせに行ってもいい?」

「おう。じいちゃんもきっと喜ぶぜ」


 

 そして、二人は凪原の家に向かう。大体いつも通りの帰り道。凪原はこの日、18歳になった。

 



 


 


 

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