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旅の行き先

「あーっ、凪原先輩おはよ〜」

「あっす」

 四月下旬、朝。登校時間の昇降路。凪原司は見知らぬ一年女子から挨拶をされて短く返事を返す。その返事は彼女の望む物だったらしく、友人とクスクス笑いながら一年の教室のある三階へと消えていく。

 人は自分への悪意には思いの外敏感だ。だから、凪原もそれとなく気がついている。この笑いは嘲笑では無い。

「凪原先輩、かわいくない?」

「ねー、わかる〜」

 本来三年が一年に言われる言葉ではないかもしれない。だが、生徒総会で壇上に上がる規格外達の中で唯一一年生が感情移入出来る存在だった彼に対して、そんな意見が出るのも分からないでもない。

 ヒソヒソ声が聞こえた凪原は、なんだかむず痒い心持ちだ。


 そのやり取りを少し離れた前方で眺めていた和泉まほらは表情を固くする。

(えっ、何?モテてるの?……それにしても、上級生に対してかわいいってなに!?失礼じゃない!?無礼じゃない!?不遜よ!)

 チラリと隣の黄泉辻渚の反応を見る。黄泉辻はにこにこと嬉しそうに笑っている。

「かわいいって」

 黄泉辻は凪原を指さして嬉しそうにまほらに笑いかけるが、まほらは腕を組んでプイっとそっぽを向く。

「およそ上級生に使う言葉じゃないわね。広報委員に働きかけて礼儀作法の啓蒙記事を載せるべきかしら」

 それを見て黄泉辻はクスクスと笑う。

「そうかもねぇ。おーい、凪くーん。おはよ~」

「お、黄泉辻。おはよーさん」

 手を振って凪原に挨拶をしてから、黄泉辻はいつも通り小型犬の様に駆け寄っていく。

「見てたよ~?モテモテじゃん」

「いや、全然。あんなので一々舞い上がる程子供じゃないんでね」

 やれやれ、とあきれ顔で余裕を見せる凪原だが、当然内心悪い気はしない。

「あら」


 凪原の背後から、春に相応しくない冷たい風が吹く。声の主は当然まほら。

「凪原くんは年下趣味だったのねぇ。何歳ぐらいがお好みなのかしら?五歳?六歳?」

「それは年下趣味とは言わねぇ!イヤミより先に挨拶をしろ」

「おはよ。そういうあなたもご自慢のツッコミより先に挨拶をすべきでは?下僕さん」

「へいへい、おはよーございます。麗しの我が君」

「白々しい。はい、は一度よ」

「言ってないんだよなぁ」

 三人の登校風景。その後ろ姿を今度は一年の男子生徒達が眺めている。その眼差しは羨望の眼差しだ。

「あのお二人と一緒に……」「モブ先輩パネェ」「まほら様の下僕になりたいっ」「わかる。罵られたいっ」

 生徒総会以降一年男子の間でもまほらと黄泉辻の人気は爆上がりする事になった。そして、一部男子の間でまほら(冷)の熱狂的なファンも生んだ。


 ――一限目。ホームルームは修学旅行・判別行動の行き先決め。それぞれ班ごとに集まり、ざっくりした行き先を決める。

 凪原、まほら、黄泉辻、板垣の四人で机を合わせて会議を行う。

「まずは班長決めを行おうか。班長、希望者はいるか?」

 板垣が促すと、凪原は机に伏したまま手を挙げる。

「はーい、黄泉辻さんがいいと思いまーす」

「なんで!?」

「なんでって、適任だから」

 まほらも腕を組んだままうんうんと頷き、それは板垣も同様だ。

「……ぐぬっ、確かに黄泉辻さんに班長の適性がある事は否定しない。だが、押し付けは良くない!ここは僕が――」

 板垣は立ち上がり声を上げる。

 彼は一年の時はA組だった。灰島事件を知った時は、『自分がC組だったら……!』と悔やんだ。悔やみはしたが、自分に何が出来たかとも自問した。答えは出なかった。先生に言えば解決したか?自らが声を上げれば解決したか?自分には凪原と同じ事は出来なかっただろう。

 だから、彼は面識の無い一年の頃から、実は凪原に一目置いている。

 板垣は、黄泉辻に押し付けない為に声を上げる。それは彼の矜持だ――。

「ん?押し付けじゃないけど。板垣くんもやりたい?じゃあ――、じゃんけんしよっか?」

 天使の笑顔で黄泉辻は右手で作ったグーを小さく振る。その笑顔に逆らう事は、彼には出来ない。

「あ、はい。じゃあ」

「行くよー?じゃーんけーん――ポイっ(チョキ)」

 楽しそうに黄泉辻はチョキを出し、板垣はパーを出す。

「やったー、あたしの勝ちー。班長だぁ!」

 黄泉辻は笑顔で両手を掲げ、班長になった喜びを全身で表す。そこには押しつけなどという後ろ暗さは一切無い。

「黄泉辻、それは違う。そういう時はこう言うんだ」

「ん?」

 凪原は黄泉辻にヒソヒソと耳打ちをする。

 それを受けた黄泉辻はにっこりと満面の笑顔で結った髪を揺らしてから腕を組む。

「あたしの勝ちねっ!」

「誰の真似?」

 まほらは冷ややかな視線を黄泉辻に送る。

「な、ならば僕は副班長に立候補する!黄泉辻さんの負担が少しでも減るように、全力でサポートしよう!」

「じゃあ俺、副々々班長やるわ。まほらは副々班長な?」

 凪原が小さく手を挙げてそう言うと、まほらはクスリと笑う。

「ふふ、なんだか楽しそうね」

 班長も決まり、次は行き先決めだ。

「じゃあ、まず一人一個ずつ絶対行きたい場所あげてこっか。そこを繋いで、あとはルート上にある名所を周る、って言うのは?」

「それだと、方向がバラけた時に時間のロスが出ないかな?それなら、地域を先に決めてその中で好きな場所を選ぶと言うのはどうだろう」

 黄泉辻は腕を組んで頭をひねる。

「そっかぁ」

 まほらは何も言わずにに静観している、彼女がここで求めているのは、最適解や最効率では無い。みんなで作る楽しい思い出、だ。だから彼女は口を出さない。


「僭越ながら副班長閣下」

 凪原が小さく手を挙げ、板垣は怪訝に眉を寄せる。

「なんだ君は急に……」

「前提条件の確認な?旅の目的は?」

 板垣はその言葉で凪原の真意を悟ると同時に、己の不明を恥じる。

「……この班の全員で、最高の旅の思い出を作る、か?」

 凪原はヘラヘラと笑い、頷く。

「すなぁ。最効率の、なら話は変わるけど」

 板垣は立ち上がり、黄泉辻に頭を下げる。

「すまん、黄泉辻さん!余計な事を言った!」

「やっ!謝る事じゃなくない!?あたしもそう思ったし!」

 黄泉辻は両手を振りながら慌てて否定する。そして、メモを切り、四つにして全員に配る。

「じゃあ、改めて。みんなの行きたい場所を書こっ。後のことはそれから考えよう!」

「応!」「おー」「異議なし」

 制限時間は五分。では、あるが四人は既に候補が固まっていた様子でスラスラと希望を記す。

「行くよー、せーのっ――」

 四人は行き先を書いたメモを見せ合う。

 嵯峨野の竹林、伏見稲荷大社、二条御所、本能寺。

「おー、バラけたねぇ」

 嵯峨野は駅の西、本能寺は駅から南に2キロ強、二条御所は少し北、さらに南に伏見稲荷。

 黄泉辻は嬉しそうに笑い、板垣は顎に手を当て、ルートを模索する。

「……前日の宿泊場所は宇治。ならば最初は伏見稲荷で決まりか、そのあとは……、嵯峨野に行ってから――」

 まほらはジッと凪原の顔を窺い見る。誰がどれを書いたのかは字で当然分かる。

「本能寺?数ある名所からそんなところを選ぶなんて不思議ね、凪原くん。何かの隠喩かしら?」

 ――本能寺。言わずともがな、織田信長が明智光秀に謀反を起こされた場所。謀反、つまりクーデター。

「想像力豊かっすねぇ……」

 まほらは凪原の呆れ顔を見てクスリと笑う。

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