修学旅行の定番
――鴻鵠館の修学旅行は三年の五月に行われる。
有名私立校であれば、海外への修学旅行も珍しくはないが、鴻鵠館に於いて修学旅行は必ず国内にて行われる。それは、日本最古の学校の流れを汲んでいると言う矜持もあるのだろう。
今年の行き先は京都だ。
「ベタっすなぁ」
修学旅行の班決め。凪原は机に突っ伏して呟くと、隣の席に座る板垣(去年美化委員で一緒だった男子)が呆れ顔で答える。
「凪原、それはベタで無く定番と言うんだ」
「へぇ、そっすか。ちなみに中等部の時はどこ行ったの?」
「奈良だ」
「ベタっすなぁ」
同じやりとりをして凪原は笑う。今日決めるのは行動班と宿泊部屋分け。班は四〜六人で一組とし、宿泊は初日と三日目は二人部屋、二日目は六人部屋となる。原則友達のいない凪原にとっては中々の泣きどころである。
「と、ところで一つ提案があるんだが」
板垣は言いづらそうに呟く。
「聞くだけなら聞くよ。なに?」
「正直に言う。下心ありの提案だ。僕と同じ班にならないか?もちろん部屋も一緒で」
凪原は引きつった顔で板垣から机を離して距離を取る。
「……下心って。そんな直球で誘われても困るわ。まぁ、別に同性愛に偏見があるわけじゃないし、カミングアウトする勇気には一定の敬意を払いはするが――」
板垣は周囲の様子を伺いながら、慌てて凪原の言葉を遮る。
「待て!何を言っているんだ、君は!?」
凪原は机を離したまま疑惑の眼差しで板垣を見て答える。
「いや、大丈夫。秘密にするし、聞かなかったことにするから。安心してくれ」
板垣は誤解を解く事を諦め、真面目な顔で単刀直入に言葉を放つ。
「君といれば黄泉辻さんと同じ班になるだろ、と言う下心だ」
「あ、あー。なるほど、ね。了解」
凪原は机を再び板垣へと近づけ、ヒソヒソと小声で話す。
「……一応断っておくけど、俺は何もしないぞ?」
邪魔も、手助けも、何もしない。板垣はこくりと力強く頷く。
「勿論構わない。そこまで野暮なつもりはないさ。……僕はただ、彼女と京都を回れるだけで十分幸せだ」
真剣な表情の板垣を凪原は少し嬉しそうに眺める。
「ま、俺としてもぼっちであぶれずに済むのは助かるな」
「凪原……、それじゃあ!」
凪原はニヤリと悪そうな含み笑い。
「おっと、だがタダとは言ってない」
「……なに?」
そして指を2本立てる。
「これだけ貰おうか」
板垣は一瞬逡巡する。――指2本。二千円か、二万円か。どちらにせよ、黄泉辻と京都を共に回れると考えれば安いものと言えるか?――板垣は考える。
そして、彼が答えるより早く凪原は言葉を続ける。
「ジュース二本な」
板垣はバンと机を勢いよく叩き即答。
「乗った!」
「なになに?なんか楽しそうだね。何話してたの?」
凪原が他の男子と話している珍しい光景に、黄泉辻がひょっこり顔を出す。
「や、別に何も」
黄泉辻本人に話す内容でも無いので、当然凪原はしらを切る。だが、遠目に見てもさっきまで仲良く話をしていたのはわかっている。それが照れ隠しにも見えて、黄泉辻もご満悦だ。
「板垣くんに仲良くしてもらってたの?よかったね〜、よしよし」
ニコニコと保母さんの様に机に伏す凪原の頭を撫でる。
「してねぇ、やめろ」
呆れ顔で手を払うが、黄泉辻にとってはただの反抗期の男子である。
「凪くんと班組むの?」
黄泉辻は期待に満ちた目で板垣に問いかける。後ろ暗い取引をしてしまった気がして、板垣はその目を直視できない。
「ま、……まぁ。そうなるかな。部屋も同じになる、と思う」
凪原が最後まで一人残る状況すら想像していた黄泉辻は満面の笑みで板垣の頭を撫でる、フリをする。
「板垣くん、凪くんと仲良くしてくれて偉いね〜。よしよし」
背伸びをして板垣の頭をよしよし、と撫でるフリ。
凪原と違い、板垣は顔を真っ赤にして、直立でそれを受け入れる。
凪原は呆れ顔で板垣を指差す。
「こらこら、そんな事ばっかしてるからガチ恋製造機って呼ばれるんだろ。ほら、そろそろできあがんぞ」
手助けも邪魔もしない。凪原的には普段通りのツッコミである。
黄泉辻は勢いよく手を引き、申し訳なさそうに板垣に笑いかける。
「えへへ、ごめんね。つい、ちょっと」
――嬉しくなっちゃって。とは、口には出せない。
一応男子との距離感は、彼女なりに少しは気をつける様にはしているつもりだ。みんなと分け隔てなく仲良く、とは言え、男女の別はあって然るべき。凪原が誰かと仲良くしているのを見て、つい嬉しくなって舞い上がってしまった。
「いや、全然構わないよ」
そう言いながら板垣は、凪原に対して内心舌打ちをする。
「じゃあさ、もしよかったらあたし達と班組まない?」
二人と二人、を表して黄泉辻は両手で小さくピースサインをする。そのかわいらしい姿が板垣の琴線に猛烈に触れ、彼は手で口を覆いながらそっぽを向き答える。
「そうだね、もし黄泉辻さん達が良ければ、こちらは問題ない」
「やった。よろしくね」
パチパチと拍手をする黄泉辻の前後から、ほぼ同時に呆れた様な声が飛ぶ。
「私の意見は聞かないのかしら?」「俺の意見は?」
まほらと凪原が同時に似た様な苦言を呈するが、先にまほらが頬杖を突いたまま大きなため息をつく。
「凪原くん、あなたの意見なんて聞く訳ないでしょう?板垣君が良ければ、それがあなた達の総意よ」
「ひでぇな」
黄泉辻は申し訳無さそうに眉を寄せてまほらに問う。
「そっか、勝手に決めちゃってごめんね。もちろんまほらさんが嫌なら――」
まほらは黄泉辻の言葉を遮って言葉を続ける。
「別に嫌だなんて一言も言っていないわよ?私はただ手順の問題を指摘しただけであって、それは私の意思とは関係の無いものなの。わかるかしら?それにあなたが勝手に受けたこの状況で断ったら板垣君に悪いじゃない」
早口で滔々と流れる様に言葉を放つまほら。
「つまり?」
「……蓋し、これを排斥する所以の詮議に及ぶも、些かたる根拠を措定するに至らず、と言ったところかしら」
凪原はまほらに白い目を向ける。
「何言ってんだ、こいつ。黄泉辻、オッケーだって」
「本当!?やったぁ」




