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キノコタケノコ

「黄泉辻は玖珂って人知ってる?」

「もちろん。初等部から同じだし」


 鴻鵠館は一学年5クラス。一つの校舎ではあるが、グラウンドを挟んで北棟と南棟にクラスが分かれていて、少し距離があるため、A・B組とC~E組の接点は積極的に交わらない限りそう多くはない。


「モデルもやってるんだな。すげぇな」

 スマホで画像を検索すると、画像がたくさん出てくる。雑誌の表紙や化粧品の広告もある。

「かっこいいもんね~」

 お菓子を食べながら相槌を打つ黄泉辻。

「おや、やっぱり黄泉辻もイケメンに弱い?」

「ううん、あたしカッコいい人苦手」

 笑顔で首を横に振る黄泉辻に凪原は白い目で抗議の意を示す。

「あ、そう。なら俺と友人なのも納得ですわ」

 自分の言葉の意味を一瞬考えてから黄泉辻は大慌てで言葉を訂正する。

「うあっ!?違うよ!?そういう意味じゃなくてね!そう!面食いじゃないとか、そんな意味!あっ、このお菓子食べなよ。おいしいよ!」

 そういって無理やり口にタケノコ型のお菓子をねじ込んでくる黄泉辻。


 例の如く、離れた席から時折まほらの視線を感じる。そして即座にスマホが揺れる。

チンアナゴが並んで白い眼を向けてくるスタンプ。

「またかわいいスタンプ来た。ねぇ、まほらさんの席行こうよ」

 黄泉辻は席を立ち、凪原も誘う。だが、凪原は席を立たず、手を横に振り拒否。

「悪い。でも行ってあげて」

 何やら事情がありそうな雰囲気を感じつつも、黄泉辻はお菓子を持ってまほらの席へと向かう。


「まほらさんはキノコとタケノコどっちが好き?」

 突拍子のない質問に、まほらは頬杖を突きながら考える。

「きのことタケノコ?随分関連性の無い比較ね。何かの隠喩?」

 黄泉辻はまほらの前の席に座る。黄泉辻がお願いしたら男子はにやけ顔で快く席を貸してくれた様子。祖母がドイツ人のクウォーターであり、金髪碧眼かつ巨乳。いつも笑顔で人当たりのいい黄泉辻は一部生徒の間でガチ恋製造機の異名を持つ。


「ううん、お菓子の話。単純に」

 まほらの机に小分けのお菓子を2パック広げる。発売から半世紀近く経つ定番菓子『タケノコ帝国』と『キノコ共和国』だ。

 まほらは食べたことがなかった様子で、興味深そうにタケノコとキノコを順番に手に取る。

「どっちも同じじゃない」

 ともに基本はチョコとビスケット。だが、その言葉は黄泉辻の地雷に触れた。

「全然違うよ!?ほら、食べてみればわかるから!ねっ!まずはタケノコから!」


 タケノコ帝国を一つ手に取り、まほらの口に運ぶ。

「チョコね」

「一旦口直しを挟んで、次はキノコ!」

 ヒナに餌を与える親鳥のように、まほらの口にパックの乳酸飲料のストローを差し、タイミングを見てキノコ共和国を口に入れる。

 黄泉辻はドキドキした様子でまほらの返答を待つ。

「うん。チョコね。おんなじ」

「違ぁう!違うでしょ!?全然違う!」


 あまりの熱量にまほらも少し困惑を見せる。

「え、えっと。黄泉辻さんはどっちが好きなの?」

「あたしの好みを先に伝えちゃうと先入観になるからダメ!」

 手のひらをまほらに向けて断固拒絶の意思を示す。

 

 黄泉辻とまほら、明らかにこのクラスで――いや、学年・学校を含めてもトップクラスのルックスを持つこの二人とお近づきになれそうなチャンスと話題を感じて、クラスの男子何名から介入の気配がする。だが、確率は二分の一。あの熱量からして、両方好きとはならないだろう事から、うっかり反対を選んでしまうと取り返しがつかない。なので皆二の足を踏んでしまう。


 そんな中、一人の勇者が一歩踏み出す。あわよくば、口直しの飲み物まで期待をして。

「よ、黄泉辻さん。僕は親子二代で生粋のキノコ派なんだよね」

 それを聞いた黄泉辻はさみしそうな笑顔で男子にキノコ共和国を一つ差し出す。

「……あ、うん、おいしいよね。おひとつどうぞ」


 不正解。と、言うことは――。


「黄泉辻さん!俺タケノコ派!」「俺も!」「いや僕のほうが!」「俺がタケノコだ!」「いや、僕こそがタケノコだ!」「俺はキノコが大好きだ!」「黄泉辻さん好きだ!」

 我先にと自らのタケノコ好きアピールを始め、黄泉辻に群がる。

「ひいっ、あげる!キノコもタケノコも全部あげます!凪くん、助けて!」

  

 そう言ってお菓子とゾンビの群れを無責任に放置して凪原の隣の自分の席に避難する。

「えっ!?ちょっと黄泉辻さん!?もうっ」

 一人取り残されたまほらも流石に席にいづらく、席を離れトイレへと逃げ込む。


「……あ~、怖かった」

 机に突っ伏して大きく息を吐く黄泉辻。

「ガチ恋製造機は今日も安定稼働中っすね」

「……その呼び方止めて」

 キッと鋭い視線を凪原に送り苦言を呈する。

 

「野球と政治と宗教の話は人前でするな、って本当なんだなぁ」

 黄泉辻の座った席を巡る醜い争いを眺めながら凪原はしみじみと言うが、黄泉辻の頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいる。

「あたしそんな話してないよ?」

「いや、しただろ。キノコタケノコ論争はある種の宗教戦争だろうが。ちなみに俺はどっちも派」

「ずるい!」

「ずるくねぇよ。俺多神教だもん。家神社だし」

「あ、そうだっけ。ならいい……いいのか?」


 黄泉辻は納得したのかしていないのか首を傾げ、ひとまず不毛なタケノコキノコ論争は休戦となった。

 

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