春に蠢く
モデル出身のタレント三月こと玖珂三月は、春休みの情報バラエティを皮切りに、少しずつメディアにその姿を現した。
王子然とした抜群のルックス、その長身と細身ながら鍛えられた身体と、その身体を操る並外れた運動神経。そして、SNSを中心に名門鴻鵠館の生徒であり、生徒会長である事実が拡散されると、彼が現役閣僚の三男である事実もすぐに世に広まった。
誰が撮っていたのか、生徒会長演説の動画も拡散されて、総理大臣の椅子を狙うと言う荒唐無稽な野望も白日の下に晒された。
テレビでの露出は、ゆっくりと、だが確実に増えていく。父が閣僚という話はテレビではNGを出している様子で、一切それには触れられない。
だが、ネット界隈ではすでに公然の秘密だ。
どこまでが、彼の作戦なのだろうか?――全てである。
「三月、困るなぁ」
たまの家族での夕食で、父・俊一郎は言葉通りの困り顔で三月を嗜める。
「総理の娘さんがお前のファンらしくてな、「玖珂さんひどい!」って怒ってるんだとさ」
玖珂の会長演説はネットに出回っている。つまり、俊一郎の『お前は三男だろ?』発言も同じように広まっている。
「あはは、それはごめんね。でも、トータルで見ればプラスになると思うよ?その為にやってるんだから」
玖珂は悪びれず明るく笑う。その言葉通り、『父が政治家である』事はNGだが、父の話をする事はNGでは無い。
例えば、「いつも靴下を裏返しで洗濯機に入れて母に叱られている」事や、「僕が読んでいる漫画を後ろから覗いてくる」と、ありふれたエピソードを話す。
それを世の中は自動的に現役閣僚・玖珂俊一郎のエピソードとして聞くのだ。意外に庶民的でかわいい、親子仲が良くて萌える。俊一郎には、今まであり得なかったそんな評価も付くようになった。
「線引きは弁えてるつもりだからさ。父さんの邪魔になるような事はしないよ」
そう言って玖珂は涼しげな顔で笑う。俊一郎は納得したように一度頷いて、グラスに注がれたワインを傾けると、真面目な顔で呟いた。
「そうか。で、娘さんがサインを欲しいそうなんだが、……いけるのか?」
「オッケー、あとで書いとくよ。名前は?」
玖珂はいつもの様に軽く笑って答える。これは、彼が自分の力で勝ち得たカードだ。
――そして、新学期。散りかけた桜並木が祝う新しい門出。
登校した生徒達の最初の仕事は、掲示板に貼り出されたクラス名簿から、自分の名前を探す事だ。
掲示板の前は人だかりができていて、まるで受験の合格発表の様に、悲喜交々な感情と声が入り乱れる。
凪原司が登校すると、掲示板の大分手前で木陰に潜む黄泉辻渚を見つける。
「おはよー、黄泉辻。何してんの?」
「あっ、凪くん!おはよ」
「何組?」
彼らの学年はAからEまで5クラスあり、北棟と南棟に分かれている。
凪原の問いかけに、黄泉辻は目を泳がせ、ひきつった苦笑いで答える。
「ん?な、凪くんと、まほらさんと同じクラスじゃないかなぁ。絶対。見なくても分かるよ、うん」
「なるほど。まぁ、見ればもっと確実だよ」
凪原が掲示板に向かおうとすると、黄泉辻は大真面目な顔で彼の手を両手で掴み引き止める。
「待って!行かないで、凪くん!あれさえ見なければ、あたし達はまだ同じクラスなんだから!」
「いや、もう決まってるだろ。ほれ、見に行こうぜ」
「やだ、行かない!だって。もしクラスが別れちゃったら……」
凪原は軽い調子でヘラヘラと笑う。
「大丈夫だって。クラスが変わっても部活があるだろ」
黄泉辻は今にも泣きそうな顔で、凪原の手を引き大声で懇願する。
「やだよ、行かないで凪くん……。あたしまだ、別れたくない!」
それは、はたから見れば完全な痴話喧嘩。
ただでさえ目立つ黄泉辻に注目は集まり、周囲はクラス替えをよそにざわめきを見せる。
「……別れ話?」「嘘だろ、黄泉辻さんが」「もしかしてあの男が例の」「許せねぇ……!」
周囲から聞こえる黄泉辻への同情と己への怨嗟の声に、凪原は苦笑いを浮かべつつ黄泉辻の手をペシペシと叩く。
「あの、……黄泉辻さん?要らぬ誤解を招くんで、その言い方やめない?」
「じゃあ凪くんも見に行くのやめてよ!」
「見に行かないとクラスわかんねーだろ。ほら、行くぞ」
「や~だ~!」
黄泉辻は全体重をかけて凪原の左腕を引っ張る。
――と、その時校舎側から、春風と共に聞きなれた声がする。
「あら」
声の主は和泉まほら。まほらは二人の姿を見つけると、ニコリと柔らかく微笑む。
「二人とも、また同じクラスね。卒業までよろしく」
「サラッとネタバレしないでぇ!」
反射的に声を上げる黄泉辻に、まほらは眉を寄せ、むっとしながら答える。
「そんなに不服なら結果を変えて来ましょうか?」
黄泉辻は濡れた犬の様に強く首を横に振る。
「不服なんかじゃない。怖かっただけ、別々だったらどうしようって」
それを聞いたまほらは口元を手で隠し少しはにかみながら答える。
「それはおかしいわね。……例えクラスが離れたって、私たちは友達でしょ?」
「……まほらさん」
嬉しさに瞳を潤ませる黄泉辻。腕を組み、照れ隠しにプイっとそっぽを向きながら、まほらの言葉は続く。
「5月には修学旅行もあるのよ?同じクラスになっただけでそんなに喜ぶのなら、同じ班になったらどうなっちゃうのかしらね!」
「そっか、修学旅行!えへへ、……絶対同じ班になろうね、まほらさん」
二人のやり取りの間に凪原は掲示板を眺めて自分のクラスを確認する。
「あ、D組だ」
凪原と、まほらと、黄泉辻。あと知った名前で言えば、渡瀬まつりと、美化委員で同じだった板垣か。
少し散ってしまった桜の木下で、まほらはめそめそと涙目をこする黄泉辻を慰めている。
「おーい、そろそろ行こうぜ」
そして、三人はクラスに向かう。新学年の始まりだ。




